銃痕に導かれて、深夜のベイルートの町を歩く
期間:指定なし
[リスヴェル編集部]2019年05月13日公開

エリア:中東  > レバノン  > ベイルート / ジャンル:ライフスタイル , 

戦火にまみれながらも、レバノンは中東の要衝地であるため、国際NPOが多い。ここ2~3年小康状態を保っている機会に、そこで働く友人を訪ねた。急変する世界情勢にあって、かつて「中東のパリ」と呼ばれたベイルートの華やかな残り香や、世界最古の都「ビブロス」遺跡などが今後どれくらい存続するのか、保証はないのだから。

アラブ圏とされながらベイルートはリベラルな気風に溢れ、英語がかなり通じ、女性も洋装で寛ぎ、お酒も自由で深夜までパーティが盛ん…と聞かされていた。確かにそうなのだが、街の半分が瓦礫と化していることは想像していなかった。銃痕だらけの街並みで、こうしたフツーの暮らしが営なまれていた。

生々しい爆撃の跡を留めたホリディ・インのすぐ隣に、ラグジャリ―なインターコンチネンタル・ホテルが開業していた。戦車で寸断された道路脇に、瀟洒なフランス風のカフェが軒を並べていた。半分がばっさりと破壊されたビルが、モダンなギャラリーとなっていた。

街灯もまばらだが、人は深夜まで遊び、ベイルートの夜はラテンなみに長かった。「ここには観光客を襲って$100盗んだりするような、ちんけな軽犯罪はおきない。襲うときも奪う時も、戦争レベルなんだ」と教えられ、夜のベイルートの街を歩くようになった。

古い建物の間を縫う、夜の道はなぜか乳香のような匂いがした。恋人たちが集うカフェからの漂う水煙管のせいか。腕を失った美しい石像、心地よい水音を立てる噴水、燦然とライトアップされたアラブ様式の邸宅など、そんなサプライズが路地の随所に出現した。

夢をみているように、凹凸の激しい道を壁に手を這わせながらゆらゆらと歩く。指先に触れる無数の銃痕が四肢に伝える旋律は、まるで戦火にあるように暗がりの中での視覚を鮮やかにした。

寄稿記事
ジャーナリスト
篠田香子


《篠田香子 プロフィール》
国際不動産投資を専門に取材する傍ら、世界各地で激減する旅の原風景を私的に綴る。香港記者クラブ所属、著書に「世界でさがす私の仕事」(講談社)など

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