旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2020年6月25日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

長崎・上五島、29の教会が迎える祈りと癒しの島へ1~世界遺産の教会がある集落~

頭ヶ島天主堂がある白浜集落。19世紀中ごろ、船でしか渡ることができなかった厳しい条件の地に潜伏キリシタンが入植しました。zoom
頭ヶ島天主堂がある白浜集落。19世紀中ごろ、船でしか渡ることができなかった厳しい条件の地に潜伏キリシタンが入植しました。
自由に旅できないもどかしい日々にも少しずつ明るい光が見えてきました。日本各地では他県からの来訪者に旅行代金サポートなどのキャンペーンを立ち上げる自治体が続々と登場しています。海外に出かけるにはまだ難しい状況が続く今だからこそ、国内でいつかは足を運びたいと思っていた土地、わざわざ出かけて行かなければ見ることができない景色、そこにしかない空気を感じられるところを訪ねてみるには、絶好の機会です。

十字架の形をした島に、29の教会がある理由
2018年、ユネスコの世界文化遺産に登録された『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』の構成資産が点在する長崎県で、久しぶりの旅の気分を存分に味わえるのが、離島の上五島です。日本にある966のカトリック教会のうち133が県内にあり、そのうち五島に約50が、さらにそのうちの29があるのが上五島と聞けば、がぜん興味がわいてきませんか。
白浜集落がある入り江。澄み切った海の色が過酷な生活を送る潜伏キリシタンたちを癒したのかもしれません。zoom
白浜集落がある入り江。澄み切った海の色が過酷な生活を送る潜伏キリシタンたちを癒したのかもしれません。
上五島(新上五島町)があるのは、長崎港から西へ約100km離れた東シナ海。大小140の島々からなる五島列島のうち、中通島(なかどおりじま)、若松島を中心とする北側の上半分になります。五島といえば長崎空港からの航空便が発着する福江島を中心とした下五島のほうが知られていますが、上五島へのアクセスは船のみ。長崎空港からバスで約40分揺られて長崎港ターミナルへ、そこからさらに高速船で約1時間20分。早朝に羽田を発ち、島に到着するのは早くてお昼過ぎ。半日をかけて辿り着くと迎えてくれる海と空の色の清々しさに、体じゅうがみるみる浄化されていくような気分になります。

空から見ると、十字架の形をした上五島。昔の人がこの島の形を知っていたかどうかわかりませんが、人口約2万人の島に29もの教会があることから、ここは“祈りの島”とも呼ばれています。ある場所では海を望む高台や小さな入り江に面し、またある場所では数軒の民家がひっそりと軒を寄せ合うようにある山間の地に、木造の素朴な教会や石造り、レンガ造りのそれらは、各集落を見守るように佇んでいます。
これらの教会群は、潜伏キリシタンの子孫が明治以降に建てたもの。江戸時代から約250年にも及ぶキリスト教禁教令の弾圧に耐え、命がけで信仰を守り続けた信徒たちが、信仰の自由を得た証として浄財とともに労働力を提供し完成させました。29のひとつ一つにそれぞれの集落の人々の想いと歴史が刻まれています。
頭ヶ島天主堂とともに周辺集落が世界文化遺産の構成資産に登録されています。zoom
頭ヶ島天主堂とともに周辺集落が世界文化遺産の構成資産に登録されています。
五島にキリスト教が伝わったのは室町時代の1566(永禄9)年。その後1614(慶長19)年、江戸幕府が全国に禁教令を発布し、日本に滞在していた外国人宣教師たちは追放され、長崎の地では信仰を捨てない人々の弾圧が行われました。それとともに五島地方でも最盛期には2000人以上いたとされるキリシタンも消滅したといわれています。

迫害の嵐が吹くなか、過酷な境遇で生き延びたのが五島の潜伏キリシタンです。彼らは江戸後期、外海(そとめ)と呼ばれる現在の長崎市から迫害を逃れて移り住んだ人たち。表面は仏教徒を装いながら開拓民として五島灘を渡り、人目につかない山間で石ころだらけの土地を耕し、船が着きにくい入江では網を打ちながら、自由に祈る日がくることを信じて集落や独自の組織を作っていきました。
現在でこそ複雑な海岸線に囲まれた島内のほとんどの場所に道路が巡らされ車で行き来することができますが、当時の集落間は険しい山道を超えたり、船で海から辿り着くしかない場所が珍しくなかったとか。そのような地形も、信徒たちが厳しい迫害を逃れながら生き延びることができた理由かもしれません。明治維新から5年が過ぎた1873(明治6)年、ようやく禁教令が解かれ、この地で数世代にわたってひっそりと信仰を守り伝えてきた人たちが集落ごとに祈りの場を作っていったことにより、29の教会が点在することになったのです。

信徒たちが石を運び築いた『頭ヶ島(かしらがしま)天主堂』
代表的なものが、世界文化遺産の構成資産として登録されている『頭ヶ島天主堂』を中心とした周辺集落です。
信徒たち自らの手で近隣の海岸から石を運んで積み上げ、10年をかけて天主堂が完成しました。zoom
信徒たち自らの手で近隣の海岸から石を運んで積み上げ、10年をかけて天主堂が完成しました。
頭ヶ島天主堂がある中通島東端の白浜集落は、19世紀中ごろに潜伏キリシタンが入植し、わずかな平地を切り開いた場所です。禁教令が解かれたのち信徒たちにより最初の教会が建てられ、1919(大正8)年には隣接する現在の場所に石造りの天主堂が完成しました。日本でも数少ない石造りの天主堂ができあがるまでには、信徒たちが生活費を切り詰めて捻出した建築費と、近隣の海岸部から石を切り出し運んで積み上げた労働奉仕により、10年の年月がかかったそうです。早朝と夜は生活のために畑を耕したり漁に出る生活。石積み一つひとつに、信徒たちの想いが込められているといえるでしょう。

重厚な外観と、素朴なやさしさに包まれた内部
この頭ヶ島天主堂の設計・施工を手掛けたのが、地元・上五島出身で“教会建築の父”と呼ばる鉄川與助(よすけ)です。彼は現在の新上五島町新魚目地区に生まれ、家業の大工の修業を重ねるなかでフランス人の神父と出会い、教会建築に興味を持つようになりました。西洋建築とともにキリスト教の歴史についても熱心に学び、交流があった神父たちからは何度も洗礼を受けるよう勧められたそうですが、自身は生涯仏教徒を貫いたというエピソードが残っています。
左上/マリア像と聖なる泉を配したルルドと呼ばれる場所。左下/敷地内に建てられた殉教者の碑。右/パステルカラーの可愛らしい花があしらわれた教会堂内部(2014年訪問時の撮影、現在内部の撮影は禁止となっています)。zoom
左上/マリア像と聖なる泉を配したルルドと呼ばれる場所。左下/敷地内に建てられた殉教者の碑。右/パステルカラーの可愛らしい花があしらわれた教会堂内部(2014年訪問時の撮影、現在内部の撮影は禁止となっています)。
山の緑に溶け込むように立つ天主堂の外観は重厚な石造り。なかに入ると趣はがらりと変わり、ピンクの花と水色のパステルカラーを基調とした教会堂内部をステンドグラスから注ぐ外光がやさしい色で満たしています。

私にとって上五島への旅は2回目。初めて訪れたのは6年前のこと。そのとき目にした小さな入り江を満たす海の色と、島の人々の暮らしに溶け込むように教会がある景色、商店や民家など、どこに目をやっても清々しく、出会う人の誰もが穏やかで親切だったことが印象に残っていました。
その後、ずっと再訪を願っていたものの、じつをいうと世界遺産登録により島の雰囲気が変わってしまったのではないかとちょっと心配しながら訪れたのが正直なところ。でも、うれしいことにそれは全くの杞憂に終わり、初めて訪れた時の感動そのままの景色と空気に再び包まれることができました。いまは三度めの訪問を楽しみに、次の旅の予定を考えています。
世界遺産の集落へはインフォメーションセンターがある上五島空港からシャトルバスが発着しています。zoom
世界遺産の集落へはインフォメーションセンターがある上五島空港からシャトルバスが発着しています。
世界遺産エリアの見学方法
頭ヶ島天主堂と周辺集落には入場者数・車両数の制限があり、見学するには事前連絡が必要です。おすすめはインフォメーションセンターが置かれている上五島空港(現在、定期便の発着はありません)から往復するシャトルバス『頭ヶ島パーク&ライド』を利用すること。“教会守”と呼ばれる『祈りの島保全員』のスタッフが親切に案内してくれ、その語り口からは穏やかで温かい島の人たちの人柄が伝わってきます。

『長崎・上五島、29の教会が迎える祈りと癒しの島へ』、以下のコラムに続きます。
 ↓↓
 2 人々の暮らしに寄り添う教会を巡る
 3 白亜のキリスト像が見守る伝説の洞窟
 4 どちらも泊まってみたい! 2軒のマルゲリータ
 5 島の手仕事にふれる
 6 島の美味しいものを食べ尽くす!

【見学申し込み連絡先】
●長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター(出島ワーフ内)
TEL 095-823-7650(9:30~17:30)
http://kyoukaigun.jp
※見学日の前日まで
●頭ヶ島の集落インフォメーションセンター(上五島空港内)
TEL 0959-42-8118(9:00~17:00)
※見学当日

【協力】
長崎県/新上五島町
https://shinkamigoto.com/tour/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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