(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【12】」からの続き)
アメリカ(米国)の人口2万5千人以上の都市で凶悪犯罪発生率4位のメリーランド州ボルティモア市を手に汗を握りながら巡ったが、帰宅後に「何かが足りない」との思いに駆られた。メリーランド州運輸局が所管するボルティモアの公共交通機関の中で重要なパーツが抜けていたのだ。そこで別の休日に再びボルティモアへ足を運び、路線バス、次世代型路面電車(LRT)とともに3本柱を形成する残る一つの公共交通機関に乗った。
▽百万都市ではないのに地下鉄
メリーランド州運輸局所管の残る一つの公共交通機関とは、地下鉄だ。2019年7月時点の推計人口が59万3490人(米国商務省調べ)にとどまる中堅都市にもかかわらず、路線バスとLRTに加え、地下鉄も走っているのは破格の扱いだ。というのも、日本ならば地下鉄を建設する目安は人口百万人以上の都市とされており、ボルティモアは要件を満たしていないからだ。
地下鉄の建設費は日本では1キロ当たり200億~300億円程度に上るとされており、1キロで20億~30億円ほどとされる路面電車の約10倍かかる。このため、線路を敷く用地が足りないほど建物が密集している上、建設後は投資を回収できるような大勢の利用者を見込めなければ造る意義を見いだしにくい。
▽日本の人口37万人の都市にも
このため、日本ならば「地下鉄」を呼称する鉄道が走るのは東京都と横浜、大阪、名古屋、札幌、福岡、神戸、仙台、京都各市と百万都市だけだ。
例外的に人口が今年7月時点で37万2475人の 長野市で、私鉄の長野電鉄が長野駅から約2キロにわたって地下を走っている事例はある。かつて地上を走っていたものの踏切による道路渋滞が激しかったため、長野市内の一部区間を1981年3月1日に地下へ切り替えた。長野駅や、旧錦町駅を移転した市役所前駅、権堂駅、善光寺下駅の計4駅が地下駅となった。ただ、長野―湯田中(長野県山ノ内町)の全長33・2キロのうちごく一部が地下を走っている仕組みであり、いわゆる「地下鉄」ではない。
▽米国も百万都市が中心
米国でもLRTが中心部で地下区間を運行している中堅都市があり、ニューアーク国際空港があるニュージャージー州ニューアークや、ニューヨーク州北部のバッファローなどが当てはまる。
ただ、LRTの地下区間乗り入れではなく、いわゆる地下鉄の専用路線を抱えている都市を見ると、東部の主要都市のニューヨークとボストン、フィラデルフィア、中西部シカゴ、西部ロサンゼルスがいずれも百万人を超えている。一方、それぞれ地下鉄が走っている首都ワシントンは人口が約69万人(2021年)、南部ジョージア州アトランタも約50万7千人(同)と、それぞれ百万人を下回る。しかし、ワシントン首都圏の人口は約537万8千人、アトランタ都市圏も約600万1千人にそれぞれ上るため要件を満たしていよう。
▽“破格の扱い”の理由
これに対し、ボルティモアはLRTだけではなく、LRTとは別に地下鉄の専用線まで抱えており、全体で14駅のうち11駅が人口60万人弱のボルティモアにある地下鉄を走らせるのは“破格の扱い”だ。背景には本シリーズを「米国屈指の犯罪都市ボルティモア」と名付けたように、ボルティモアが犯罪都市という負の面が要因となっている。
犯罪を起こしてしまう層でしばしば見られるのが、職がない貧困層だ。貧困層は購入や維持に費用がかかるマイカーを持っていないことが多く、通勤しにくいのも職を得る上でネックとなる。そこで、自治体は公共交通機関を整備することで貧困層が職を得られるための環境を整備し、雇用促進を目指してきたのだ。
かくしてボルティモア地区も公共交通機関網が充実しており、片道1時間半以内ならば路線バス、LRT、地下鉄のいずれも自由に乗れる切符が1・90ドル(約210円)と割安だ。
ボルティモアの地下鉄は、名門医学部を抱えるジョンズ・ホプキンス大学の附属病院に隣接したジョンズ・ホプキンス・ホスピタルと郊外の住宅街にあるオーウィングス・ミルズの24・8キロを結ぶ。1983年に開業して路線を延ばし、95年に全線開通した。2016会計年度(15年10月~16年9月)の累計利用者数は1222万1949人、平日の平均利用者数は4万432人だ。これはLRTがそれぞれ747万5005人、2万2288人なのを上回る。
しかし、現行路線以外にも中心部から南進させる幻の建設計画があった。
▽地下鉄とLRT並立の弊害も
関連サイトによると、建設計画が71年に公表された際には2路線、計約45キロを造ることが盛り込まれていた。現行路線のほかに、ボルティモア中心部から南下してボルティモア・ワシントン国際空港(BWI空港)、グレン・バーニーを結ぶ路線を計画していたのだ。
ところが、ボルティモアの南側にあり、グレン・バーニーなどを抱えるアンアランデル郡の住民は猛反対した。地下鉄が犯罪都市のボルティモア中心部とつながった場合、犯罪者が入り込んで治安が悪化すると主張したのだ。
かくして地下鉄を南進させる計画は幻に終わった。代わりに建設されたのが1992年に営業運転を始め、順次延伸したLRTだった。だが、地下鉄とLRTが並立した結果、これらの路線の接続駅も距離があり、乗り継ぎにくいなどの弊害も生じている。
これならば全体をLRTの路線網として整備し、中心部の一部だけ地下区間にしたほうが効率的だったのではないか。ボルティモアに再び乗り込んだ私はそんな思いを抱えながら、地下鉄の駅へ向かった―。
(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【14】」に続く)