旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年12月26日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

リニューアルオープンしたイスラム芸術の殿堂「イスラム美術館」へ ~アートなカタール #5

「イスラム美術館」のエントランスホール。天井のリングは、男性がかぶる白い布(ガトラ)を固定するアガールを模したもの。zoom
「イスラム美術館」のエントランスホール。天井のリングは、男性がかぶる白い布(ガトラ)を固定するアガールを模したもの。
アルゼンチンが36年ぶりの優勝を飾った、FIFAワールドカップ・カタール大会。今大会期間中、毎日のように映し出される首都ドーハ市内の光景に、おおいに興味をもって人も多いことでしょう。かつて、「世界でもっとも退屈な都市」と呼ばれたこともあるドーハですが、実際に現地を訪れた人たちからは、「どこが退屈な街なの?」という声が多く聞かれたとか。市内の中心部を歩けば、名だたるクリエーターによる建築物やパブリックアートに出合え、ドーハは今や“アートの街”。そんなカタールの最新アートシーンをお伝えしているコラム「アートなカタール」第5回は、18カ月間の休館を経て一般公開を再開した「イスラム美術館(MIA:Museum of Islamic Art)」をご紹介します。

海に浮かぶ人工島がまるごと美術館に
カタールの文化芸術の保護・発展のため2005年に設立された政府機関「カタール・ミュージアムズ(Qatar Museums)」。このプロジェクトで“アートなカタール”への第一歩となったのが2008年に開館し、世界有数のイスラム芸術の殿堂と称賛されている「イスラム美術館」です。
海上に架かるアプローチを渡って美術館へ。石灰岩の白い外観が青空に映え、モスクのような存在感を放ちます。zoom
海上に架かるアプローチを渡って美術館へ。石灰岩の白い外観が青空に映え、モスクのような存在感を放ちます。
ドーハ市内の中心部に近い海岸線を埋め立て、島ごと新たに造ったイスラム美術館は、アラブ諸国のなかで最大の規模を誇る美術館として開館しました。施設の充実と常設コレクションの再構築のための閉館を経て再オープンしたのは、2022年10月のこと。FIFAワールドカップ開催を見据えてのリニューアルであったのは間違いありません。

設計を担当したのは、“建築界のノーベル賞”と呼ばれているプリツカー賞受賞の建築家イオ・ミン・ペイ(I・M・ペイ)。中国系アメリカ人であるペイは、ルーブル美術館のガラスピラミッドを設計した建築家として知られています。1917年生まれのペイは、この美術館の設計を担当したとき、すでに80歳を超える高齢でした。隠居状態にあった老建築家を口説き落としたのが、カタールの博物館議長であり、国家的なアートプロジェクトをけん引し、今回の連載コラムにもたびたび登場している“プリンセス”こと、シャイカ・アル=マヤッサその人です。
島ごと新たに造った美術館は、「カタール国立博物館」と並ぶドーハのランドマーク。zoom
島ごと新たに造った美術館は、「カタール国立博物館」と並ぶドーハのランドマーク。
イスラム教の意匠が散りばめられた、世界的建築家による晩年の傑作
海を背景に、石灰岩の白さがまぶしい建物は、ドーハのランドマーク。設計にあたりペイはイスラムの建築と歴史について学び、ムスリムのテキストを読み込んだのだとか。立体系を積み重ねたような外観はイスラムの礼拝堂からインスピレーションを得たもので、内部にもイスラム教の意匠が随所に散りばめられています。美術館完成時のペイは91歳。しかし、ドーハの海岸線にあり圧倒的な存在感を放つ建物の外観と、ダイナミックなエントランスホールの設計を見る限り、衰えはまったく感じられません。(ちなみにペイは、この美術館が完成した11年後の2019年に102歳で没しています。)
今回のリニューアルオープンで新たに加えられた展示は、ブルーコーランからインスパイアされたもの。。zoom
今回のリニューアルオープンで新たに加えられた展示は、ブルーコーランからインスパイアされたもの。。
異文化に触れ、イスラム美術の美しさに圧倒される
5階建ての美術館内部は4つのフロアに分かれ、7~20世紀までのイスラム芸術のあらゆる分野のコレクションが所蔵されています。コーランをはじめとした文書、陶磁器やガラス、木材など建築物の一部や調度品、織物、洋服や宝石類の装飾品、武具にいたるまで。中東諸国はもちろんのこと、スペイン、中国、アフリカなどから収集したものもあり、イスラム芸術のすべてがここに集約されています。

さらに今回のリニューアルで新たに1000点以上の作品が加わり、常設展示室には「東アジアのイスラム」に関する展示スペースが設けられました。私たちが訪れた日、自ら館内を案内してくれた美術館ディレクター(館長)のジュリア・ゴンネッラ博士は、
「中東を中心としたイスラム世界と、それ以外の世界の異文化の繋がりにも焦点を当てています。リニューアルにあたり、この素晴らしい施設を次の章へと導いて行けることを光栄に思います。他に類を見ない卓越したコレクションを通じて、イスラム世界の豊かで偉大な歴史を感じてみてください」と語っていました。
絵本のように美しいコーラン、タイルやタペストリーとともに、ダマスカスの商人の邸宅を再現した展示の豪華さは圧巻!zoom
絵本のように美しいコーラン、タイルやタペストリーとともに、ダマスカスの商人の邸宅を再現した展示の豪華さは圧巻!
彼女の言葉のなかでもっとも印象に残っているのが、「イスラム芸術では、文字そのものがアートなのです」というひと言。文字だと思うと意味不明の記号にしか見えないアラビア文字も、アートととらえれば美しい模様として目に映り、タイルや絨毯に散りばめられた幾何学模様にも意味があることが伝わってきます。そして目を奪われるのは、豪華な宝飾品の数々。陶磁器、金属、ガラス、象牙、宝石など、まばゆいばかりの品々は目の保養にもぴったり。イスラム芸術とその歴史を知るとともに、イスラム教を通じて東洋と西洋を繋ぐ文化交流の拠点としての中東の存在感を、改めて認識することができました。
衣装や宝石類などイスラムの至宝を展示。布教だけでなく、十字軍の遠征といった戦いに伴う文化交流の歴史も見てとれます。zoom
衣装や宝石類などイスラムの至宝を展示。布教だけでなく、十字軍の遠征といった戦いに伴う文化交流の歴史も見てとれます。
ワールドカップの熱戦を終え、今ごろは静けさを取り戻しているであろう首都ドーハ。夏には最高気温が45℃近くにまで上がることもある中東ですが、冬にあたる12~3月の昼間の最高気温は25~30℃。しかも乾燥しているので日本の夏に比べるとずっと過ごしやすく、旅するにはもってこいの季節です。イスラム芸術の殿堂である「イスラム美術館」と、前回ご紹介した「カタール国立博物館」を鑑賞するだけでも一度、訪れてみる価値はあります。

次回は、2030年の開館が今から待ち遠しい「アート・ミル美術館」をご紹介します。

●イスラム美術館(MIA: Museum of Islamic Art)
https://mia.org.qa/en/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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