旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年1月16日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.4 ジェリービーンズの街

カラフルな建物が並ぶセント・ジョンズの町並みzoom
カラフルな建物が並ぶセント・ジョンズの町並み
幸せの黄色い「家」

ニューファンドランド島の中心であり、ニューファンドランド&ラブラドール州の州都でもあるセント・ジョンズは、歩いていると何だかワクワクしてくる街だ。別名は「ジェリービーンズ・タウン」。ピンク、水色、黄色に緑と、文字通りお菓子のジェリービーンズのようにカラフルな家々が立ち並んでいるのだ。

どうしてこんなにカラフルなのか。ニューファンドランド島はコッド=鱈の漁を中心に、漁業の島として生きてきた。だから漁師が海から戻ってくる時、遠い船上からでも我が家がすぐに分かるようカラフルにしたのだと聞いた。

特にセント・ジョンズは霧の多い街だ。世界で一番、霧が深いとギネスブックにも登録されている。だから冷たい海での漁を終えて戻ってきた時、霧に包まれていても遠くから我が家が見つけられるよう、より目立つ色づかいになったのだろう。

この話を聞いて僕が思い浮かべたのは、高倉健さん主演の映画「幸せの黄色いハンカチ」だ。刑期を終えて出所した健さんが妻に手紙を出す。もしまだ一人で待ってくれているのなら、家の前の竿に黄色いハンカチをぶらさげておいてほしいー。そんなセリフだった。

船上から目を細めると、霧の中にかすかに黄色の我が家が見える。ハンカチならぬ、黄色い家が待ってくれている。僕の頭の中には勝手にセント・ジョンズを舞台にした「幸せの黄色い家」という物語が浮かんできていた。
「ジェリービーンズ・タウン」らしいセント・ジョンズのお土産zoom
「ジェリービーンズ・タウン」らしいセント・ジョンズのお土産
そもそもの理由...

実はセント・ジョンズがジェリービーンズになった「そもそもの理由」がある。それは街を焼き尽くした1892年の大火だ。

大火の後に仮設住宅が建てられた際、その壁を派手なペンキで塗ることにしたそうだ。当時、島の人たちは、今はどん底だけれど元気を出して街を再興していこう、元気を出すために街をカラフルにしよう、と考えたのだという。

ただ同時に、ジェリービーンズになった理由については少し寂しくなるような説も耳にした。大火の後でちょうどいいペンキもなかったため、まあこれでいいか、と船用の派手な色のペンキを塗ったのがジェリービーンズの始まりだという説だ。

ちょっといい加減な感じがして、これでは少々「幸せの黄色い家」の世界に浸りにくい。しかし、ニューファンドランド滞在中にある漁師さんに聞いてみたところ、「家のペンキと船のペンキは全然別物だから違うんじゃないの」と言っていた。

ほっとした。頼む、そうであってほしいと切に願っている。
「1892」という名のビールzoom
「1892」という名のビール
旅を豊かにする方法

セント・ジョンズについて確実に言えるのは、「1892年」がこの街にとって極めて重要な意味を持つということだろう。僕の原稿ではかなりの頻度でアルコールの話が登場するので「またか」と思われるかもしれないが、アイスバーグ・ビールを作っているキディ・ビディのビール醸造所では「1892」という名前のビールも作っている。

醸造所の人にその理由を聞いてみたところ、やはり「1892」という名前には、セント・ジョンズ再興の原点を忘れないという思いが込められているそうだ。想像するに、この街は1892年に再度、ゼロからのスタートを切ったのかもしれない。

もしセント・ジョンズを訪れる機会があったら、島の人たちのこうした思いを感じながら是非「1892」をグイッとやってもらいたい。その土地のちょっとした歴史を知っておくことで旅は豊かなものになる。おいしい「1892」も、さらにおいしく感じられるはずだ。
パブが立ち並ぶジョージ・ストリートzoom
パブが立ち並ぶジョージ・ストリート
北米一の飲み屋街

僕の原稿はアルコールの話が多いと詫びながら、またもやこういう類の話で大変申し訳ない。しかし、今回は僕のせいではない。セント・ジョンズには「ジョージ・ストリート」という通りがあって、ここは単位面積当たりのパブの数が北米一なのだそうだ。だから取り上げざるを得ないのだ。

しかし、実はセント・ジョンズを訪れた際、僕はジョージ・ストリートをじっくり堪能することができなかった。通りを歩き、いくつかの店の中を覗き、生の演奏を楽しみながらグラスを傾ける人たちを見た。しかし僕はここで酒を飲んではいない。あくまで取材として覗いた、という感じだ。

僕が日本を飛び立ってセント・ジョンズの空港に到着したのは、既に未明のことだった。ちょっとしたトラブルもあって睡眠時間は短く、翌朝からずっと取材を続け、ジョージ・ストリートにたどり着いた時には既に深夜になっていた。

さすがにヘトヘトだったし、ここまでくると人間、体が酒を欲しないものだ。機会があればぜひ元気な状態でジョージ・ストリートを楽しんでみたい。そしてどなたかセント・ジョンズに行ったらジョージ・ストリートを訪れ、その楽しさを僕に教えていただけないだろうか。
シグナルヒルに立つカボット・タワーzoom
シグナルヒルに立つカボット・タワー
シグナルヒルからのシグナル

セント・ジョンズの街は、深く切り込んだ細い入り江を取り囲むようなつくりをしている。だからこそ天然の良港なのだし、かつてイギリスとフランスがこの地をめぐって争いを繰り広げたのもうなずける話だ。

港の入口にある小高い丘は、シグナルヒルと呼ばれている。そこに立つカボット・タワーはセント・ジョンズの観光名所だ。カボットとは1497年、イギリス国王の命を受けて初めてニューファンドランドに到達したとされる人物。それから400年後、ヴィクトリア女王の即位60周年と重なった1897年にこのタワーは建設された。

この丘がシグナルヒルと呼ばれるのは、英仏の戦争の際に無線信号を受信したためだと何かに書いてあった。しかし現地で聞いたところ、もともとは丘に立てた柱に旗を掲げ、入港してくる船との間で情報伝達を行ってきた歴史があるからだという。

シグナルヒルの柱に旗を掲げ、向かってくる船との間でやりとりをする。積み荷の種類などが分かると、今度は逆に街に向かって旗でそれを伝える。そうすることで港側では受け入れ準備が始められたそうだ。

さて、ここからはほんの冗談だ。長い船旅を終えて入港しようとすると、シグナルヒルに掲げられた旗がとんでもない事実を告げている。例えば「奥さん、どっかに逃げちゃったぞ」とか。翻る旗の色は黄色でも何でもいいが、いつも幸せを告げるものであってほしいと僕は願っている。

Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.5 僕の好きな海賊」へと続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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