旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年3月19日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.11 キッチンで大騒ぎ

飲んで歌って踊る「キッチン・パーティー」zoom
飲んで歌って踊る「キッチン・パーティー」
今夜は飲もうよ

ニューファンドランド島には昔から、「キッチン・パーティー」なる愉快な飲み会がある。その名の通り、キッチンに家族や仲間が集まり、飲んで歌って踊って、とにかく大騒ぎする。そのパーティーに参加させてもらった僕は、「どうしてキッチンで?」と尋ねてみた。

「外で飲んだらお金がかかるし、家の中で広いところと言ったらキッチンだろ。それに食べ物や飲み物がなくなっても、キッチンならすぐに取りに行けるし」

つらいこと、悲しいことがあっても元気を出していこう、今夜は飲もうよ、という「ノリ」のパーティーだ。お金もかかるしね、というのも実によく分かる。確かに「家飲み」は安い。ただし、ひどく酔う。いつの間にこんなに飲んじゃったんだ? と自分でもびっくりすることがある。

それはともかく、「つらいこと、悲しいこと」と書いたのには訳がある。コッドについて説明する際、漁師は干し塩ダラを悪徳商人に買い叩かれたという話をした。この島ではほんの数十年前まで、相変わらず漁師は金持ちからひどい目に遭わされていて、ついにはコッド漁まで禁止されてしまった。姿を消すほど地元の漁師がコッドを捕るはずなどないのに。

でも、負けてなんかいられない、そんな思いからキッチン・パーティーは生まれたんじゃないだろうか。
音楽にあわせてみんな踊る。「キッチン」には大量のお酒が並ぶzoom
音楽にあわせてみんな踊る。「キッチン」には大量のお酒が並ぶ
「ニューフィー・ジョーク」

僕が愛するニューファンドランドの人たちは、残念ながらちょっと「田舎者扱い」されてきた過去がある。島の漁師は「ニューフィー」のあだ名で呼ばれることがあるが、あまりいい表現ではないのかもしれない。

でも、僕は島にいる間、この呼び方には「愛すべき存在」というニュアンスも感じたし、島の人たちが「自虐ネタ」に使っている部分もあるのでは? とも思っていた。なにせ「ニューフィー・ジョーク」なるものがあって、それをまとめた本も存在するし、土産物店にはニューフィー・ジョークが書かれたマグカップも売っていた。

これは、僕が尊敬するカナダ研究者で、2007年に若くして亡くなられた木村和男先生がその著書「カナダ歴史紀行」(筑摩書房)で紹介しているニューフィー・ジョークの1つだ。引用させていただく。

『10人のニューフィーをフォルクスワーゲンに押し込むにはどうするか?』
『トロントに行くぞ、と叫ぶだけさ』

カナダ最大の大都会、トロントに行けるとなったら、10人だろうがかまわず1台の車に乗り込むだろうというジョークだ。最近の日本で言えば、埼玉県をディスった映画で埼玉県民が大笑い、みたいな話かもしれない。

いずれにしても、埼玉だってニューフィー・ジョークだって、そこに愛情があるからこそ笑えるのだと僕は思う。
楽器ができなくてもアグリスティックがあるzoom
楽器ができなくてもアグリスティックがある
「アグリスティック」が売られている!?

キッチン・パーティーには音楽が欠かせない。アコーディオンとかギターとか、出来る人が楽器を演奏してみんなで歌う。そして踊る。一方、楽器ができない人には「アグリスティック」という便利なものがあるから、僕のようなキッチン・パーティー初心者でも心配ない。

ゴム長靴を履いたモップに打ち付けられた木の棒には、金属の「輪っか」がぶら下がっていて、床に打ち付けてガチャガチャ鳴らしたり、棒で叩いたりしてリズムを取るのだ。

アグリスティックはその材料と佇(たたず)まいからして、各家庭で作られていたはずだが、僕はニューファンドランド滞在中、このアグリスティックが店で売られているのを見た。そして最初は、「これ、売ってるんだ」と心の中でひそかに大笑いしていた。

2本のスプーンをまるでトングのようにつないだ“楽器”も売っている。もとはと言えばキッチン・パーティーの最中に、そのへんにあったスプーンを2本重ねて音を出していたのだろう。日本なら、三波春夫先生の「小皿叩いてチャンチキおけさ」みたいなもんだ。若い人には分からないかもしれないが、かまっている暇はないので話を先に進めたい。

とにかく、自宅キッチンでの飲み会のはずが、「キッチン・パーティー関連グッズ」が商品化されているのだ。
ホテルのパブで繰り広げられる、ちょっとオシャレな「キッチン・パーティー」zoom
ホテルのパブで繰り広げられる、ちょっとオシャレな「キッチン・パーティー」
この島だけの「おもてなし」

実はキッチン・パーティーは今や、ホテルのパブなどで少しオシャレにスタイルを変え、ショーのようにして開催されている。だからアグリスティックやトング風スプーンも製造され、販売されるようになったのだと思われる。

たぶん、キッチン・パーティーで昔から歌い継がれてきた歌だろう、ギターを手にした司会者が歌い、歌の合間に「〇〇〇州から来た人、手をあげて」と言って指名し、ステージでスピーチをさせたりして場を盛り上げる。そしてなんだか分からないが踊らされ、アグリスティックでリズムを取らされる。お金を払った客だからといって、うかうかしてはいられないのだ。

さらに、こうしたホテルのキッチン・パーティーでは「スクリーチ・イン」も行われている。キスの相手は冷凍コッドではなく、ぬいぐるみの場合が多いようだが、それは致し方ない。僕のようにスクリーチ・インにやる気満々な人ばかりでもなかろうし。

ひどい目に遭わされてきた漁師のキッチン・パーティーも、島の生活を支えてくれたコッドに感謝を捧げるスクリーチ・インも、ニューファンドランド島だけのオリジナルの「おもてなし」だ。これはすごい観光資源だと思う。

ニューファンドランドの人たちの前向きさ、陽気さに心から拍手を送りたい。
僕が買った「スクリーチ・イン・コッド」という名のチョコレートzoom
僕が買った「スクリーチ・イン・コッド」という名のチョコレート
もっとPRが必要だ

この写真は、僕がニューファンドランドで購入したお土産のチョコレートだ。「スクリーチ・イン・コッド」と書かれている。金色の包み紙を開けてみると、チョコレートは実によくコッドの特徴を捉えていて、いい出来だ。

箱の端に記された「In Cod We Trust」というのもなかなかいい。アメリカの「In God We Trust」に引っ掛けているのだろうか。神ではなく、われわれはコッドを信じる、という洒落なのかもしれない。

しかし、僕は思う。これ、誰も買わないだろうなあ、と。日本から来てわざわざこれを買う人って、もしかすると僕ぐらいじゃないかとも思うのだ。この連載も11回目を迎え、ついに次が最終回となる。そして僕はここまで、ニューファンドランドとコッドについて微に入り細に入り、さまざまなことを紹介してきた。そうして初めて、この「スクリーチ・イン・コッド」というチョコレートの面白さが理解できるのだと思う。

コッドもスクリーチ・インも知らない日本人観光客が、魚の形をしたチョコレートを買うとはとても思えない。

もっとニューファンドランドとコッドの面白さ、奥深さを知ってほしい。ここまで全力で書いてきたものの、まだまだPRが必要だと痛感させられている。
知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.12 誰も知らない物語(完)」へ続く
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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