旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年12月7日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

“砂漠のバラ”をモチーフに、カタールの文化遺産を伝える「カタール国立博物館」 ~アートなカタール #4

“砂漠のバラ”の花びらからインスピレーションを得て設計された博物館は、カタールを象徴する建築物。zoom
“砂漠のバラ”の花びらからインスピレーションを得て設計された博物館は、カタールを象徴する建築物。
“砂漠のバラ(Desert Rose)”を知っていますか?
植物のバラではなく、砂漠で発見される鉱物のこと。地中の水分が蒸発する際、そこに溶けていた鉱物やミネラル類が結晶化したもので、花弁状になる理由ははっきりとわかっていないのだそう。パワーストーンとしても人気が高く、花が開いたような形から“願いをかなえる石”と呼ばれることもあるといいます。砂漠の大地が作りあげた芸術ともいえる“バラ”に着想を得てデザイン・設計されたのが2019年、カタールの首都ドーハに開館した「カタール国立博物館(National Museum of Qatar)」です。

カタールのプリンセスが監修し、プリツカー賞受賞の建築家が設計
もともとドーハには1975年、ペルシャ湾沿岸のアラブ諸国初の博物館として開館した「旧カタール国立博物館(Qatar National Museum)」がありましたが、建築物の老朽化などにより2015年にいったん閉館。その跡地に新たに誕生したのがこの博物館です。
「カタール国立博物館」があるのは、首長王族家の旧宮殿があった場所。建物の全長は約350mに及び、敷地内には修復された宮殿も。zoom
「カタール国立博物館」があるのは、首長王族家の旧宮殿があった場所。建物の全長は約350mに及び、敷地内には修復された宮殿も。
創設者は、第2回の『#2 砂漠に出現したオラファー・エリアソンの巨大インスタレーション』でも紹介した、この国のプリンセスで「カタールの美術女王」ことシェイカ・アル=マヤッサ。設計を担当したのはプリツカー賞受賞のフランス人建築家、ジャン・ヌーヴェルです。ちなみにプリツカー賞は、建築家に与えられる賞のなかで最も栄誉があり、“建築のノーベル賞”ともいわれるもの。日本人では丹下健三や安藤忠雄らが受賞しています。

ガラスによる建築を得意とし、光の反射や透過から独特の存在感を生み出すことで知られるジャン・ヌーヴェル。日本では東京・汐留の電通本社ビルがあり、2017年にフランスが誇る「ルーブル美術館」初の海外別館としてアラブ首長国連邦にオープンした「ルーブル・アブダビ」も彼の設計によるもの。と聞くと、どれだけすごい建築家か想像ができますよね。
上左:花びら状のパネルを複雑に組み合わせた外観。上右:これが本物の砂漠のバラ。ミュージアムショップに展示されています。  下:内部の壁や窓は、ほとんど斜めに傾斜しています。zoom
上左:花びら状のパネルを複雑に組み合わせた外観。上右:これが本物の砂漠のバラ。ミュージアムショップに展示されています。  下:内部の壁や窓は、ほとんど斜めに傾斜しています。
しかし、ここカタールで手掛けたミュージアムは、まったく印象が異なります。円盤状の花びらが折り重なるような複雑なデザインの外観。11ある常設展示室も正方形や長方形の部屋はほとんどなく、傾斜を巧みに取り入れた設計により、来場者を奥へ、奥へと誘います。

化石時代から現代までの歴史をたどる
展示室はおよそ4億年前の化石の展示に始まり、遊牧民と海辺の人々の暮らしと生活道具、それを取り巻く自然や動物、紛争の歴史、飛躍的な発展を遂げた現代まで、展示物と迫力あるプロジェクションマッピングで伝えています。考古学的資料に加え、湾岸貿易で持ち込まれたもの、真珠産業にまつわる宝石類や衣装などもあり、ヨーロッパとアジアが融合した独特の文化が伝わってきて、それぞれの時代へタイムスリップしたような臨場感。
展示総数は8000点以上。真珠漁の道具(下左)や、真珠を敷き詰めた豪華なタペストリー(下右)も。zoom
展示総数は8000点以上。真珠漁の道具(下左)や、真珠を敷き詰めた豪華なタペストリー(下右)も。
砂漠の国とはいえ、アラビア半島からペルシャ湾に突き出た地形であり、三方を海に囲まれたカタール。天然ガスや石油を産出するまで、産業の中心は漁業と真珠漁でした。真珠産業については『#1 カタールってどんな国?』で日本とのかかわりに少し触れていますが、漁師さんのいでたちが日本の海女さんそっくり! この国では男性が漁を行っていて、石の重りを腰に付けて海に潜り貝を採取していたとのこと。その時の海中の映像を体験できる小部屋のような展示もあります。また、英国王室に献上したパールのティアラをはじめとした宝飾品、真珠を敷き詰めたタペストリーの豪華さには目もくらむばかり。
日本人建築家、高田浩一が手掛けたレストランでは、アラン・デュカスによる料理を。zoom
日本人建築家、高田浩一が手掛けたレストランでは、アラン・デュカスによる料理を。
日本人建築家が手がけたカフェとミュージアムショップ
ミュージアムといえば、カフェやショップも訪れる楽しみのひとつ。テラスから海を眺められるのが、アラン・デュカスによる「ジワン・レストラン(Jiwan Restaurant)」。カタールの伝統料理をフレンチの技法でアレンジした美しい料理を味わえます。このレストランとともにショップの設計は、オーストラリアのシドニーを拠点に活動する日本人建築家、高田浩一が担当しています。
レストランがある4階のテラス席から見渡すドーハの港湾地帯。zoom
レストランがある4階のテラス席から見渡すドーハの港湾地帯。
自然が生み出した複雑なフォルムを建築物で表現するのが至難の業であることは容易に想像できます。当初の開館予定は2016年でしたが、3年遅れて2019年、ようやく完成しました。カタールを象徴するミュージアムは、長い年月をかけて結晶化し花開いた“砂漠のバラ”に通じるのかもしれません。

次回のコラムでは、18か月間の休館を経て2022年10月、リニューアルオープンしたイスラム美術の殿堂、「イスラム美術館(MIA:Museum of Islamic Art)」をご紹介します。

●カタール国立博物館(National Museum of Qatar)
https://nmoq.org.qa/en/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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