旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年3月9日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.10 スクリーチ・イン再び

生きたコッドとついに対面zoom
生きたコッドとついに対面
コッドに会いたい

外国の大型船が根こそぎにしてしまったため、ニューファンドランドで「王」と呼ばれてきたコッドは姿を消し、カナダ政府によってコッド漁は禁止された。500年も島の生活を支えてきたコッド漁はもうできなくなってしまったのだ。

そんなコッドに出会えるツアーがあると聞き、早速ボートに乗り込むことにした。船長は元漁師のデイビッドさん。ツアーではコッド釣りやホエールウォッチングが体験できるそうだ。

デイビッドさんは、コッド漁ができなくなったから観光客相手のツアーを始めたのだろう。根こそぎにした大型船の中に日本の船もあったと聞いているので、デイビッドさんに対しても少々、申し訳ない気がしてしまう。

ボートは氷山ウォッチングの拠点の港、トゥイリンゲートから出発する。少し沖に行ってからコッド釣りにチャレンジするのだが、禁漁なだけにキャッチ&リリースが大原則だ。仮にコッドが釣れても海に帰さなければならない。

「仮に釣れても」と書いたものの、写真を見てもらえば分かる通り、僕は見事コッドを釣ることができた。そして既に説明した通り、僕はコッドとの2度目のキス、つまり「スクリーチ・イン」を成し遂げている。こんな日本人は他にいないはずだ。まあ、誰も羨ましくはないだろうが、コッドに関しては、他人がどう考えるかなどどうでもいいのだ。
腹がふくれた巨大なコッドzoom
腹がふくれた巨大なコッド
「鱈腹(たらふく)」とは何か

コッドは「底魚(ていぎょ)」なんだそうで、海底の盛り上がった丘のようなところにすんでいる。底にいてあまり動かず、何か動くものを見ると急にすばやく動き、何でもパクリと食べてしまうと聞いた。

鱈腹(たらふく)食べる」という表現がある。じっとしているくせに突然、猛スピードで泳いで何でも飲み込んでしまう、その貪欲さから「たらふく」という言葉が生まれたとか、写真にあるように鱈のお腹が膨れているので、たくさん食べることを「たらふく」と呼ぶようになったとか。

調べてみるとどちらも正解ではなく、「たらふく」を「鱈腹」と書くのは当て字だともされている。しかし、真実が何かも、もはやどうでもいい。そう思えるぐらいコッド=鱈のお腹は膨れているし、エサらしきものを見つけた時の瞬発力はものすごいのだ。それを僕はこのコッド釣りで実感した。

コッド釣りに釣竿は使わない。ルアーのついた釣り糸を海底へとのばしていき、クイッ、クイッと動かすとすぐに「アタリ」を感じる。見えない海底でじっとしていたコッドは、突如ものすごい瞬発力を発揮してエサに食いつくのだ。しかし、そのあとがいけない。食いついたあとのコッドからは何の動きも感じないのだ。
初めての僕にも簡単に釣られてしまうコッドzoom
初めての僕にも簡単に釣られてしまうコッド
うれしいやら悲しいやら

もちろん、僕はコッド釣りなど初めてだ。デイビッドさんから、海底に向けて釣り糸をのばし、クイッ、クイッと動かして重さを感じたら引き上げろと教えられただけだ。

確かに魚群探知機でコッドを探した上で釣り糸を垂れてはいる。デイビッドさんは「ヒル」と口にしていたから、コッドのいそうな海底の丘があり、そこにコッドの「かげ」が見えたからこそボートをとめたに違いない。

それにしても簡単に釣れすぎる。簡単に食いつき過ぎる。僕は初めてなのに2匹もコッドを釣り上げることができた。クイッ、クイッとやるとすぐに「これか?」と思うような重みを感じ、手で糸を巻き上げていく。この段階で既になんの抵抗もないのだ。

コッドはものすごい瞬発力を誇るものの、持久力がないためにパワーは長続きせず、すぐにスタミナ切れになるらしい。だから釣り糸を引き上げている時には既にぐったりしていて、なすがまま。暴れて抵抗することなどない。

釣れてうれしいやら、簡単に釣れすぎて悲しいやら、なんだかもう、出来の悪いわが子のようで言葉もない。コッドよ、「王」なんだからもう少しなんとかならないのか。
2度目の「スクリーチ・イン」zoom
2度目の「スクリーチ・イン」
また釣られちゃうんだろうなあ

釣り上げられても暴れることすらせず、デイビッドさんに両手で持たれて大人しくしているコッドを見ていると、「コイツ情けないな」という気持ちは消え、「やっぱりいいヤツだなあ」と思えてくる。それにまじまじと見ると、コッドの体は美しい金色に輝いていた。

キャッチ&リリースなのだから早く海に戻さなくてはならないが、まだやるべきことが残っている。コッドとのキス、「スクリーチ・イン」だ。しかも今回は冷凍の御神体(ごしんたい)などではなく、生身のコッドだ。

大人しくしているコッドを前にすると、これは「王」へのあいさつなのか、コッドに対する一種のハラスメントなのか、判然としなくなってくる。まあ、そう言いながらも、ニヤニヤするデイビッドさんの協力を得て、無事に2度目の「王」へのあいさつを終えることができた。

この大人しいコッドのご先祖様たちが、それこそ数え切れないほどの「干し塩ダラ」のバカリャウ、バカラオとなって、大航海時代に世界をまたにかけたかと思うと、なんだか本当に健気(けなげ)なヤツだと思えてくる。

リリースする時にはふつう、「もう釣られるなよ」と思いながら魚を放すのだと思うが、コッドの場合は「また釣られちゃうんだろうなあ」と感じざるを得ない。コッドという存在は健気としか言いようがない。
豊かなニューファンドランドの海ではクジラもたくさん見ることができるzoom
豊かなニューファンドランドの海ではクジラもたくさん見ることができる
コッドは戻ってくるのか

このボートツアーのもう1つの楽しみは、ホエールウォッチングだ。そしてクジラの方もコッドと同じように、すぐに姿を現してくれた。あちこちで「プシュー」という音を立てて、潮吹きのしぶきが上がる。巨大な尾ビレも見せてくれた。こんなに簡単にクジラを見ることができていいのか、と思うほどだ。

北からの寒流・ラブラドール海流と、南からの暖流・メキシコ湾流がぶつかりあうニューファンドランド沖の海。コッドも、シシャモも、スワイガニも、ロブスターもいる豊かな海。だからたくさんのクジラも当たり前のようにここを泳いでいる。

これほど豊かで、これほど簡単にコッドが釣れるのだから、もうコッドは戻ってきているんじゃないかとすら思える。実は見えはしないが、海底には無数のコッドがじっと動かずにいて、エサが近寄ってくるのを待っているんじゃないだろうか。

コッドの身は「干し塩ダラ」として輸出し、島の人たちは喉の部分の「コッド・タン」や頬の「コッド・チーク」を食べてきた。そしてもう、禁漁から25年以上経っているのだ。そろそろ、コッドが島の人たちのもとに戻ってきてくれてもいいのではないだろうか。
知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.11 キッチンで大騒ぎ」へ続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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