旅の扉
- 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
- 2025年3月14日更新
- よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子
神々の国 島根・石見の旅 ~③日本酒発祥の地の酒蔵と手仕事を訪ねて
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- 島根県内には28の日本酒蔵のほか、クラフトビールの醸造所も。「岡田屋本店」の大谷一起さん(左)と、杜氏の中尾昌史さん。
- 古代より、神話の舞台の中心だったといわれる島根県。じつは神話と日本酒には、切っても切り離せない深い関係があります。日本最古の歴史書『古事記』や、その後に編纂された『出雲国風土記』では、全国から島根の地に集まった八百万の神々が酒を造り、宴会を行ったとの記述があります。また、石見神楽の演目として有名な「ヤマタノオロチ退治」に登場する大蛇は、お酒で酔っ払っている間に退治されてしまいます。このようなエピソードから、島根県は日本酒発祥の地であるという説が濃厚。
島根県は日本酒造りに適したミネラル豊富な水や清流があること、また東西に細長い地形から個性豊かな日本酒が多くあることが特徴。県内に28ある酒蔵のなかから、今回の旅では石見地方を代表する二つの酒蔵を訪れました。
伝統と革新。地元食材を使ったお酒を産み出す「岡田屋本店」
“日本人の繁栄を願う”という意味をもつ『菊弥栄』の銘柄で知られるのが、益田市にある「岡田屋本店」。創業家の大谷家は、幕末に徳川幕府と長州藩との間で繰り広げられた長州征伐で長州側の勝利に貢献したことがきっかけで財を成し、1872(明治5)年に醤油と酒造りを始めました。二代目当主は学問に長けたことから帝国大学(現在の東京大学)に在学し、酒を腐らす火落ち菌の存在を発見して以後の日本酒業界に大きく貢献したという、歴史ある酒蔵です。
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- 益田市にある「岡田屋本店」。代表銘柄の日本酒『菊弥栄』とともに、島根初のクラフトジンやリキュールの醸造でも知られる。
- 「岡田屋本店」は、益田の地酒として地元で愛されている『菊弥栄』の製法を守り続けながら、地元の農産物を利用した焼酎やリキュールなど、新たな商品を次々と生み出しています。
ワサビ、クロモジ、栗の焼酎のほか、麦焼酎をベースにクロモジを使用した『森恩(しんおん)』は、島根初のクラフトジン。
「ワサビ田の周りにクロモジの木があったことがヒントになりました。ロックかソーダ割りがおすすめです。森林浴をしているような香りを楽しんでいただけると思いますよ」と大谷一起さん。女性に好まれているのが、地元産の柚子や梅、メロン、ブルーベリーといったフルーツを使ったリキュール。試飲をさせていただき、爽快な飲み口とともに、ボトルデザインが気に入ったクロモジ焼酎を購入しました。
●岡田屋本店
益田市染羽町5-7
TEL0856-22-0127
https://www.kikuyasaka.co.jp/
島根の名建築&旬のフルーツを味えるカフェに、ちょっと寄り道
岡田屋本店までは、JR益田駅から車で5分ほど。酒蔵がある通りは閑静な住宅街で、歴史が感じられる趣のある建物が並びます。益田の地で併せて訪ねてみたいのが、“島根の名建築”と呼ばれ、石見地方の芸術文化の拠点である島根県芸術文化センター「グラントワ」。ここは全国でも珍しい美術館と劇場の複合施設。美術館では多彩な企画展を開催するほか、所蔵コレクションは森鷗外ゆかりの美術家の作品、石見の美術、ファッションなど、古美術から現代美術まで国内外の幅広い作品を収集。一方、劇場では、クラシック音楽、ポップス、演劇などの公演のほか、地元実演団体や伝統芸能団体の公演開催など、地域に根差した活動を行っています。
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- 「グラントワ」はフランス語で“大きな屋根”の意。石州瓦の屋根や壁面、水盤のある中庭、ホワイエなど、建築としても見応えがある。
- 約28万枚の石州瓦に覆われた建築を鑑賞するだけでも価値があり、水盤のある中庭に映る建物と空を眺めて過ごしていると時間を忘れます。ミュージアムショップやレストランもあるので、ランチタイムを兼ねて訪れるのもいいですよ。
●島根県芸術文化センター「グラントワ」
益田市有明町5-15
TEL0856-31-1860
https://www.grandtoit.jp
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- JR益田駅前にある「Fruits moritani」。「旬のフルーツをたっぷり使ったパフェをお楽しみください」と、代表の森谷典子さん。
- 「Fruits moritani(フルーツモリタニ)」は、地元・益田産を中心に、全国から厳選した旬のフルーツを扱う店。東京でいうなら、「千疋屋」といった位置づけでしょうか。併設するカフェでは、イチゴ、メロン、イチジクなど、いろとりどりのフルーツが主役のパフェのほか、フルーツティーやフルーツサンドを味わえます。コンフィチュールや焼き菓子はお土産に。JR益田駅のすぐ目の前という便利なロケーションは、列車の待ち時間を利用し訪れるのにぴったりです。
●Fruits moritani
益田市駅前町25-32
TEL0856-22-0322
https://shop.moritani-fruits.jp
山陰の小京都を代表する地酒『初陣』は縁起の良いお酒
「石見の旅 第2回」でご紹介した津和野にある酒蔵が、1878(明治11)年創業の「古橋酒造」。代表銘柄の『初陣』は、初代蔵元が17歳の時、広島藩士として鳥羽伏見の戦いで初陣を飾ったことに由来するのだそう。原料は津和野産の米と、青野山の地下から湧き出る“天泉”と呼ばれる伏流水。現在でもその仕込み水を水源まで採取に行き、酒造りに使っています。旨みがしっかりあるのに飲みやすい女酒と、辛口の男酒があり、「サケコンペティション」「ワイングラスでおいしい日本酒」など数々のアワード受賞歴を誇ります。縁起のいい名称から、慶事の席や新しい門出のお祝いに好んで使われ、お土産やプレゼントとしても喜ばれています。
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- 贈答品としても喜ばれている『初陣』の蔵元「古橋酒造」。蔵内では、最大1トンまでの酒米を蒸すことができる大釜が存在感を放つ。
- ●古橋酒造
鹿足郡津和野町後田口196
TEL0856-72-0048 ※蔵見学は予約制
https://uijin.net/
日本で一番、海に近い施設工房で石州和紙の紙漉き体験
旅の最後に、ユネスコ無形文化財の伝統工芸品に登録されている、石州和紙の施設工房を訪れました。全国の和紙の産地で、海が見える紙漉きの里はこの石州だけなのだとか。石見の地で約1300年間、漉き続けられている石州和紙は、コウゾ、ミツマタなどの原料に、トロロアオイという植物の根の粘液を補助材料として使用し、コウゾの茎から採れる繊維を多く残すことで、丈夫な和紙になるのが特徴。神楽面をはじめ、文化財の下紙などに使われることも多いといいます。現在、地域内に4つの工房があり、それぞれ特徴ある和紙作りが行われています。
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- 石州和紙の作品を展示販売するとともに、紙漉き体験ができる「石州和紙会館」。
- その4つの工房で作られる和紙と作品を展示し、紙漉き体験ができるのが「石州和紙会館」。紙漉き体験は、地元の小学生の課外授業に取り入れられることが多いそうですが、大人が体験しても楽しいもの。紙料をすくいあげ簀子全体に行き渡らせる工程は、和紙を均一の厚さに漉くのが想像した以上に難しく、ついつい夢中になってしまいました。実際に体験した前と後では展示されている和紙製品に対する見方が変わり、お土産用の和紙選びにも熱が入ります。
●石州和紙会館
浜田市三隅町古市場589
TEL0855-32-4170
https://www.sekishu-washikaikan.com/
島根県西部の石見地方には、まだまだ知られていないスポットや、この地域ならではの文化や食材もたくさんありそう。ガイドブックに紹介されていない魅力を発見する楽しさもあり、改めてひとつひとつの町をじっくり訪ねてみたいと思いました。