旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年12月3日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

まるでSF映画の世界!? 砂漠に出現したオラファー・エリアソンの巨大インスタレーション ~アートなカタール #2

遥か地平線まで見渡せる砂漠に出現した巨大インスタレーションは、世界的アーティストの最新作。zoom
遥か地平線まで見渡せる砂漠に出現した巨大インスタレーションは、世界的アーティストの最新作。
連日、熱戦が繰り広げられているFIFAワールドカップ2022開催地のカタール。日本の決勝トーナメント進出に、ますます寝不足の日々が続きそうです。『アートなカタール#1 カタールってどんな国?』に続き第2回は、首都ドーハから約100km離れた砂漠のまん中に出現した巨大インスタレーションのご紹介です。

「カタールの美術女王」こと、プリンセスが主導する国家プロジェクト
カタールの文化芸術活動を監修する政府機関「カタール・ミュージアム(Qatar Museums)」では、「カタール・クリエイツ(Qatar Creates)」と名づけられた活動プロジェクトにより、さまざまな展覧会やイベントを開催しています。一連のプロジェクトのトップを務めるのが、現在の首長(8代目アミール)の妹で、前首長の娘であるシェイカ・アル=マヤッサ・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アル=サーニー(シェイカ・アル=マヤッサ)。

カタールのプリンセスであるシェイカ・アル=マヤッサの別名は「カタールの美術女王」。アートレビュー誌ではアートワールドで最も影響力のある人物として紹介され、雑誌『フォーブス』では「世界で最も力のある女性100人」に選ばれたこともある女性です。なんといっても大金持ちの国のお姫様ですから、潤沢な資金もあり、彼女の主導するプロジェクトによってこの国の文化・芸術度は急速に高まっています。
※お名前がとても長いので、以後わかりやすく「プリンセス」と呼ばせていただくことにします。
アートプロジェクトを推進するプリンセス(右:スニーカーがおしゃれ!)と、作者オラファー・エリアソンのアートトークに参加。zoom
アートプロジェクトを推進するプリンセス(右:スニーカーがおしゃれ!)と、作者オラファー・エリアソンのアートトークに参加。
サステナブルな世界をテーマとする作家が、砂漠を舞台に選んだ理由
国内の公共スペースには、世界中の名だたるアーティストに委託制作したパブリックアート約80点が展示されています。そのうち40点が今回のFIFAワールドカップ開催に合わせ制作されたもの。なかでも今年10月にお披露目になったばかりの最新作が、砂漠に出現した巨大インスタレーション。作者であるオラファー・エリアソンは、デンマーク・コペンハーゲン生まれのアイルランド系アーティスト。1990年代初めから写真、彫刻、ドローイング、インスタレーションや建築など、幅広い制作活動により世界から注目されてきました。とりわけアートを介したサステナブルな世界の実現で、国際的に高い評価を得てきた人物です。日本では今年の夏「金沢21世紀美術館」にて再生エネルギーへの関心から生み出された特別展示≪太陽の中心への探査≫が話題になったばかり。この展示を通じて、彼のことを知った人も多いのではないでしょうか。
円形の屋根の天井がミラーに。そこに映り込む自分の姿を見上げると、自分も地球の一部であることが実感できます。zoom
円形の屋根の天井がミラーに。そこに映り込む自分の姿を見上げると、自分も地球の一部であることが実感できます。
そのオラファーにプリンセス自身が熱烈にオファーし、完成したのが≪Shadows travelling on the sea of the day≫と題されたこの作品。半円形の支柱に円形の屋根をのせた20のシェルターと、リングを組み合わせた巨大インスタレーションです。
プリンセスはアメリカ留学時代、ニューヨークのイースト川に30m以上の人工の滝を設置したオラファー作品に感銘を受け、
「砂漠という土地のエネルギーを包括するような作品にしてほしい」
とリクエストしたといいます。これに対しオラファーは、
「一見、不毛な荒野にも思われる砂漠にも、太陽の光や風、歴史と遺跡があり、植物や小さな生物の棲家でもある。この作品を通して、地球とのつながりを感じてほしい」と応えていました。

オラファー作品が展示されているのは、ドーハから北西に約100km離れたアル・ズバラという場所。砂漠のなかに突如、出現する作品群は、遠くから見るとまるでSF映画を映す巨大スクリーンのよう。近づいてみると、円形の屋根の天井がミラーになっていて、砂漠の大地と自分の姿を映していることがわかります。さらに、半円形の支柱は完全なリングになって見え、自然の景観とともに訪れるものすべてを祝福する意味があるのだそうです。
「砂漠を行く遊牧民とラクダがひと休みするシェルターにもなるよ」
と冗談めかして語っていたオラファーですが、ミラーに映り込んだ自分の姿を見たラクダはびっくりするかもしれません。
遠くから眺める作品全体。サンセットの時間帯が、特に美しい。zoom
遠くから眺める作品全体。サンセットの時間帯が、特に美しい。
カタール初の世界遺産は、古代都市の遺跡
この作品が展示されているアル・ズバラはバーレーン湾に面し、18世紀には真珠交易で栄えた港湾都市があったところ。城壁と城砦に囲まれた市街地が発展していたものの20世紀以降は放棄され、砂漠の中に埋もれていました。その後、一部が発掘保存され、湾岸地域の歴史を語る重要な遺跡として2013年、カタール初の世界文化遺産に登録されています。このような背景から、「カタールの歴史にも目を向けてほしい」という思いもあり、作品の展示場所が選ばれたとのことです。
ユネスコの世界文化遺産に登録されている「アル・ズバラ遺跡」。大部分が砂に埋もれ、城砦がひとつだけぽつんと残っています。zoom
ユネスコの世界文化遺産に登録されている「アル・ズバラ遺跡」。大部分が砂に埋もれ、城砦がひとつだけぽつんと残っています。
周辺にはほかにも、レバノン系アメリカ人アーティストのシモーネ・ファタル、ブラジルを代表する現代アーティストのエルネスト・ネトなどの野外展示があり、砂漠一帯がひとつの広大な屋外ミュージアムのよう。ドーハからは車で1時間半~2時間はどかかり、各スポットが5~10分離れた場所に点在するため、今のところレンタカーを飛ばして行くか、タクシーをチャーターするしかアクセス手段がありません。とはいえ、アル・ズバラ遺跡まではバス路線があり、現地発着のツアーが催行されています。近い将来、このエリアのアート作品群を巡るコースも登場することを期待したいですね。
かつて宮殿やモスク、漁師小屋などもあった街は紛争により破壊され、大部分が砂の下に。遠くに見えるのが、バーレーン湾。zoom
かつて宮殿やモスク、漁師小屋などもあった街は紛争により破壊され、大部分が砂の下に。遠くに見えるのが、バーレーン湾。
次回のコラムでは、砂漠を荘厳な空間に変えた、リチャード・セラの巨大彫刻をご紹介します。
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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