旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2020年7月7日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

長崎・上五島、29の教会が迎える祈りと癒しの島へ3~白亜のキリスト像が見守る伝説の洞窟~

1967(昭和42)年、信仰を守り抜いた人たちをしのんで建てられた高さ3.6mのキリスト像。zoom
1967(昭和42)年、信仰を守り抜いた人たちをしのんで建てられた高さ3.6mのキリスト像。
二度目の上五島の旅で、ぜひとも訪れたいと思っていたのが、中通島(なかどおりじま)と橋で繋がっている若松島の南端にある『キリシタン洞窟』と呼ばれている場所。キリシタンへの弾圧がまだ厳しかった明治の初期、迫害を逃れて辿り着いた4家族8人が隠れ暮らしていたという洞窟です。ここへは陸伝いで辿り着くことはできず、船に乗って海から上陸するしかありません。

小さな港から約10分のクルーズ
キリシタン洞窟へのクルーズ船が出発する若松港は、福江島からのフェリーが発着する小さな港。ここから地元漁師さんの漁船などをチャーターして行くクルーズがいくつか出ています。今回利用した『せと志お』は定員12名の小型船。小回りが利きグループで貸し切りが可能なうえ、前日の夕方までに予約を入れると希望の時間に合わせてツアーを実施してくれます。
キリシタン洞窟へのクルーズが発着する若松港。ターミナルには港を眺めながら食事ができるレストランがあります。zoom
キリシタン洞窟へのクルーズが発着する若松港。ターミナルには港を眺めながら食事ができるレストランがあります。
この日は快晴のうえ風もなく波は穏やかな、絶好のクルーズ日和。若松港を出港し間もなく見えてくるのが、全長522mの若松大橋。鏡のように澄んだ海と雲ひとつない空に、白い橋が映えます。とはいえ、橋の下は潮の流れが速く、渦を巻くように波が立つところもあるのですが、船長さんの巧みな舵さばきで景色のいい場所ではゆっくり眺められるよう船速を緩めてくれるサービスも。 

聖母マリアのシルエットに迎えられ、伝説の洞窟へ
やがて断崖の一部に細長い穴のようなものが見えてきました。地元の人から“ハリノメンド”と呼ばれているこの穴は、波の浸食によってできたもの。五島の方言で穴のことを“メンド”または“メンズ”といい、“針の穴”という意味なのだとか。よく見ると、幼子のイエスを抱いた聖母マリアに見えませんか?
若松大橋をくぐり、約10分で見えてくる洞窟(右下)は、幼子のイエスを抱いた聖母マリアのシルエットにも見えます。zoom
若松大橋をくぐり、約10分で見えてくる洞窟(右下)は、幼子のイエスを抱いた聖母マリアのシルエットにも見えます。
目的地のキリシタン洞窟があるのは、この岩の外側を回り込んださらに先。岩の間に見える白い十字架と右手を掲げたキリスト像が目印です。小さな入り江に船着き場はなく、平らな岩場を探して船長さんが船を近づけます。波が引くと船が離れてしまううえ、濡れた岩場は滑りやすいので上陸には注意。船長さんが絶妙のタイミングで近づけ、上陸の手助けをしてくれました。
右手をあげて迎える純白のキリスト像と十字架。この先のわずかなスペースで4カ月間、迫害を逃れた3家族が暮らしていました。zoom
右手をあげて迎える純白のキリスト像と十字架。この先のわずかなスペースで4カ月間、迫害を逃れた3家族が暮らしていました。
洞窟の入り口に立つキリスト像は1967(昭和42)年、迫害から逃れ信仰を守り抜いたキリシタンをしのんで建てられました。十字架は高さ約4m、キリスト像は約3.6mとのことですが、岩場に立ち真下から見上げるとそれ以上に大きく見えます。毎年11月には信徒たちがこの場所に集い、祈りを捧げるといいます。

上陸した場所からは見えないさらに奥が、キリシタンたちが隠れていた場所。足場が悪く辿り着くことはあきらめましたが、ようやく雨風がしのげる畳4~5枚ほどの広さで、ごつごつとした岩の上とのこと。壁には聖母マリアのレリーフを飾ったと思われる跡が残っているそうです。そんな場所で8人は4カ月にわたる潜伏生活を送ったそうでが、飲み水はどうしていたのか、食料はどのように調達していたのか、毎日どうやって時間を過ごしていたのか……、その生活が過酷だったことは想像に難くありません。結局、彼らは漁船に見つかってしまい、捕えられて壮絶な拷問を受けることになったといいます。
あまりにものどかで平和な海の光景に、壮絶な拷問を受けたキリシタンを想うといっそう切なくなります。zoom
あまりにものどかで平和な海の光景に、壮絶な拷問を受けたキリシタンを想うといっそう切なくなります。
穏やかな入り江の景色と海の色に癒されながら帰港
洞窟がある岩場で10~15分過ごしていると、沖に停泊していた船が迎えに来てくれました。帰路は景色のいい入り江に立ち寄りながら、再び若松港を目指します。目の前に広がるのどかな光景を前に、洞窟で過ごしたキリシタンたちにたとえ短い時間でもこの海を愛で、心安らかに過ごした時間があったことを願わずにはいられません。
絶妙な操舵で洞窟へのクルーズに連れて行ってくれた『せと志お』の前川船長。zoom
絶妙な操舵で洞窟へのクルーズに連れて行ってくれた『せと志お』の前川船長。
港に戻り下船するとき、それまで無口だった船長が、柔和な笑顔でぽつりぽつりとクルーズ船の別の楽しみ方も教えてくれました。迫害を受けたキリシタンを想うと切なくなってきますが、小さな入り江が次々と現れ、くるくると変わる海の色はいつまで眺めていても飽きることはありません。東京へ帰ってきてから始まった外出自粛生活のなかで、たびたびこの景色を思い出し懐かしんで過ごしていました。
三度目の上五島訪問が叶ったら、次回は船長が営む民宿に滞在し釣りにも興じてみたい。そんな楽しみができた今回のクルーズでした。

●せと志お
TEL 0959-46-2020(前日までに要予約)
※クルーズは所要約1時間30分、定員12名まで。
1人8000円~、2人乗船の場合1人4500円~、3人の場合1人3500円~、4人以上は1人3000円~。

※上五島の教会巡りと、宿泊&グルメ情報は、こちらから。
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長崎・上五島、29の教会が迎える祈りと癒しの島へ
 1 世界遺産の教会がある集落
 2 人々の暮らしに寄り添う教会を巡る
 4 どちらも泊まってみたい! 2軒のマルゲリータ
 5 島の手仕事にふれる
 6 島の美味しいものを食べ尽くす!

【協力】
長崎県/新上五島町
https://shinkamigoto.com/tour/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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