旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年4月4日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.12 誰も知らない物語(完)

薪の炎で焼かれるコッド・タンzoom
薪の炎で焼かれるコッド・タン
ぜいたくな時間

カナダ最東端の島、ニューファンドランドの魅力を伝えるこの連載も、今回が最終回となった。そして、「今ごろなのかよ」と怒られそうだが、最後の最後に、この島での一番の思い出である「浜辺のディナー」の話をしたい。

場所は、コッド釣りに出港したあのトゥイリンゲートだ。遠浅の小さな湾に抱かれた、何もない、けれど本当にきれいな浜辺で、島の素材だけを使った料理を食べさせてもらった。

薪の炎の上では、頑丈そうな鉄のフライパンでコッド・タンが焼かれている。ふと気づくと、海からの風に乗って波の音が、繰り返し繰り返し、鳴り続けていた。

風と波は大西洋からやってくる。目の前の海のずっと向こうに、ニューファンドランドとの関わりが深い大航海時代の先駆者、あのポルトガルやスペインがあるかと思うと、なんとも不思議な感覚にとらわれてくる。

そして、僕は本当に幸運だったのだと思う。気まぐれな訪問者のようにクジラが湾の中に入りこんだらしく、風と波の合間に時折、「プシューッ」と潮吹きの音が聞こえていた。

ニューファンドランドでの浜辺のディナー。それはそれは、ぜいたくな時間だった。
素朴だけどぜいたくな浜辺のディナーzoom
素朴だけどぜいたくな浜辺のディナー
畑と海からプレートへ

ニューファンドランドでは島内の各所で、こうした浜辺のディナーやピクニックのサービスを楽しむことができる。僕の場合は、写真の彼女が自分で釣ってきたというコッドや、自宅の庭で育てている野菜などを調理してくれた。

あえて誤解を恐れずに言うと、コッド・タンにコッドの切り身のホイル焼き、ボイルしたムール貝といった感じで、別に変わった料理が出てくるわけではない。でも、出された料理は畑からプレート(皿)へ、海からプレートへ、といった感じで、どれも新鮮そのもの。素材の本当の味を堪能することができた。当たり前だけれど、いい食材はやはり美味しいのだ。

柔らかな風が僕の方に流れてきて、浜辺には大西洋からの波が打ち寄せている。波の音はゆったりと同じテンポ。海鳥の声も聞こえてきた。そんな中、やっぱりクジラは潮吹きを続けていた。お金を出して頼んでも、こんなぜいたくなBGMを聞くことはできやしない。

時間は知らない間に静かに過ぎていた。既に陽は傾いていて、用意された「たいまつ」に火が灯された。明かりと言えばこの「たいまつ」と薪の炎だけ。それでも、暗い闇の中から波の音が聞こえ、クジラは相変わらず潮吹きの音を僕に届けてくれていた。

合理的には説明できないのだが、たぶんこれは、世界で最もぜいたくなディナーだろうと思う。
海水でボイルしたムール貝zoom
海水でボイルしたムール貝
潮の香りが鼻へと抜けていった

炎の上にある大きな鍋では、ムール貝がボイルされている。どうやって調理されているかって? なんと鍋で海水を沸騰させ、そこにムール貝をドサドサッと放り込むだけなのだ。

東京のレストランでムール貝を注文しても大した量はないし、料理法はきっと白ワイン蒸しだろう。そうしてムール貝は最後に、お上品に器に盛られて出てくるはずだ。でも、ここでは海水でムール貝をボイルする。そもそも海がきれいだからこそできる話だ。

それだけではない。鍋は火から下ろされ、中身は浜辺に勢いよくぶちまけられた。ムール貝の身は殻の中だし、砂浜ではなく小さな石の浜辺なのでまったく問題ない。

アツアツのムール貝を火傷しないよう慎重に拾い上げ、中の身をフォークで刺して口に入れる。ほどよい塩加減が舌に残り、潮の香りは鼻へと抜けていった。いくらでも食べられる。もうフォークなんて使わない。2個目からは、最初のムール貝の殻で身をはさんで食べ進めていく。

大のおとなが浜辺にしゃがみこみ、ムール貝を拾い上げては食べ、食べては拾い上げ。しかし、美味しいものは美味しい。格好なんて構ってはいられないのだ。

香草といっしょにホイル焼きにしたコッドの切り身も格別だ。コッド・タンばかり食べていたので、コッドの切り身がなんだか新鮮に思えてくる。「タラ」って、そういえばこんな味の魚だったなあ、と。
コッドの切り身のホイル焼きも格別だったzoom
コッドの切り身のホイル焼きも格別だった
カナダはここから始まった

浜辺のディナーは、まるでニューファンドランドそのものだ。素朴で飾り気がなく、島の自然とともにある。コッドの身は商品である干し塩ダラになるため、島の漁師はみんな、コッド・タンの名でコッドの喉の肉を食べてきた。ほほ肉であるコッド・チークを食べてきた。いいじゃないか、豪華じゃなくったって。

漁師たちはニューフィーと呼ばれ、ちょっぴりからかわれたりしながら生きてきた。でも、みんな最高に愉快な人たちだった。いいじゃないか、素朴すぎたって。

ヨーロッパ人はコッドを求めてこの島に押し寄せてきた。やがてこの島から大陸側へと歩を進め、およそ150年前の1867年にカナダは建国する。カナダという国はニューファンドランドから、コッドから始まったのだ。

しかし、貧しいこの島が「カナダ」になったのは、実は1949年のこと。「カナダはじまりの地」にもかかわらず、ニューファンドランドは長くイギリスの統治下に置かれ、カナダに加わったのはほんの70年前にすぎない。

だから、日本でこの島のことが知られてこなかったのも当然だ。でも、だからこそ、ここには語り尽くせないほどの「誰も知らない物語」があった。それを僕は知ることができた。
「コッドは帰ってきている」という作品zoom
「コッドは帰ってきている」という作品
「物語」は終わらない

ニューファンドランドには、「誰も知らない物語」があった。この連載を読んでくれた人には、その物語の壮大さや奥深さ、それに島の人たちの生きざまや健気さや、そんなものに包まれた物語を知ってもらえたはずだ。

写真は、薄い板を使った貼り絵のようなクラフトだ。島のホテルに飾られていた。トレードマーク的な黄色い防水の帽子をかぶった漁師のまわりには、大漁だったのだろう、コッドが山積みになっている。タイトルもずばり「コッドは帰ってきている」。

島の人たちが言うように、コッドが帰ってきているのか僕には分からない。ただ、帰ってきてほしいと願っている。日本などの大型船が根こそぎにしたためにコッド漁ができなくなり、愛すべきニューフィーたちは今や、日本向けのズワイガニやシシャモを捕っているのだ。

だから日本に戻った僕は、スーパーで冷凍のボイルズワイガニを目にすると、必ず裏を見るようにしている。「カナダ産」としか書かれていないけれど、きっとニューファンドランド産だ。誰がなんと言おうと、そうに違いない。

「物語」は、まだ終わっていない。連載を読んでくれた人の中には、ニューファンドランドのことをもっと知りたいと思ってくれた人もいるはずだ。そんな人たちに是非、力を貸してほしい。4月18日(木)夜に開く「もっと知りたいニューファンドランドの会」に集まってもらえないだろうか。

みんなで集まって、この島の新しい「物語」を紡ぎ出してみたい。きっとできる。僕はそう信じている。
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※以下のイベントは終了しました。

特別イベント「もっと知りたいニューファンドランドの会」開催情報

カナダ最東端のニューファンドランド島には、誰も知らない物語がたくさんあります。
これまでカナダシアターでも、その一部を紹介してきましたが、”もっと”知りたい方のために、ジャーナリスト平間俊行さんのトークイベントを開催します。会場は、「エア・カナダ プレミアム祭り」期間中のコミューン2nd(東京都港区)の特別スペースです。参加費は無料。さらにニューファンドランド・ガイドブックや、会場で使えるお食事券(1,000円分)などの特典もあります。

<実施概要>
名 称: もっと知りたいニューファンドランドの会
主 催: カナダ観光局
日 時: 2019年4月18日(木)19時~21時
会 場: 表参道「COMMUNE 2nd」内IKI-BA(東京都港区南青山3-13)
人 数: 20名
内 容: ジャーナリスト平間俊行氏によるトークショー
     <テーマ> カナダ最東端の島で見つけた「誰も知らない物語」
          ・もっと知りたいー「ある魚」とキスする謎の儀式とは
          ・もっと知りたいー大航海時代の影の立役者とは
          ・もっと知りたいー漁師たちの愉快な「宴」とは
特 典: ①ガイドブック「知りたいニューファンドランド」
     ②お食事券(1,000円分)※エア・カナダ プレミアム祭り限定
締 切: 2019年4月12日(金)

応募方法:以下の応募フォームより必要事項を入力のうえ、ご応募してください。 応募多数の場合は抽選のうえ、メールにて当選者のみにご連絡させていただきます。

応募フォーム
https://www.canada-campaign.com/nf-form/


知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

平間俊行さんバックナンバー
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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