旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年1月24日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.5 僕の好きな海賊

カフェのオーナー、フィリップ・ミードさんzoom
カフェのオーナー、フィリップ・ミードさん
忘れられないカフェ

僕が忘れられないニューファンドランドのカフェを1つ紹介しておきたい。島の南部、プラセンティアというところにある「フィリップズ・カフェ」がそれだ。写真は店をバックに立つオーナーのフィリップ・ミードさん。とにかく陽気なニューファンドランダーであることは、写真の笑顔を見ただけで分かってもらえると思う。

僕は昭和のプロレスの大ファンなのだけれど、フィリップさんに会った時、かつて全日本プロレスで活躍したテリー・ファンクに何となく似ているな、と思った。テリーは陽気で人懐っこい人気者。逆にお兄さんのドリー・ファンク・ジュニアは物静かで理性的。まあ、兄弟タッグ「ザ・ファンクス」の話は分かる人にだけ分かってもらえればいい。

それはともかく、フィリップさんの陽気なキャラクターに加え、この店は料理が美味しいので地元の人がたくさん訪れるし、遠くからわざわざ観光客もやって来る。

かつてフィリップさんはニューファンドランド島を出て、プリンスエドワード島でパティシエをやっていたそうだが、その後、故郷で自分の店を持ち、母親に教えられた島伝統の料理を作るようになった。そして、さすがはパティシエだけあって、店には人気のアイスクリームもあるし、無料Wi-Fiのパスワードが「チョコレート」だったりもする。

あっ、今回のタイトルが「僕の好きな海賊」なのは、フィリップさんが海賊を店のトレードマークにしているから。赤いエプロンにもカッコいい海賊マークが描かれている。
大きなコッド(鱈)が入ったシチューzoom
大きなコッド(鱈)が入ったシチュー
島の伝統料理

僕が「フィリップズ・カフェ」でご馳走になったのは、コッド=鱈のシチューや「ジグス・ディナー」という島伝統の料理。厨房に入れてもらって作り方も見せてもらった。

コッドシチューは写真を見てもらえれば分かる通り、大きなコッドをジャガイモや玉ネギと煮込んでいる。これは本当に美味しかったけれど、実は僕が驚いたのは料理の最中の出来事だった。

豚の脂身のかたまりをサイコロのように小さく切ってフライパンで炒め、カリカリになった脂身を取り出してコッドを焼いていく。それはいいのだが、フィリップさんはその際、スライスしたパンに「モラセス」という黒くて甘いシロップ状のものを塗り、カリカリの脂身を乗せてサンドイッチのようにして食べ始めたのだ。

「これがうまいんだ」という感じで笑っていたけれど、本当にうまいのか?と頭の中で味を想像してみた。日本でもいろいろな地方に、一般には理解されにくい不思議な食べものや食べ方があるから、それと一緒なのだろう。絶対に商品化はされない究極のB級グルメだ。

ちなみにモラセスというのは、サトウキビから砂糖を作る際にできる黒くて甘い液体。ニューファンドランドをはじめカナダ大西洋岸で甘味料として広く親しまれている。モラセスはこの連載でも重要なテーマになってくるので、ぜひ覚えておいてほしい。
豪快な伝統料理「ジグス・ディナー」zoom
豪快な伝統料理「ジグス・ディナー」
とにかく全部、鍋で煮る

さて、本題はニューファンドランド島の伝統料理「ジグス・ディナー」だ。塩づけ肉にキャベツ、ジャガイモ、ニンジンなどを大きな鍋に入れ、とにかくグツグツ煮込む。布の袋に豆を入れ、これも同じ鍋の中でグツグツやる。ケーキの生地みたいなものもやはり布の袋に入れて鍋に放り込む。

写真からも分かるように、じっくり煮込んで鍋から取り出された塩づけ肉や野菜は、ざく切りにされて大きなパッドに並べられる。袋をハサミで切ると、じっくり煮られた豆はマッシュポテトのようになっているし、ケーキ生地も鍋の中で立派なパウンドケーキに変身していた。

あとはそれぞれ皿を手に、食べたいものを食べたいだけ取り分けて食べる。とにかく全部、鍋で煮るというジグス・ディナーは、作り方から食べ方まで、すべてが素朴、かつ豪快。そして味はというと、特別な味つけはしていないにも関わらず、塩づけ肉からいい感じの塩味が出ていて、野菜の「だし」も加わって本当に美味しかった。

立派なレストランなんかでは絶対に出てこない庶民の味。だから、あのアイズバーク・ビールを飲みながらガツガツと食べた。行儀なんか考えずに楽しめるのがジグス・ディナーの良さだ。そう思うと、あのカリカリの脂身とモラセスのサンドイッチも驚いてないでちょっと食べさせてもらえばよかった。どれもこれも本当に、この島の人たちが愛してきた味なのだ。
皿に盛りつけられたジグス・ディナーzoom
皿に盛りつけられたジグス・ディナー
アイルランドの味?

庶民の料理、ジグス・ディナーは英語で「Jigg's dinner」と書く。「Jiggs」は、かつてアメリカの新聞に掲載されていた漫画の主人公の名前だそうだ。そしてここから先は、ニューファンドランドから戻っていろいろ検索して集めた情報に加え、僕の推測も交えているのでその前提で聞いてもらえればと思う。

漫画のJiggs氏は、ひょんなことからアメリカで金持ちになったアイルランド系移民で、金持ちにも関わらず、自分と同じアイルランド系の貧しい人たちと付き合い、鍋で煮た肉やらキャベツやらを一緒に食べていたりする。そこから、鍋で何でも豪快に煮たこの料理がジグス・ディナー(Jigg's dinner)と呼ばれるようになった、ということらしい。

とすると、ジグス・ディナーはもともとアイルランドの料理なのだろうか。そう考えて僕が気になったのは、塩づけ肉と一緒に煮られるキャベツやジャガイモだ。

カナダ最大の都市、トロントには「キャベツ・タウン」という街がある。ここにはかつて貧しいアイルランド系移民が住んでいて、食料の足しにと庭でキャベツを育てていたという。それを見た裕福なイングランド系の住民がバカにして「キャベツ・タウン」と呼んだのが街の名の由来だそうだ。

そしてもう1つ。1840年代にヨーロッパではジャガイモの疫病が発生し、食料の多くをジャガイモに依存していたアイルランドでは「ジャガイモ飢饉」が起きた。100万人が死に、100万人が移民として故郷を去ったとも言われているのだ。
フィリップさんと兄のジェロームさんzoom
フィリップさんと兄のジェロームさん
居心地のよさ

「ジャガイモ飢饉」に見舞われたアイルランド人の多くが、カナダとアメリカに移民として渡っている。そしてニューファンドランドもアイルランド系の人が多い土地だ。

フィリップさんに聞いてみると、彼の家系もやはり何代か前にアイルランドからやって来たアイルランド系カナダ人だそうだ。塩づけ肉とキャベツにジャガイモを中心に、いろいろなものを鍋に煮込んだジグス・ディナー。これこそ歴史を感じながらニューファンドランドで味わうべき料理だと思う。

さて、ジグス・ディナー作りでは、お兄さんのジェロームさんが手伝いをしてくれた。もとは漁師であり、何日も森の中でサバイバル生活をしながら獲物を狙う優秀なハンターでもある。そんな経歴と大きな体、そして風貌から、最初はおっかない人かと思ったし、プロレスラーみたいだとも思った。

けれどジェロームさんはフィリップさんに負けないぐらい茶目っ気たっぷりの人で、一緒に食事をしている間、酒は飲まずにずっとコーラを飲んでいた。そしてあのパウンドケーキみたいなものに、これでもかというぐらい甘いモラセスをかけてパクついていた。

兄弟タッグ「ザ・ファンクス」のように仲がいい2人に写真を撮らせてくれと頼むと、フィリップさんがキスするポーズで、ジェロームさんは僕にウインクをした。「ザ・ファンクス」はどうでもいいけれど、ここは本当に雰囲気がよくて居心地のいいカフェなのだ。

知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局 

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.6 もう1人の海賊」へと続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
risvel facebook