(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【28】」からの続き)
エア・カナダのハブ(拠点)空港の一つ、モントリオール国際空港で欧州エアバスの小型旅客機A220のエア・カナダ機が視界に入った。A220をもともと開発したボンバルディア(カナダ)は膨大な開発費が経営の屋台骨を揺るがし、相次ぐ事業売却を迫られて世界的な輸送機器大手から中堅メーカーに転落した。国産初のジェット旅客機、三菱スペースジェット(MSJ、旧MRJ)の開発を凍結した三菱重工業グループの針路を占う上で、ボンバルディアの軌跡は示唆に富んでいる。
▽機長の一言で…
北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズでの最終日を迎え、セントジョンズ国際空港からエア・カナダグループが運航するエンブラエル(ブラジル)のジェット旅客機「E175」(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【4】」ご参照)でモントリオールへ向かった。
セントジョンズ空港を定刻の午後5時45分に出発し、モントリオール空港の滑走路に順調に着陸した、はずだった。ところが想定外の事態に見舞われる。旅客ターミナルへ向かって誘導路を進むと思いきや、なぜかきびすを返した。
エア・カナダ旧塗装をまとったボーイングの大型機777、米国ユナイテッド航空グループのジェットエンジンを機体後方に2基備えた小型ジェット旅客機「カナダエア・リージョナル・ジェット(CRJ)」に挟まれる形で駐機した。
なぜ駐機場に入るのかと首をかしげていると、機長が機内放送で語った一言に背筋が凍り付いた。「ターミナルが混雑しているため、しばらくここで駐機します」。私が乗る予定なのはワシントンへの最終便で、出勤を翌日に控えているのだ。
▽搭乗口までの制限時間は45分
午後7時ごろになっており、予約しているワシントン行きの航空便の出発時間は午後8時なので「出発15分前に搭乗ゲートが閉まる」(エア・カナダの券面)のに鑑みると午後7時45分までに搭乗ゲートにたどり着かなければならない。「45分あれば余裕ではないか」と錯覚しがちだが、米国へ向かう航空便の入国検査はカナダで実施される。
広大な旅客ターミナルで手荷物を抱えながらカナダ国内線から国際線への長い通路を移動し、しばしば行列ができる入国審査をくぐり抜け、乗り継ぎ便の搭乗ゲートにたどり着かなければならない。待ち受ける道のりにため息をついて窓外を眺めると、6年余り前に機内に入ったエアバスA220が見えた。
▽MSJとは「全く違う」
A220は機体に炭素繊維複合材を使って軽量化するとともに、米国プラット・アンド・ホイットニー(P&W)のジェットエンジンを採用して燃費性能を改善したのが特徴だ。
機体は全長35メートルで標準座席数が100~120席の100型と、それぞれ38・7メートルで120~150席の300型がある。真ん中に通路が1本ある単通路機ながらエコノミークラスの座席もゆったりとし、窓が大きいため開放感がある。
この機体を最初に見たのは、ボンバルディアの「Cシリーズ」という名称だった2016年4月のことだ。米国勢で最初に発注を決めたデルタ航空が南部アトランタで開いた見学会で機内に入り、小型機ながら広々としているのに感心してタラップの階段を降りた。地上に着いた時、「(旧)MRJとは全く違ったでしょう」と男性が笑みを浮かべながら声をかけてきた。
胸の内を読まれたようでどきっとしながらあいさつすると、この男性は「エアバスA220生みの親」と呼ばれる開発者のロバート・デュワー氏だった。
デュワー氏は「日本発着路線に導入すれば競争力向上につながる」として日本の航空会社からの受注獲得に意欲を示す一方、MSJとは「(旧)ボンバルディアCシリーズより座席数が少なく、飛行できる距離も異なる」として競争は限られるとの認識を示した。
▽A220、MSJとは対照的な“航路”
その後、日本とカナダでそれぞれ開発された二つの航空機は対照的な“航路”をたどった。旧ボンバルディアCシリーズは16年6月に初号機をスイス・インターナショナル・エアラインズに引き渡したものの、ボンバルディアは開発費がかさんで経営危機に陥った。
プロペラ機「Qシリーズ」の事業を航空産業に投資するカナダ企業に、CRJ事業を三菱重工業に(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【1】」ご参照)、鉄道車両事業をフランスのアルストムにそれぞれ売却した。
ボンバルディアの経営の重荷となる“金食い虫”ながらも、世に出すことに成功したCシリーズの事業は18年7月にエアバスへ売却された。社名の頭文字の後ろに三桁の数字をつけたエアバスの名称ルールに従って「A220」と改称された。
エアバスの営業力もあってA220の累計受注は800機近くに上っており、エア・カナダも300型を60機発注して既に33機を受領して運航している。デルタは最大107機(100型45機、300型62機)、米国ジェットブルー航空も最大100機をそれぞれ発注して一部は既に活躍している。
A220の生産拠点はボンバルディアから引き継いだカナダ東部ケベック州のほか、米国南部アラバマ州も加わった。
▽800機近く受注も、かつてのグローバル企業は見る影なく
ただ、経営を立て直すために聖域のない事業売却を進めたボンバルディアに残った主要事業はビジネスジェット機だけとなり、かつては世界中に幅広い輸送機器を供給していたカナダのグローバル企業の姿は見る影もない。
一方、開発難航から6度にわたって納入時期を延期したことで発注取りやめが続出し、開発費が累計1兆円規模に上ったMSJについて三菱重工の泉沢清次社長は20年10月に「いったん立ち止まることにした」と事実上の開発凍結を宣言。22年6月の株主総会でも新型コロナウイルス禍で「航空業界が受けている影響は大きく、検討にはなお時間を要する」と慎重な姿勢を崩していない。
企業再編に追い込まれるほどの支出を覚悟しても航空機開発を成就させるのか、それとも機が熟さないと判断して企業存続を優先させた事実上の「名誉ある撤退」を選ぶのか。三菱重工には難しい決断を迫られている。
そんな日本の基幹メーカーの針路に比べると実に矮小な話ではあるが、私にとってはモントリオール空港の駐機場に留め置かれた搭乗機がターミナルに着き、ワシントンへ向かう接続便に乗り継げるかどうかが切迫した課題になっていた…。
(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』最終回【30】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)