旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年4月5日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「さくらトラム」米首都でも開花

△アメリカの首都ワシントンを走るDCストリートカーの電車(筆者撮影)zoom
△アメリカの首都ワシントンを走るDCストリートカーの電車(筆者撮影)

 桜の名所の飛鳥山公園(東京都北区)などが沿線にある東京都交通局で唯一の路面電車、都電荒川線は「東京さくらトラム」の愛称を持つ。東京都から桜の木を贈られ、名物の一つとしてすっかり定着したアメリカの首都、ワシントンでも桜が咲く時期に「さくらトラム」と呼ぶべき路面電車が開花している―。

△DCストリートカーの路線図(筆者撮影)zoom
△DCストリートカーの路線図(筆者撮影)

 ▽桜は「日米の絆」
 日本と米国の友好関係強化を願って1912年に当時の尾崎行雄・東京市長が桜の木を贈ったワシントンでは、春になると数千本の桜の木が花を咲かせる。残念ながら2021年と20年は新型コロナウイルス感染拡大防止のために規模が縮小されたものの、「桜祭り」は「日米の絆」を再確認する重要なイベントとして定着している。
 そんな東京と同じような「花の都」ワシントンに2016年2月、路面電車が約54年ぶりに復活した。名称はワシントンの路面電車という意味の「DCストリートカー」。
 全米鉄道旅客公社(アムトラック)のボストンと結ぶ高速列車「アセラ・エクスプレス」や、メリーランド州と結ぶ近郊鉄道「MARC」(3回シリーズ「アメリカの首都で『道草』」)などが発着するユニオン駅から東へ走り、3・5キロ進んだオクラホマ通り・ベニング通り停留所と結ぶ1路線だけがある。

△桜のシールを張った窓越しに見たDCストリートカー(筆者撮影)zoom
△桜のシールを張った窓越しに見たDCストリートカー(筆者撮影)

 ▽地域開発の起爆剤
 ジョー・バイデン大統領が今年1月に新たな主となったホワイトハウス、連邦議会議事堂、政府機関の趣がある建物などが並ぶ北西地区が中心。一方、ユニオン駅などがある北東地区は低所得者層らが暮らす古い住宅が多く、犯罪も多く発生するなど「危険地域」と見なされてきた。
 北東地区の開発の起爆剤として導入されたのがDCストリートカーだ。道路に沿って停留所が設けられるため高齢者や車いすの利用者らも乗り降りしやすく、地下鉄「ワシントンメトロ」(詳しくは本連載「“鉄分”サプリの旅」の「またまた『川崎さん』!」)を建設する場合よりも投資額を抑えられると判断された。路面電車は環境負荷低減に役立つ交通手段のため、マイカーを運転してきた住民を路面電車利用へシフトさせるもくろみもあった。
 ただ、建設には9年間の歳月と2億ドル(約220億円)を要し、一般的に1キロ当たり20億~30億円とされる路面電車の建設費を大きく上回った。

△DCストリートカーの車内(筆者撮影)zoom
△DCストリートカーの車内(筆者撮影)

 ▽桜の花を見ながら「タダ乗り」
 DCストリートカーはほぼ12分間隔で運行し、運転時間は月曜日から木曜日が午前6時から翌日午前0時、金曜日は午前6時から翌日午前2時と日本の通勤電車並みだ。土曜日も午前8時~翌日午前2時、日曜日は午前8時~午後10時まで走る。
 しかも運賃はタダなのだ。新型コロナウイルス禍前の19年10月の資料によると、1カ月当たりの利用者数は9万6千人超に達している。
 私も21年4月、約4年半ぶりに出発駅のユニオン駅から乗り込んだ。チェコの車両メーカー、シュコダが開発した車両をベースに、赤とグレーで彩った電車に乗り込んだ。3両で1編成(ちなみに路面電車の業界は連結した編成全体で「1両」と呼ぶ特殊な慣習がある)となっており、両側で計3列の座席が並ぶ。
 座席に腰掛けると、窓に桜の花があるではないか!ワシントン名物の桜の花のシールを張っているのだ。

△終点のオクラホマ通り・ベニング通りで並んだDCストリートカーの電車(筆者撮影)zoom
△終点のオクラホマ通り・ベニング通りで並んだDCストリートカーの電車(筆者撮影)

 ▽オバマ元大統領が好む飲食店も
 ユニオン駅からH通りを東へ進み、その後はベニング通りに出て終点のオクラホマ通り・ベニング通り停留所に着く。途中は六つの停留所があり、駅間距離は平均500メートルとなる計算だ。
 沿線には、DCストリートカーの開業に伴ってオープンした店舗を含めた飲食店や小売店が並ぶ。バラク・オバマ元大統領も好んで食べるというホットドッグ店「ベンズ・チリ・ボウル」も15年に進出した。建設中のビルもあり、DCストリートーカーが沿線開発を促したのがよく分かる。
 ただ、「皆さん訪れて、楽しんでください!」と呼び掛けられるほど安全な環境には育っていないのが実情だ。座席からニューヨークの自由の女神の格好をして金を無心する人や、電車の前を強引に渡る人もおり、公共交通機関の性格をよく理解している地域というわけではないのを物語る。
 また、残念だったのは北西地区で満開だった桜が、沿線では見られなかったことだ。だからこそ、桜の花のシールを張った電車が「花咲かじいさん」の役割を果たしているのかもしれないが…。
 運転時速は40~56キロ程度との触れ込みだが、停留所の間の距離が短く、交差点では信号待ちがあるためずっと遅い印象だ。3・5キロの距離を20分弱で結ぶまるでカメのような歩みだ。

△飛鳥山公園をバックに駆ける都電荒川線の電車8900形=東京都北区(筆者撮影)zoom
△飛鳥山公園をバックに駆ける都電荒川線の電車8900形=東京都北区(筆者撮影)

 ▽延伸計画に黄信号
 都電荒川線こと「東京さくらトラム」のアメリカ版と言えるDCストリートカー。しかし、マイカーで移動する国民が多い自動車社会のアメリカにあって、ワシントンの住民からも「建設コストが高すぎた上、走っている道路の交通渋滞の原因となっている」という不満も耳にした。
 計画が浮上した約20年前には総延長60キロの路線網を整備する方針だった。だが、建設に向けた調整や予算獲得で難航する中で計画は縮小された。現在はオクラホマ通り・ベニング通りからベニング通りをそのまま東へ延伸し、ワシントンメトロのブルーラインとシルバーラインのベニング通り駅まで結ぶのを最優先事業と位置付けている。
 しかし、地元メディアによると、延伸の賛否を問う沿線地域での世論調査で62%が賛成した一方、28%が反対し、10%は分からないと答えた。一枚岩ではない延伸計画には黄信号がともり、DCストリートカーの走りをほうふつとさせるカメのようなゆったりした歩みになっている。
 延伸への道は険しいものの、利用者数が堅調に推移しており、気候変動対策にも一役買うDCストリートカーがワシントンの足として一段と花を咲かせることに期待したい。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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