ショパンの原点をたずねて ― 生誕の村と洗礼の教会
フリデリック・ショパンの生涯は、わずか39年。そのうちの20年を、彼はポーランドで過ごしている。生家のあるジェラゾヴァ・ヴォラの村、青春時代を送ったワルシャワの街、そして心臓が今も静かに眠る教会――。詩のように繊細で、時に情熱的なショパンの音楽は、こうしたポーランドの風景とともに育まれた。彼が数多く作曲した《ポロネーズ》や《マズルカ》も、祖国に根づく民族舞曲のリズムを受け継いでいる。音楽家としての原点に触れる旅は、まさにその“旋律の源”をたどる時間でもある。
ショパンの面影を求め、ワルシャワとその周辺の地へ
ポーランドの首都であるワルシャワの街やその近郊には、ショパンの面影を感じられる場所が今も数多く残っています。彼が生まれた家、洗礼を受けた教会、繊細な筆致の手紙や楽譜、愛用のピアノが静かに佇むショパン博物館。どれもが彼の存在をそっと語りかけてきます。ワジェンキ公園に佇むショパン像のもとで風に耳を傾ければ、木々の葉がそよぐ音に、まるで彼の旋律が溶け込んでいるかのように感じられることでしょう。
そして、一色まこと原作の漫画『ピアノの森』やアニメを愛する私にとって、この旅はショパンの音楽の原点をたどるだけでなく、物語の風景に足を踏み入れるような――フィクションの中で描かれた情景が、現実の風と光の中で重なっていく――そんな瞬間がたびたびありました。
ショパンの生家、ジェラゾヴァ・ヴォラ
1810年3月1日、フリデリック・ショパンは、首都ワルシャワから西へ約60km、ジェラゾヴァ・ヴォラという緑豊かな小さな村で生まれました。 当時、ショパンの一家は、父ミコワイが家庭教師を務めていたスカルベク伯爵家の屋敷の別館に暮らしていました。そこで産声を上げたショパンは、生後わずか7カ月でワルシャワへ移り住むことになります。しかし、彼にとってジェラゾヴァ・ヴォラは、生涯にわたり心のふるさとであり続けました。夏の休暇やクリスマスにはたびたび戻り、その静謐な空気や自然に満ちた景色の中で、幼い心は豊かに育まれていったのです。
今、彼が実際に暮らした建物は残っていませんが、生誕地にはかつての面影を甦らせた博物館が佇んでいます。部屋の中には、ショパンが生まれた頃の家具や内装が丁寧に復元され、まるで時が巻き戻ったかのような空気が漂います。家族の肖像画に見守られる展示室には、ショパンの楽譜や手紙がそっと置かれ、当時の雰囲気を伝える調度品の展示もあり、温かな家族のぬくもりや、幼き日の彼の息づかいが静かに伝わってきます。
庭園に響くショパンの調べ
ショパンの生家を囲む庭園には、世界各国から贈られた多様な樹木が植えられ、季節ごとに異なる花々が咲きます。そして近くを流れるウトラタ川のせせらぎが、静かな空間をより一層引き立てています。
私が訪れたのは晩秋。緩やかに流れる水面には黄金色の木々が映り込み、まるで絵画のような美しさでした。19世紀、まだ幼いショパンがこの風景の中で何を見つめ、何を感じていたのか。そんな想像を巡らせながらの散策はきっと特別な思い出になることでしょう。
毎年5月初旬から9月末までの毎週日曜日には、庭園内でピアノコンサートも開催されます。緑の木陰に響くショパンの音色に耳を傾けながら、ショパン一家が暮らしていた時代に思いを馳せる、そんな特別な時間を過ごすことができます。
◎ジェラゾヴァ・ヴォラのショパン生家 | Dom Urodzenia Fryderyka Chopina w Żelazowej Woli
所在地:Żelazowa Wola, 96-503 Sochaczew
https://muzeum.nifc.pl/pl/muzeum/wizyta-informacje-miejsce
洗礼を受けた教会、家族の絆とともに
1810年4月23日、ショパンは、生家のあるジェラゾヴァ・ヴォラから北へ約10km行ったブロフフの聖ロフ教会で洗礼を受けました。そこは、両親が結婚式を挙げた場所でもあり、のちに姉ルドヴィカが結婚の誓いを交わした場所でもありました。
ショパンの人生の始まりに寄り添い、家族の記念すべき瞬間を見守ってきた聖ロフ教会。その祭壇の手前には、ショパンが洗礼を受けたとされる洗礼盤が今も静かに佇んでいます。代父を務めたのは、スカルベク伯爵家の長男フレデリック。彼の名は、やがて「ピアノの詩人」と呼ばれることになる幼子にそのまま受け継がれました。
城塞のような教会に宿る、祝福の記憶
この教会の外観は、一般的な教会のイメージとは異なり、まるで小さな城のような重厚な佇まいを見せます。3つの大きな円筒形の塔と堅牢な防護壁を持つ城塞建築で、その威厳ある姿は時の流れにも屈することなく、この地を見守り続けてきました。
内部に足を踏み入れると、そこには美しく装飾された樽型丸天井が広がります。円形や正方形の格子模様が施されたその天井は、ショパン生誕200年を記念して修復され、彼がかつてこの場で受けた祝福の記憶を、より鮮やかに蘇らせています。幼き日のショパンが、ここで初めて受けた祈りと祝福。それは望郷の念を持ち続けた彼に、生涯を通じて静かに寄り添い続けたのかもしれません。
◎聖ロフ教会 | Bazylika św. Jana Chrzciciela i św. Rocha w Brochowie
所在地:Brochów 70, 05-088 Brochów
https://brochow-parafia.pl/
誕生日にまつわる小さな謎
ショパンの誕生日は、一般的には1810年3月1日とされていますが、実は複数の説が残されているのをご存知でしょうか。彼が洗礼を受けた聖ロフ教会の記録や、心臓が安置された聖十字架教会の碑文には「2月22日」と記されています。また、子供の頃の作品に記された日付や年齢など様々な資料に基づいて考証された1809年3月1日とする研究者もいます。それでも洗礼書に記載された1810年とショパン自身が「3月1日生まれ」と語っていたことから、1810年3月1日という日付に落ち着いているようです。誕生日にまつわるこの小さな謎も、繊細な感性と稀有な才能を持つピアノの詩人にはふさわしいミステリーに思えてくるから不思議です。
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さて、ショパンの原点をたどる旅は、生まれ育った地の静けさと家族のぬくもりに満ちた記憶に触れる時間となりました。後編では、彼が愛したワルシャワの街を歩きながら、今もなお人々の心に生きるショパンの面影を追っていきます。
→ ショパンの故郷ポーランド 〜ピアノの詩人のゆかりの地を巡る〜[後編]を読む
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取材協力:ポーランド政府観光局
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Photo&Text:小坂 伸一
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