(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【13】」からの続き)
アメリカ(米国)の東部メリーランド州ボルティモア市を走る公共交通機関で路線バス、次世代型路面電車(LRT)とともに3本柱をなす地下鉄に乗るため、私は米国の人口2万5千人以上の都市で凶悪犯罪発生率4位のボルティモアに再び乗り込んだ。到着した駅で、日本の地下鉄ではお目に掛からない“激レア”な踏切を見つけた。
▽前回の教訓
メリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」ペン線でウエストボルティモア駅に着いた私は、スマートフォンのアプリでボルティモアの公共交通機関を自由に乗れる1日乗車券を買った。前回は片道1時間半以内ならば自由に乗れる切符(1・90ドル、約210円)を買ったものの、3回購入したため4・40ドル(約480円)の1日乗車券のほうが割安だった教訓からだ。
路線バスを乗り継ぎ、郊外のオールドコート駅に着いた。地下鉄は北西部のオーウィングスミルズ駅と中心部のジョンズ・ホプキンス・ホスピタル駅の24・8キロを結んでおり、オールドコート駅はオーウィングスミル駅の南隣にある。
▽「飲食禁止」
路線バスを降りて通路を進むと、ホームの上にある橋上駅舎に着いた。オールドコート駅はボルティモア近郊のロッカーン市にあり、周囲は比較的落ち着いた住宅地だ。だが、駅の入り口を見上げると監視カメラがしっかりと見張っており、米国屈指の犯罪都市に隣接しているだけに防犯措置は手抜かりない。
その下には、青い看板に白文字で「喫煙、飲食禁止 違反者は逮捕される可能性」と警告していた。電車内で飲み物を口にしただけで「逮捕される可能性」とはおだやかではないが、公序良俗が守られているとは限らないボルティモアでは強い姿勢でけん制する必要があるのかもしれない。同じメリーランド州運輸局所管の公共交通機関でも近郊鉄道「MARC」の車内も禁煙には変わらないものの、飲食は認めている。
▽改札を通れない!
駅舎内には、乗車するために8台の自動改札機がずらっと並んでいた。そこでスマホのアプリを起動し、QRコードが記された1日乗車券の画面を開いた。これまではバスの運転手に見せるだけだったが、自動改札機の読み取り機にかざせばITの威力を発揮してゲートが華麗に開くはずだ。
そう期待して改札機に画面をかざした。しかし、改札機は全く反応せず、ゲートは閉まったままで通れない。
困惑して厳重なガラスに囲まれた有人改札にいる駅員の女性に「エクスキューズミー(すみません)」と話し掛け、スマホの画面を見せながらゲートが開かないと説明した。女性はうなずくと、有人改札の手前にある発券機から1時間半有効の乗車券を出してくれた。
乗客と触れることなく業務をできる仕組みは新型コロナウイルス感染防止に有効だ。しかし、このような厳重な防犯対策が取られているのは、駅員が危害を受けるのを防止するためにほかならない。
▽“激レア”踏切
ホームに降りてオーウィングスミル側に歩いた。すると、ホームに隣接して踏切があるではないか!日本の地下鉄では営業運転している列車が走る本線にある踏切は存在しないため、これは“激レア”踏切だ。
日本でも、地下鉄の車両が相互直通運転をしている路線で踏切を通ることはある。だが、地下鉄専用の踏切は東京メトロ銀座線の上野駅近くにある車両基地「上野検車区」に隣接した回送線にあるのが唯一だ。
もっともボルティモアの地下鉄が踏切で交差しているのは一般道ではなく、運転士や作業員らが駅構内を移動する通路に設けられている。観察すると、電車が近づいていなくても警報機が作動し、遮断器が閉まり続けている。いわば「開かずの踏切」なのだ。
すると、ホームを歩いてきた運転士とおぼしき男性係員がホームの先端から関係者向けの階段を降り、踏切へ向かった。「開かずの踏切」でどうするのかと様子を眺めていると、何気ない様子で遮断器を押し上げて渡った。
▽皮肉な広告
ホームの脇には、「バス運転手急募」と大きな文字で記したメリーランド州運輸局の広告が掲示されている。黒人女性の写真の傍らには「あなたは大きな志を持っている。あなたこそ私たちが探している人材だ」と大きく記しており、赤文字で「本日応募してください」と背中を教えている。
「なんて皮肉な広告だ」と私はため息をついた。メリーランド州運輸局が運営するボルティモアの路線バスでは昨年10月、今年1月と半年間に2人もの罪のない運転手が銃で射殺された(詳しくは「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【2】」)。
素行の悪い乗客や、荒い運転の車、危険な横断をする歩行者も絶えないボルティモア市街地で大型バスなどのハンドルを握って渡り合うには、乗客を安全に目的地へ運ぶという「大きな志」を抱いたスケール感のある人材が求められるのだろう。
ただし、利用者から感謝されるどころか悪態をつかれたり、最悪の場合は命を狙われたりしてしまう劣悪な職場環境ならば「大きな志」はたちどころにしぼみかねない。
あくまでも運転手の安全確保を万全にし、「大きな志」を叶えてあげられる職場環境の整備をメリーランド州運輸局に強く求めたい。
(本シリーズ最終回「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【15】」に続く)