旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年3月22日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

アメリカの「ドイツ町」とは!?

△MARCブルンズウィック線の2階建て客車を引くディーゼル機関車=メリーランド州で筆者撮影zoom
△MARCブルンズウィック線の2階建て客車を引くディーゼル機関車=メリーランド州で筆者撮影

 アメリカなのに「ドイツ町」という名前の都市が首都ワシントンの近郊にある。千葉県袖ケ浦市にあるドイツの田園をイメージしたテーマパーク「東京ドイツ村」をより都市化した雰囲気なのか、それとも大西洋を渡って欧州大陸に足を踏み入れたような情景が待ち受けているのか?「そんなはずはない」と心の中で思いながらも、足を踏み入れることにした。

△MARCブルンズウィック線の客車内の電光表示板に次の停車駅がジャーマンタウンなのが記された=メリーランド州で筆者撮影zoom
△MARCブルンズウィック線の客車内の電光表示板に次の停車駅がジャーマンタウンなのが記された=メリーランド州で筆者撮影

 ▽「逆もまた然り」ではないが…
 日本語訳すると「ドイツ町」となる「GERMANTOWN」に興味を覚えたのは、本連載「“鉄分”サプリの旅」の3回シリーズ「アメリカの首都で『道草』」でご紹介したワシントンと主にメリーランド州を結ぶ近郊鉄道「MARC」のブルンズウィック線の沿線にあるのがきっかけだ。
 MARCの駅では拙宅から最も近いブルンズウィック線ロックビル駅から4駅先にあり、拙宅と同じメリーランド州モンゴメリー郡にある。しかも起点のワシントン・ユニオン駅からロックビル駅までと同じ運賃の6ドル(約660円)で行くことができる。
 ただし、MARCは平日しか走っていないため、私は勤務先のオフィスに用事がある日に照準を合わせた。オフィスでの用事が夕方で終わり、ユニオン駅を午後4時25分に出発する列車に乗り込んだ。購入した切符はもちろんジャーマンタウン駅までだ。
 ここで記憶力が良い読者の方ならば、「えっ、大丈夫なの!?」と首をかしげるだろう。MARCブルンズウィック線はワシントンへの通勤客向けの渡船のため運行するのは平日だけで、夕方に走る列車はユニオン駅から郊外へ向かう列車だけだ。朝に運行しているのは、郊外からユニオン駅へ行く反対方向の列車だけだ。
 すなわち、夕方にジャーマンタウン駅からロックビル駅へ戻る列車はなく、「逆もまた然り」ではないのだ。
 心配ご無用!ある「目的地」を経由すればロックビル駅に戻れるのだ。

△MARCブルンズウィック線のジャーマンタウン駅=メリーランド州で筆者撮影zoom
△MARCブルンズウィック線のジャーマンタウン駅=メリーランド州で筆者撮影

 ▽未知の世界へ…
 ボンバルディア・トランスポテーションが造ったステンレス製2階建て客車の左側の座席に腰掛け、いったんは車窓から消えた地下鉄「ワシントンメトロ」レッドライン(詳しくは本連載「“鉄分”サプリの旅」の「またまた『川崎さん』!」)と再び併走するようになった。ロックビル駅に近づいていることを意味し、つい下車しようとそわそわしてしまう。
 しかし、今回の行き先はジャーマンタウン駅だ。ロックビル駅を定刻の午後4時56分に出発して木々に囲まれた郊外の住宅街を進んでいく。途中には踏切も点在しており、「フアーン」という警笛を聞いていると旅情をかき立てられる。「次はジャーマンタウン駅です」という車内放送が流れ、プラットホームに降り立ったのはダイヤ通りの午後5時15分だった。

△ジャーマンタウンにあるガソリンスタンドとコンビニを併設したセブン―イレブン=メリーランド州で筆者撮影zoom
△ジャーマンタウンにあるガソリンスタンドとコンビニを併設したセブン―イレブン=メリーランド州で筆者撮影

 ▽「ドイツ町」の由来は?
 「ドイツ町」ことジャーマンタウンはワシントンから40キロ余り離れており、ワシントンに通勤している人も多い人口約9万人の住宅地だった。公園やジップラインなど自然豊かな環境が特色で、「良い公立学校を抱えているので教育環境も優れている」(住民)という。
 それではなぜ「ドイツ町」なのか?ジャーマンタウン市によると、もともとは「ピーリッジ」と呼ばれていた地区だったが、ドイツから移住した複数の家族が住んでいたため1836年に「ジャーマンタウン」に改称された。第1次世界大戦中には先住民の言葉で「オオカミ」を意味する「ネショーバ」にいったん変わったが、根付かずにジャーマンタウンに戻されたという。

△ジャーマンタウンにあるメルセデス・ベンツのディーラー=メリーランド州で筆者撮影zoom
△ジャーマンタウンにあるメルセデス・ベンツのディーラー=メリーランド州で筆者撮影

 ▽最もドイツらしいスポット!?
 ジャーマンタウン駅から大通りのジャーマンタウン通りに出ると、交差点のところにガソリンスタンドを併設したコンビニエンスストア「セブン―イレブン」があった。もともと午前7時から午後11時まで開店していたことにちなんだ店名のセブン―イレブンは勤勉な国民性で知られるドイツに似つかわしいが、アメリカのセブン―イレブンの親会社は日本の小売業大手、セブン&アイ・ホールディングスだ。
 自動車社会のアメリカでは、ガソリンスタンドで給油するついでに買い物をする顧客が多い。このため、ガソリンスタンドを併設したコンビニを多く見る。ジャーマンタウン固有の名所ではない。
 私は「目的地」に向かうために交差点を右折し、ジャーマンタウン通りを北東へ向かった。すると、左手にスリーポインテッドスターのロゴを装飾した看板が目に入った。
 ドイツの自動車大手、ドイツの自動車大手ダイムラーの高級車ブランド「メルセデス・ベンツ」のディーラーだ。ドイツにルーツを持つ住民には、ドイツの代表的な高級車ブランドのメルセデス・ベンツに愛着を持っていても不思議ではない。ジャーマンタウンにあるメルセデス・ベンツのディーラーが、今回巡った中では最もドイツらしいスポットだった。

△「ライドオン」の路線バスが発着するジャーマンタウン交通センター=メリーランド州で筆者撮影zoom
△「ライドオン」の路線バスが発着するジャーマンタウン交通センター=メリーランド州で筆者撮影

 ▽「目的地」とは
 裏を返せば、ジャーマンタウンは「ドイツ町」と訳してしっくりくるような街ではなかった。米国西部カリフォルニア州サンフランシスコの「ジャパンタウン」や、ロサンゼルスの「リトルトーキョー」のような日系人街のドイツ版ではない。また、「東京ドイツ村」のようにドイツの田園をほうふつとさせる風景が広がっているわけでもなく、良い住宅地として定評があるメリーランド州モンゴメリー郡の一角だった。
 さて、ジャーマンタウン駅から約20分歩くと「目的地」に到着した。モンゴメリー郡の路線バス網「ライドオン」のバスセンター「ジャーマンタウン交通センター」だ。ここからライドオンの路線バス55番がロックビル駅と結んでいるのだ。MARCは約20分でロックビル駅とジャーマンタウン駅をつないだが、バスは停留所に細かく停車しながら約50分後に着いた。
 ロックビル駅の「Rockville Station」と記した駅名標を眺めて、「ここだって日本語訳すると『岩村駅』じゃないか」とふと思った。
 岩村駅と言えば第三セクターの明知鉄道の岐阜県恵那市にある駅名と同じで、NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」のロケ地となったレトロな雰囲気が残る商店街の最寄り駅だ。私が住むロックビル市は自然が残っているものの、岩村駅近くの文字通りの田園地帯には遠く及ばない。趣もかなり異なる。
 「ロックビルを『岩村』と訳すのに無理があるのと同じくらい、ジャーマンタウンを『ドイツ町』と訳すのには無理があったようだ」。「東京ドイツ村」でも、本国ドイツのような雰囲気があるわけでもない住宅地を目の当たりにし、そんな結論に至った小旅行となった―。
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
risvel facebook