旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年12月27日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

製粉工場がアート空間に生まれ変わる、2030年開館予定の「アート・ミル美術館」 ~アートなカタール #06

直径約8mのサイロを展示スペースに転換予定。美術館のロゴも、このシルエットをイメージしたものになるのだそう。zoom
直径約8mのサイロを展示スペースに転換予定。美術館のロゴも、このシルエットをイメージしたものになるのだそう。
FIFAワールドカップ終了後、アートなスポットとしての注目度が高まるカタール。砂漠に立つ巨大インスタレーションや、プリツカー賞受賞の著名建築家によるドーハ市内のミュージアムに加え、新たな美術館開設のプロジェクトも着々と進んでいます。「アートなカタール」第6回は、現在稼働中の製粉工場を改造し、2030年に近代・現代美術館として開館予定の「アート・ミル美術館(Art Mill Museum)」をご紹介します。

インダストリアルな建物をアートに 活用する、カタール初の試み
アート・ミル美術館開設プロジェクトが進行中なのは、首都ドーハのウォーターフロント、コーニッシュ地区。本コラムの第4・5回でご紹介した「カタール国立博物館(National Museum of Qatar)」「イスラム美術館(Museum of Islamic Art)」も、港越しに見渡せるロケーションです。
美術館に転換される予定の製粉工場があるのは、ドーハのウォータフロント。zoom
美術館に転換される予定の製粉工場があるのは、ドーハのウォータフロント。
建築の改修設計は、チリの建築家アレハンドロ・アラヴェナ率いるスタジオ「エレメンタル( ELEMENTAL)」が担当。アラヴェナがこの国のミュージアム設計にあたって欠かせないアワードである、プリツカー賞受賞者であることは言うまでもありません。2016年、48歳にして建築界最高の栄誉を獲得したアラヴェナは、同年開催のヴェネツィア・ヴィエンナーレにおいて、建築部門のキュレーターも務めています。

英国テート・モダンの1.5倍の規模で展開する巨大プロジェクト
アート・ミル美術館最大の見どころは、工場内に40基ある直径8mのサイロ(貯蔵庫)の一部を活かした展示スペース。また、新しい展示棟や回廊、国内外からクリエーターが集まるクリエイティブ・ヴィレッジも新設されます。合計面積は約8万平米。これまで新たに設計された斬新な建築物で注目されてきたカタールで、既存の産業施設をコンバージョンした美術館は初めての試み。同様の美術館としては、ロンドンのテムズ川沿いにあり、発電所施設を利用した「テート・モダン(Tate Modern)」が有名ですが、同美術館はその約1.5倍の規模になるとのことです。
じつは10年ほど前、テート・モダンを訪れたことがあり、巨大な吹き抜けがあるボイラーハウスに圧倒されたことを思い出しました。今回は神殿の列柱のようにそびえるサイロがどのような展示スペースに姿を変えるのか、8年後の開館に今からワクワクしています。
工場の稼働を続けながら、新美術館への転換プロジェクトが着々と進められています。zoom
工場の稼働を続けながら、新美術館への転換プロジェクトが着々と進められています。
3つのミュージアムをめぐるトライアングルエリアが完成
美術館完成後に展示されるのは、カタールの文化芸術の保護・発展のために設立された「カタール・ミュージアムズ(Qatar Museums)」が40年前から収集を始めた1890年以降の近現代アート作品。絵画、彫刻をはじめ、写真、建築やデザイン、工芸品やファッション、映画に関する小道具など、世界中のアーティストによる作品が含まれているといいます。
コンペで設計デザインを獲得したチリ人の建築家でデザイナーの、アレハンドロ・アラヴェナ。zoom
コンペで設計デザインを獲得したチリ人の建築家でデザイナーの、アレハンドロ・アラヴェナ。
設計デザインを手掛けるアラヴェナ本人の案内で、2023年3月まで開催中の「アート・ミル・ミュージアム展2030(Art Mill Museum 2030 Exhibition)」を鑑賞する機会に恵まれました。築30年超のスラムを100世帯が暮らせる住宅に変えたプロジェクトで、プリツカー賞を受賞したアラヴェナ。
「既存の建築物のなかから必要なものを残し、不要なものを取り除いていく設計コンセプトは、地震が多い私の母国、チリでの経験から学んだもの。港に面したドーハのこのロケーションは、敷地全体にスロープを付けることで、さまざまな角度からのビューが変わってくることが大きなポイントになるでしょう」
と話してくれました。

また、同館館長のカトリーヌ・グルニエは、
「完成予定のミュージアムは、世界中の美術館から作品を借りてきて展示する器だけの施設ではありません。私たちがまず、ここに展示すべき作品のコレクションから始めたことに大きな意味があるのです。私たちが所蔵するコレクションとネットワークを生かし、各国の美術館と所蔵品を交換したり、新たなプロジェクトを立ち上げていきたい」
と、その意気込みを語ってくれました。
アート・ミル美術館の完成模型図。背後にそびえる列柱が既存のサイロを利用した展示棟。zoom
アート・ミル美術館の完成模型図。背後にそびえる列柱が既存のサイロを利用した展示棟。
アート・ミル美術館が完成すれば、この国が誇る二大ミュージアム「カタール国立博物館」「イスラム美術館」とともに、ウォーターフロントの3カ所を徒歩でアクセスできる美術館のトライアングルエリアが形成されます。完成予定の2030年までまだかなり時間がありますが、カタール初の試みである産業施設を活用した美術館のプロジェクト進行に、これからも注目していきたいと思っています。

●アート・ミル美術館(Art Mill Museum)
https://qm.org.qa/en/about-us/art-mill-museum/

次回の最終回は「カタールで食すアラブ料理」をご紹介します。
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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