(「アメリカの首都で『道草』【上】」からの続き)
「道草」をして帰宅することを思い付いた私は、アメリカの首都ワシントンの近郊列車、MARCブルンズウィック線に乗ることにした。出発するユニオン駅の入り口にある列車の発車案内画面で午後4時25分の定刻に発車するのを確認し、乗り込むためにAゲートへ向かった。「あと6分あるから余裕かな」と思いきや、“落とし穴”が待ち受けていた―。
▽閉まったままの扉
日本の大都市圏では列車が出発するプラットホームへ早めに行き、到着を待つことができる。だが、アメリカの大都市のターミナルでは搭乗手続きが始まってからホームへ向かい、列車に乗り込むのが一般的だ。日本のJRなどの地方駅の改札口で、決められた列車の利用者だけを案内する仕組みと似ている。
ユニオン駅の「A」と記されたゲートの自動扉を抜けるとMARCのステンレス製2階建て客車が止まっており、手前の電光表示に「MARCブルンズウィック線 列車番号875 出発時刻4:25」と記され、その下に停車駅が列挙されている。
私の家と同じメリーランド州ロックビル市にある「ロックビル」と書かれているのを確認し、プラットホームの最後部の客車に乗り込もうとした。ところが、客車は車内灯がついているにもかかわらず、扉が閉まっているのだ。もしや時既に遅く、扉が閉まってしまったのだろうか!?
▽“落とし穴”の先に見えた一筋の光
不安になってホームの先を眺めると、車掌が2人立っているではないか。まるで“落とし穴”にはまったものの、一筋の光が見えたような明るい気分に転じた。
ホームを先に進み、メリーランド州運輸局の公共交通機関に乗る際の切符を買えるスマートフォンのアプリ「チャームパス」で買ったユニオン駅からロックビル駅までの片道6ドル(約630円)の切符画面を2人の車掌に見せた。すると、脇の車両の扉が開いていた。新型コロナウイルス禍で利用者が少ないためだろうか、利用者を前方の客車へ誘導していたのだ。
何とか間に合ったが、もしもゲートを通り抜けるのが発車時刻ぎりぎりだった場合、前方の客車までたどり着かずに逃していたかもしれない。この郊外へ向かう始発電車を逃した場合、次の列車まで30分待つことになる。
▽日本メーカー製も活躍
止まっていた客車は、2014年に登場した鉄道車両大手、ボンバルディア・トランスポーテーション製の最新型だ。同社はカナダのボンバルディアの傘下だったが、今年1月にフランスのアルストムによって買収された。ブルンズウィック線は電化しておらず、アメリカの鉄道車両メーカー、ワブテックの子会社モーティブパワーが製造したディーゼル機関車「MP36PH―3C」がこの日の列車をけん引していた。
MARCでは、日本メーカーが製造した客車も活躍している。川崎重工業が手掛けた2階建て客車と、JR東海の子会社、日本車両製造の平屋の客車で、ともにステンレスで造られている。
MARCの愛好家のグループに入っている元車掌の男性によると、日本車両の客車には共同で受注した住友商事を指す「『SUMITOMO』と書いた銘板が壁に取り付けられている」という。私も後日乗ったが、残念ながら見つけることはできなかった。
▽キャンプ場に行ってしまう!?
せっかくの2階建て客車なので、2階の座席に腰掛けた。乗客は他に5人程度しか乗っておらず、3密(密閉、密集、密接)とはほど遠いソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)を確保できている車内環境だ。
列車がユニオン駅を出発すると、車内放送で「この列車はウェストバージニア行きです!」と威勢のよい男性の声が響いた。「ウェストバージニア」という駅はなく、行き先のマーティンブルグ駅がウェストバージニア州のため、このような言い方をしているようだ。ワシントンメトロを含めて鉄道で広く採用されている録音した自動車内放送(筆者が連載中の鉄道コラム「鉄道なにコレ!?」の「あの車内アナウンスは誰の声?」ご参照)はMARCとは無縁で、車掌がマイクを握って次の停車駅や注意事項を教えてくれる。
ウェストバージニア州と聞くと、私は今と同じメリーランド州に住んでいた40年近く前の幼少期に夏休み中のキャンプで3週間宿泊した。大自然という記憶が刻まれており、それ以来訪問したことがないため「とんでもない僻地へ連れていかれるのではないか」と一瞬たじろいでしまう。
▽ワシントンメトロと“駆けっこ”
左手の車窓には、私がユニオン駅まで乗車したワシントンメトロのレッドラインが地上に出た区間が併走しており、1駅先のノーマ・ギャローデット大学駅が見えた。MARCブルンズウィック線の最初の停車駅はシルバースプリング駅(メリーランド州)で、レッドラインも停車するがユニオン駅から6つめの駅だ。
にもかかわらず、間の5駅を飛ばすMARCはなかなかスピードが上がらない。一方、ノーマ・ギャローデット大学駅に停車していたワシントンメトロの電車はどんどん加速し、脇をすり抜けて行った。そんな“駆けっこ”の様子を眺め、さすがは川崎重工業が手掛けた新型車両7000系の「またまた『川崎さん』!」だと感心した。
すると、「メトロに乗っても帰ることができるよ」という男の子の声が聞こえた。反対側の座席にいる子どもで、母親に話し掛けていた。どうやら私が降りるメリーランド州のロックビル駅の4駅先のジャーマンタウン駅に帰宅する途中で、MARCから乗り換えてワシントンメトロにも乗車したいらしい。
ワシントンメトロだけではなく、MARCも楽しむために乗り込んできた私と相通じるではないか。全体としては日本に比べると鉄道愛好家が目立たないアメリカでも、“鉄分”が豊富な「道草」仲間がここにもいた!
(「アメリカの首都で『道草』【下】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)