旅の扉

  • 【連載コラム】歩く、撮る、書く。とっておきの風景を探して。
  • 2026年8月4日更新
フォトグラファー、ライター、編集者:小坂 伸一

淡路島に誕生した『THE PASONA natureverse retreat』を歩く[前編]  坂茂が描いた「海と山、その間に佇む美」

淡路島北部に誕生した「THE PASONA natureverse retreat」。設計を手がけたのは、世界的建築家・坂茂氏。「海と山、その間に佇む美」をテーマに、建築・自然・ウェルネスを融合させた新しい滞在型リトリート施設だ。写真は山側から望む外観zoom
淡路島北部に誕生した「THE PASONA natureverse retreat」。設計を手がけたのは、世界的建築家・坂茂氏。「海と山、その間に佇む美」をテーマに、建築・自然・ウェルネスを融合させた新しい滞在型リトリート施設だ。写真は山側から望む外観

淡路島北端。目の前には明石海峡大橋と大阪湾の大パノラマが広がり、背後には緑豊かな山並みが迫る。その特等席ともいえる場所に、新たなランドマークが誕生した。2026年6月23日、パソナグループが開業した滞在型リトリート施設「THE PASONA natureverse retreat」だ。内覧会に参加してまず圧倒されたのは、そのスケール感だった。

設計を手掛けたのは、紙管を使った革新的な建築や災害支援プロジェクトでも知られる建築家・坂茂氏。これまで淡路島では「陽・燦燦(はる・さんさん)」、そして「禅坊 靖寧」という印象的な建築を手掛けてきた坂氏だが、今回の「THE PASONA」は、その集大成ともいえる存在に感じられた。

◎淡路島で育まれてきた坂茂建築の系譜
坂氏とパソナグループによる淡路島での取り組みは、今回が初めてではない。2021年には農家レストラン「陽・燦燦」が誕生した。国内最大級の茅葺き屋根を支える構造には、再生紙を使った紙管と木材によるハイブリッド構造を採用。紙管の軽さや環境性能を生かしながら、木材で必要な強度を確保することで、伝統的な茅葺きと現代のサステナブル建築を融合させた坂茂氏らしい作品となっている。

農家レストラン「陽・燦燦」に続き、坂茂氏がパソナグループと手がけた禅リトリート施設「禅坊 靖寧」。山の稜線を越えない高さに抑えた全長約100メートルの木造建築は、自然と建築の共生という思想を体現しているzoom
農家レストラン「陽・燦燦」に続き、坂茂氏がパソナグループと手がけた禅リトリート施設「禅坊 靖寧」。山の稜線を越えない高さに抑えた全長約100メートルの木造建築は、自然と建築の共生という思想を体現している

翌2022年には、山間部に禅リトリート施設「禅坊 靖寧」が開業。全長約100メートルの木造建築が森の中に浮かぶように伸びる姿は、多くの建築ファンを魅了した。
そして今回の「THE PASONA」。前2作が自然の中に身を置くための建築だったとすれば、本施設は海と山という壮大な風景そのものを建築の中へ取り込む試みだ。

◎海と山を結ぶ巨大な建築装置
施設の建築コンセプトは、「海と山、その間に佇む美」。
言葉にするとシンプルだが、実際に現地に立つと、その意味がよく分かる。海と山に挟まれた細長い敷地を活かし、建物はアルファベットの「D」を描くような独特の平面構成となっている。
海側と山側、それぞれ異なる表情を持つ二つの建築。その間をつなぐのが、高さ約23メートル、全長約130メートルに及ぶ壮大な吹き抜けのアトリウムである。建物の核となるこの空間が、海と山、そして人をゆるやかに結び付けている。

建物の中央に設けられた高さ約23メートル、全長約130メートルの壮大なアトリウム。海側と山側をつなぐこの吹き抜け空間は、「海と山、その間に佇む美」という坂茂氏の設計コンセプトを象徴するzoom
建物の中央に設けられた高さ約23メートル、全長約130メートルの壮大なアトリウム。海側と山側をつなぐこの吹き抜け空間は、「海と山、その間に佇む美」という坂茂氏の設計コンセプトを象徴する

◎建物の中心に現れる圧巻のアトリウム
エントランスに足を運ぶと、まず目に飛び込んでくるのは、頭上を大きく覆う巨大な木組みのキャノピーだ。そのスケールに思わず見上げながら、大階段をゆっくりと2階へ上っていく。

そして、自動ドアが静かに開いた瞬間、目の前に瀬戸内海が一気に広がった。大きく開け放たれた開口部から海風が吹き抜け、建物と自然の境界が溶け合っていく。その圧倒的な空間体験に、思わず足を止めた。

資料によれば、この大開口は「巨大なピクチャーウインドウ」と位置づけられ、内部空間と海の景色を視覚的にも物理的にも一体化させることを意図している。実際にその場に立つと、建築が風景を額縁のように切り取るのではなく、人と自然をゆるやかにつなぎ、自分自身が風景の中へ溶け込んでいくような感覚を覚えた。

防潮堤を基壇に、4層の水平スラブを強調したデザインとすることで、建築と瀬戸内海の景観が連続する空間を創出。写真は(左上から時計回りに)ピクチャーウインドウ、海側外観、海へと開かれたテラス空間、麻の葉模様が印象的な木造キャノピーと大階段zoom
防潮堤を基壇に、4層の水平スラブを強調したデザインとすることで、建築と瀬戸内海の景観が連続する空間を創出。写真は(左上から時計回りに)ピクチャーウインドウ、海側外観、海へと開かれたテラス空間、麻の葉模様が印象的な木造キャノピーと大階段

◎海側と山側、対照的な二つの表情
興味深いのは、建物の東西で全く異なる表情を見せることだ。海側のファサードは水平ラインを強調した軽やかなデザイン。視線が自然に海へ抜けていく。一方の山側は、木質の列柱がリズミカルに並び、垂直性を強調した重厚な構成となっている。海の開放感と山の安定感。相反する二つの自然環境を一つの建築に共存させる試みは実に見事だ。

◎細部に宿る坂茂らしさ
館内を歩いていると、坂氏らしいディテールにも数多く出会う。レセプション脇には、建築家の代名詞ともいえる紙管を使った大型書棚が設置されている。単なるデザイン要素ではない。輪島塗が施された紙管は、時間とともに色合いが変化するという。能登半島の復興支援への想いも込められた特別な作品だ。

(左上から時計回りに)吹き抜け空間、書棚に用いられた紙管、レセプション、山側の緑を望むラウンジスペース。書棚の支柱には、坂茂氏の建築を象徴する紙管を採用。表面には輪島塗が施され、時間の経過とともに深みのある緑色へと変化していくzoom
(左上から時計回りに)吹き抜け空間、書棚に用いられた紙管、レセプション、山側の緑を望むラウンジスペース。書棚の支柱には、坂茂氏の建築を象徴する紙管を採用。表面には輪島塗が施され、時間の経過とともに深みのある緑色へと変化していく

また館内各所には、日本の伝統文様である「麻の葉模様」が散りばめられている。健康や成長を象徴する意匠は、この施設が掲げるウェルネスというテーマとも重なって見える。そしてアトリウムの天井を見上げると、全長45メートルに及ぶボヘミアンクリスタルのシャンデリアが輝く。時間帯によって表情を変えるというこの作品もまた、この施設を象徴する存在だろう。

建築やインテリアだけでなく、スタッフの制服も施設の世界観を構成するデザインの一部。世界的デザイナー・コシノジュンコ氏が手がけた全9種類のユニフォームは、清潔感と品格、そして自然との調和をテーマにデザインされているzoom
建築やインテリアだけでなく、スタッフの制服も施設の世界観を構成するデザインの一部。世界的デザイナー・コシノジュンコ氏が手がけた全9種類のユニフォームは、清潔感と品格、そして自然との調和をテーマにデザインされている

◎建築だけでも訪れる価値がある場所
今回の内覧会で改めて感じたのは、「THE PASONA natureverse retreat」が単なる宿泊施設ではないということだ。そこには坂茂氏が長年追求してきた、自然と人を結び付ける建築思想が凝縮されている。海と山という淡路島の豊かな自然を取り込みながら、人が心地よく過ごせる空間へと昇華させる。その建築体験だけでも、この場所を訪れる価値は十分にあるだろう。そして、この圧倒的な空間の中で提供されるのが、ミシュランシェフたちによるガストロノミーと最先端のウェルネスプログラムだ。

後編では、「THE PASONA natureverse retreat」が目指す“未病リトリート”の全貌に迫りたい。

◎建築データ
建築デザイン:坂 茂
設計・施工:株式会社大林組
建築面積:3,468.2㎡
延床面積:11,184.4㎡
最高高さ:約28m
構造:鉄骨造
階数:地上5階
客室数:57室

→淡路島に誕生した『THE PASONA natureverse retreat』を歩く[後編]
美食とウェルネスが導く、新しいリトリート体験 を読む

取材協力:パソナクループ

フォトグラファー、ライター、編集者:小坂 伸一
海外旅行ガイドブックの編集長を経て独立。現在はフォトグラファー、ライター、編集者として、企画立案から取材、撮影、執筆、編集までを一貫して手がける。旅や文化、自然をテーマにしたコンテンツ制作を得意とし、書籍やパンフレットなどの紙媒体からウェブまで、幅広いジャンルで活動している。映画やドラマのロケ地を巡る旅をライフワークとしており、雑誌連載などを通じて、その魅力を発信中。

小坂 伸一 公式ウェブサイト「La BUSSOLA」:https://www.la-bussola.info
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