旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2025年1月16日更新
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コラムニスト:Tomoko Nishio

フランス・オクシタニー地方の古代ローマ、世界遺産ポン・デュ・ガール、メゾン・カレをより深く知る3つの地

フランスを代表する世界遺産の一つ、ポン・デュ・ガールzoom
フランスを代表する世界遺産の一つ、ポン・デュ・ガール
南仏オクシタニー地方のガール県には2つの世界遺産がある。一つは古代ローマ帝国時代の水道橋ポン・デュ・ガール。そしてもう一つが2023年に世界遺産に登録された、古代ローマ都市のニームにある「メゾン・カレ」だ。

ポン・デュ・ガールは都市ニームに水を供給するために建設された水道橋で、その水源はポン・デュ・ガールから北西15キロほどの山間部にある町ユゼス近郊のウールの泉。ポン・デュ・ガールをより深く理解するには、ニームとユゼスを含めたこの3地点は、ぜひ一緒に訪れていただきたい場所である。ニームからポン・デュ・ガールを経てユゼスまでは約50キロ。バスや車を使えば無理なく巡ることができる距離だ。都市と水道橋、つまりは古代ローマ人の都市生活が体感できるポン・デュ・ガール、ニーム、ユゼスを訪れる旅を紹介しよう。
博物館内は実物大で建設の様子が展示されているzoom
博物館内は実物大で建設の様子が展示されている
■釘や漆喰はなし。ユゼスからニームまで約50キロをつなぐポン・デュ・ガール

ポン・デュ・ガールは紀元50年頃に建設された水道橋で、現存する橋の全長は約275メートル。3層からなる橋の高さは約47メートルで、これはニューヨークの自由の女神(台座なし)とほぼ同じだ。このフォトジェニックな景観は、そばで見れば見るほどにその迫力に圧倒され、古代ローマ人の建築技術や知恵に唸らされる。この3層のアーチは釘や漆喰などは一切使っておらず、石とその重さだけで建てられている。建設は約5年かかったというが、わずか5年で完成したということ自体が驚きかもしれない。この完成により、ユゼス近郊の水源からニームまでの約50キロ間を、多い時は1日2万立方メートル(大型トラック約1000台分)の水が運ばれたという。

■橋の景観を眺めながらの食事やアトラクションも

ポン・デュ・ガールは、かつては最上階を歩けたり、荷馬車などの往来も可能だったりしたが、現在は1層目と2層目のあいだの橋部分を徒歩のみで渡れるようになっている。橋げたには1840年にフランスの歴史建造物に指定された際に行われた修復に携わった職人のサインも刻まれている。文字が書けない代わりにハンマーなど、職人の道具が描かれており、ほほえましいものも感じる。橋を渡りながら、ぜひガルドン川の絶景をぜひ堪能していただきたい。季節によっては川でカヌーを楽しみながら、川から橋を眺めることもできる。また、予約制・人数限定にはなるが2層目と3層目の間の、かつて水が流れていた部分のトンネルを歩くこともできるので、カヌーともども興味があれば問い合わせを。

橋とともにぜひ見ていただきたいのがポン・デュ・ガールの博物館だ。この橋がどのようにつくられ、どのように利用されていたかがわかりやすく展示されている。このほか橋を眺めながら食事を味わえるビストロやカフェなどもあるので、昼食や軽食をはさみながらのんびりと過ごすのもいいだろう。夏にはライトアップも行われている
町並みがかわいらしいユゼス。できれば市場の開かれる水曜、土曜に訪問をzoom
町並みがかわいらしいユゼス。できれば市場の開かれる水曜、土曜に訪問を
■ユゼス公国時代の歴史を持つ中世の町

水源の町ユゼスは人口8000人ほどの町。毎週水曜と土曜に開かれる市場(マルシェ)はワインやチーズ、オリーブ、新鮮なフルーツなどの食料品や雑貨などを求めて、近郊の住民はもとより、観光客も多く訪れる。

町の歴史はポン・デュ・ガール同様古代ローマ時代に遡るが、キリスト教化にともない4世紀から司教座が置かれ、中世には交通や流通の拠点の一つとなり、さらに16世紀には公爵を戴く公国となった。そうした歴史から、町は中世の名残を感じさせる小さな路地が入り組み、陶器などの雑貨やワイン、おみやげなどを扱う店が並び、散策にはもってこいのかわいらしい魅力がある。
ユゼスの町を代表する3つの塔の一つ、王の塔の中庭にある中世の薬草庭園zoom
ユゼスの町を代表する3つの塔の一つ、王の塔の中庭にある中世の薬草庭園
見どころの一つは11世紀の建物を利用した中世の庭園(Jardin medieval d'Uzes)。王の塔と司教の塔がつくる中庭の小ぢんまりした庭には中世から現在に至るまで、生活などで利用されている薬草を中心に450種の植物が栽培されているほか、ハチミツなども採取されている。王の塔には登ることができ、屋上からは町のパノラマや、遠目にこんもりとしげる水源の森ものぞめる。中世の塔なので狭く、階段も100段はあるが、体力が許せばぜひ登ってみてほしい。ハーブティーを味わうこともできるので、緑に囲まれて一休みするのにもちょうどいい。
アウグストゥスの後継者がまつられていたとされる神殿、メゾン・カレzoom
アウグストゥスの後継者がまつられていたとされる神殿、メゾン・カレ
■ニームでは専門家お墨付きの史跡の数々を

ユゼスからポン・デュ・ガールを通って水を供給された街、ニームは紀元前1世紀に建築された古代ローマ帝国の植民都市。クレオパトラと戦ったカエサル(シーザー)やアウグストゥスゆかりの歴史もあり、彼らに仕えた軍人や役人らが退役後に過ごした地としても栄えた。

泉の精を指す「ネモジウス」が町の地名の由来であるとおり、フォンテーヌ庭園には今も滾々と水が湧き出す泉がある。豊かな水は人が町をつくるうえでは必須の条件の一つで、古代ローマ人たちはこうしたところにも目を付けたのだろう。最盛期の人口は6万~7万人ともいわれており、泉だけでは賄えない水をニームに供給したのが、ポン・デュ・ガールだったのだ。

この町を代表するローマ史跡メゾン・カレや円形闘技場はそうした都市には必須の祈りの場であり娯楽施設であった。とくに円形闘技場は2万人を収容できる規模で、地下通路などもほぼ完全な姿で残っている。現在でも闘牛やコンサートなどに使われており、とくに5月1週目の週末は古代ローマ時代をテーマとしたフェスティバルが開催されている。闘技場は見学可能なのでぜひ、内部まで見ていただきたい。

円形闘技場の隣に立つのが2018年に開館した「古代ローマ博物館(Musee de la Romanite)」だ。ローマ人の衣装トーガをモチーフにしたモダンな建物だが、不思議なほどに2000年前の大建造物とマッチしている。

ここの展示物で見ておきたいのは、貴族の住居を飾っていたモザイク画。この博物館をつくるきっかけの一つとなったもので、2007年に工事現場からほぼ完全な形で発見された。ニームの遺構は火山の噴火により破壊されてしまったイタリアのポンペイと同時代のものも多く、この時代を研究する専門家にとっても価値が高いという。ニームの市章の由来となった、ヤシの木とワニが刻まれているコインなども必見だ。
現代と古代が並ぶ、古代ローマ博物館と円形闘技場 Ⓒニーム観光局zoom
現代と古代が並ぶ、古代ローマ博物館と円形闘技場 Ⓒニーム観光局
ニームは広大な都市空間に公園やレストラン、ホテルなどがそろう過ごしやすい街。2000年前の史跡と現代を程よく調和させながら未来へつなげようとするまちづくりもとても好感が持てる。2000年の時を感じながら、のんびりと滞在してみたい。

※ニームについてはRisvel「オクシタニー地方のローマ都市ニーム、「デニム」誕生地というもう一つの顔と滞在の魅力」もあわせてご一読を。

■取材協力

オクシタニー地方観光局 Destination Occitanie
ガール県観光局 Gard Tourisme 
ニーム観光局 Nimes Tourisme
ポン・デュ・ガール Pont du Gard
ユゼス・ポン・デュ・ガール観光局 Destination Pays d’Uzes Pont du Gard

フランス観光開発機構 Atout France

※一部アクサンの付くフランス語表記はアルファベットに置き換えてあります。
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

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