アメリカなのに「ドイツ町」という名前の都市が首都ワシントンの近郊にある。千葉県袖ケ浦市にあるドイツの田園をイメージしたテーマパーク「東京ドイツ村」をより都市化した雰囲気なのか、それとも大西洋を渡って欧州大陸に足を踏み入れたような情景が待ち受けているのか?「そんなはずはない」と心の中で思いながらも、足を踏み入れることにした。
▽「逆もまた然り」ではないが…
日本語訳すると「ドイツ町」となる「GERMANTOWN」に興味を覚えたのは、本連載「“鉄分”サプリの旅」の3回シリーズ「アメリカの首都で『道草』」でご紹介したワシントンと主にメリーランド州を結ぶ近郊鉄道「MARC」のブルンズウィック線の沿線にあるのがきっかけだ。
MARCの駅では拙宅から最も近いブルンズウィック線ロックビル駅から4駅先にあり、拙宅と同じメリーランド州モンゴメリー郡にある。しかも起点のワシントン・ユニオン駅からロックビル駅までと同じ運賃の6ドル(約660円)で行くことができる。
ただし、MARCは平日しか走っていないため、私は勤務先のオフィスに用事がある日に照準を合わせた。オフィスでの用事が夕方で終わり、ユニオン駅を午後4時25分に出発する列車に乗り込んだ。購入した切符はもちろんジャーマンタウン駅までだ。
ここで記憶力が良い読者の方ならば、「えっ、大丈夫なの!?」と首をかしげるだろう。MARCブルンズウィック線はワシントンへの通勤客向けの渡船のため運行するのは平日だけで、夕方に走る列車はユニオン駅から郊外へ向かう列車だけだ。朝に運行しているのは、郊外からユニオン駅へ行く反対方向の列車だけだ。
すなわち、夕方にジャーマンタウン駅からロックビル駅へ戻る列車はなく、「逆もまた然り」ではないのだ。
心配ご無用!ある「目的地」を経由すればロックビル駅に戻れるのだ。
▽未知の世界へ…
ボンバルディア・トランスポテーションが造ったステンレス製2階建て客車の左側の座席に腰掛け、いったんは車窓から消えた地下鉄「ワシントンメトロ」レッドライン(詳しくは本連載「“鉄分”サプリの旅」の「またまた『川崎さん』!」)と再び併走するようになった。ロックビル駅に近づいていることを意味し、つい下車しようとそわそわしてしまう。
しかし、今回の行き先はジャーマンタウン駅だ。ロックビル駅を定刻の午後4時56分に出発して木々に囲まれた郊外の住宅街を進んでいく。途中には踏切も点在しており、「フアーン」という警笛を聞いていると旅情をかき立てられる。「次はジャーマンタウン駅です」という車内放送が流れ、プラットホームに降り立ったのはダイヤ通りの午後5時15分だった。
▽「ドイツ町」の由来は?
「ドイツ町」ことジャーマンタウンはワシントンから40キロ余り離れており、ワシントンに通勤している人も多い人口約9万人の住宅地だった。公園やジップラインなど自然豊かな環境が特色で、「良い公立学校を抱えているので教育環境も優れている」(住民)という。
それではなぜ「ドイツ町」なのか?ジャーマンタウン市によると、もともとは「ピーリッジ」と呼ばれていた地区だったが、ドイツから移住した複数の家族が住んでいたため1836年に「ジャーマンタウン」に改称された。第1次世界大戦中には先住民の言葉で「オオカミ」を意味する「ネショーバ」にいったん変わったが、根付かずにジャーマンタウンに戻されたという。
▽最もドイツらしいスポット!?
ジャーマンタウン駅から大通りのジャーマンタウン通りに出ると、交差点のところにガソリンスタンドを併設したコンビニエンスストア「セブン―イレブン」があった。もともと午前7時から午後11時まで開店していたことにちなんだ店名のセブン―イレブンは勤勉な国民性で知られるドイツに似つかわしいが、アメリカのセブン―イレブンの親会社は日本の小売業大手、セブン&アイ・ホールディングスだ。
自動車社会のアメリカでは、ガソリンスタンドで給油するついでに買い物をする顧客が多い。このため、ガソリンスタンドを併設したコンビニを多く見る。ジャーマンタウン固有の名所ではない。
私は「目的地」に向かうために交差点を右折し、ジャーマンタウン通りを北東へ向かった。すると、左手にスリーポインテッドスターのロゴを装飾した看板が目に入った。
ドイツの自動車大手、ドイツの自動車大手ダイムラーの高級車ブランド「メルセデス・ベンツ」のディーラーだ。ドイツにルーツを持つ住民には、ドイツの代表的な高級車ブランドのメルセデス・ベンツに愛着を持っていても不思議ではない。ジャーマンタウンにあるメルセデス・ベンツのディーラーが、今回巡った中では最もドイツらしいスポットだった。
▽「目的地」とは
裏を返せば、ジャーマンタウンは「ドイツ町」と訳してしっくりくるような街ではなかった。米国西部カリフォルニア州サンフランシスコの「ジャパンタウン」や、ロサンゼルスの「リトルトーキョー」のような日系人街のドイツ版ではない。また、「東京ドイツ村」のようにドイツの田園をほうふつとさせる風景が広がっているわけでもなく、良い住宅地として定評があるメリーランド州モンゴメリー郡の一角だった。
さて、ジャーマンタウン駅から約20分歩くと「目的地」に到着した。モンゴメリー郡の路線バス網「ライドオン」のバスセンター「ジャーマンタウン交通センター」だ。ここからライドオンの路線バス55番がロックビル駅と結んでいるのだ。MARCは約20分でロックビル駅とジャーマンタウン駅をつないだが、バスは停留所に細かく停車しながら約50分後に着いた。
ロックビル駅の「Rockville Station」と記した駅名標を眺めて、「ここだって日本語訳すると『岩村駅』じゃないか」とふと思った。
岩村駅と言えば第三セクターの明知鉄道の岐阜県恵那市にある駅名と同じで、NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」のロケ地となったレトロな雰囲気が残る商店街の最寄り駅だ。私が住むロックビル市は自然が残っているものの、岩村駅近くの文字通りの田園地帯には遠く及ばない。趣もかなり異なる。
「ロックビルを『岩村』と訳すのに無理があるのと同じくらい、ジャーマンタウンを『ドイツ町』と訳すのには無理があったようだ」。「東京ドイツ村」でも、本国ドイツのような雰囲気があるわけでもない住宅地を目の当たりにし、そんな結論に至った小旅行となった―。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)