旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年9月23日更新
共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

世界遺産・富士山の絶景を覆い隠す〝魔改造〟も「水戸岡マジック」!? シリーズ「富士急ハイランドに無事入らん!?」最終回【第8回】

△富士山麓電気鉄道の「富士山ビュー特急」に使っている8500系(2024年8月、山梨県大月市で大塚圭一郎撮影)zoom
△富士山麓電気鉄道の「富士山ビュー特急」に使っている8500系(2024年8月、山梨県大月市で大塚圭一郎撮影)

(シリーズ「富士急ハイランドに無事入らん!?」【第7回】から続く)
 暑さをしのぐ涼しげな体験が満載の遊園地「富士急ハイランド」(山梨県富士吉田市)を楽しんだ後、富士山麓電気鉄道のオリジナル特急列車に乗る場合の選択肢となるのが「富士山ビュー特急」だ。JR中央線と富士山麓電気鉄道を直通運転する特急「富士回遊」(英語名「FUJI EXCURSION」)の車内放送で特急名を間違って「フジ・エクスクルージョン(富士除外)」と連呼して外国人乗客を震え上がらせていたJR東日本の男性車掌(シリーズ「富士急ハイランドに無事入らん!?」【第1回】参照)とは対照的に、富士山ビュー特急の女性乗務員は流ちょうな英語だった。JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」などの人気列車をデザインし、「水戸岡マジック」とも呼ばれた水戸岡鋭治氏の〝魔改造〟で世界遺産・富士山の絶景を覆い隠してしまうのは―。

△富士山ビュー特急の客席から運転席を眺めた様子。木製の格子が視界を遮っている(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)zoom
△富士山ビュー特急の客席から運転席を眺めた様子。木製の格子が視界を遮っている(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)

 【富士山ビュー特急】富士急行子会社で山梨県内を走る富士山麓電気鉄道が運行している特急列車。大月駅(大月市)と河口湖駅(富士河口湖町)を約45分で結んでおり、1日に2往復している。途中の停車駅は都留文科大学前(都留市)、いずれも富士吉田市の下吉田、富士山、富士急ハイランドの各駅。
 JR東海の旧371系を改造した8500系(3両編成)で運用しており、大月駅から富士山駅へ向かう先頭車両となる1号車はテーブル席を設けた特別車両(26席)、2号車は指定席(57席)、3号車は自由席(60席)となっている。自由席は運賃に加えて400円の特急料金、指定席は運賃と計600円の特急・指定席料金、特別車両は通常列車ならば運賃と計1300円の特急・特別車両料金が必要となる。

△富士山ビュー特急の自由席の1列目にある座席と、はめ込まれた木製の格子(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)zoom
△富士山ビュー特急の自由席の1列目にある座席と、はめ込まれた木製の格子(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)

 ▽富士急ハイランド駅には全列車が停車
 富士急ハイランドと隣接した富士山麓電気鉄道の富士急ハイランド駅には全ての営業列車が停車する。1本の電車で東京都心部へ迅速に戻るには「富士回遊」を利用することになるが、接続駅の大月での乗り換えをいとわない場合は富士山麓電気鉄道のユニークな列車も選択肢に入る。
 その一つが、小田急電鉄の新宿駅(東京)とJR御殿場線の沼津駅(静岡県沼津市)を直通運転する特急「あさぎり」に使われていたJR東海の371系だ。客室からの前面展望を見渡せるように先頭部に流線形の大きな窓を設け、7両編成の中間には2両の2階建て車両を組み込むなどバブル期の1991年の登場とあって豪華な仕様だった。
 東海道新幹線と同じように白い車体に紺色の帯が入った塗装で、鉄道愛好家らから「新幹線車両が在来線に〝降臨〟したようで格好良い」と高評価を受けた。371系は2012年3月に「あさぎり」での定期運用を終え、半年前の11年10月には筆者が共同通信から引退することを報じてその通りになった。

△富士山ビュー特急の自由席の客室(2024年8月、山梨県富士河口湖町で大塚圭一郎撮影)zoom
△富士山ビュー特急の自由席の客室(2024年8月、山梨県富士河口湖町で大塚圭一郎撮影)

 ▽遮られた「富士山フロントビュー」
 JR東海は371系を臨時列車で運行後、富士急行(現在の富士山麓電気鉄道)に売却した。型式名を8500系に変えた富士山ビュー特急は編成全体をプラットホームに停止できるように3両編成に改造し、名物だった2階建て車両は「天井部が富士山麓電気鉄道のトンネルを通り抜けられないため編成から外した」(関係者)という。
 水戸岡氏のデザインで外観は深紅色に一変し、車内の座席のモケットもカラフルな柄に改められた。さらに大きく変貌していたのが客室の先頭部だった。
 371系は大きな前面ガラスを採用し、客室からも運転席の向こうにフロントビューを楽しめるように工夫されていた。ところが、富士山ビュー特急の自由席の運転席後ろにある座席に腰かけると「富士山フロントビュー」は事実上の〝障害物〟で遮られており、「これは改良ならぬ改悪だ」とため息をついてしまった。
 富士山ビュー特急の運転席の後ろにある客室の窓には木製の格子がはめられており、雄大な富士山の眺めを遮っているのだ。
 水戸岡氏は富士山ビュー特急について「世界遺産である富士山に一番近い鉄道から雄大な富士を望める特別な列車です」と胸を張った。にもかかわらず、「雄大な富士を望める」というセールスポイントを損なう格子を取り付ける必要性がなぜあったのだろうか?

△富士山ビュー特急が富士山駅到着前に電光表示に流れた「富士山(標高809メートル)」の文字の一部(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)zoom
△富士山ビュー特急が富士山駅到着前に電光表示に流れた「富士山(標高809メートル)」の文字の一部(2024年8月、山梨県富士吉田市で大塚圭一郎撮影)

 ▽受験生は注意!
 富士急ハイランド駅の隣の富士山駅に着く前に、車内の電光表示に「次は富士山」の文字が躍った。この後に流れた文字が〝くせ者〟で、「受験生の皆様はご注意ください!」と呼びかけたくなった。
 「(標高809メートル)」と、まるで日本一の高さを誇る富士山の標高が809メートルだと誤解されかねない表記だったからだ。富士山の標高は3776メートルであり、809メートルはあくまでも富士山駅の高さだ。
 それにしても、駅の標高が東京都の名所の高尾山(標高599メートル)よりずっと高いことには驚かされる。

△客室乗務員に富士山ビュー特急をバックに撮影していただいた写真(2024年8月、山梨県大月市)zoom
△客室乗務員に富士山ビュー特急をバックに撮影していただいた写真(2024年8月、山梨県大月市)

 ▽実を言うと利用は後日。その理由は…
 同じく驚かされたのは、特別車両の土産品販売などを担当していた女性乗務員の英語の車内放送が聞き取りやすかったことで「さすがは外国人を含めた観光客の呼び込みに力を入れている富士急グループだ」と感心した。女性乗務員は列車から降りた後も利用者の記念撮影をしており、せっかくなので私も息子と一緒に撮っていただいた。
 ただ、実を言うと私も富士山ビュー特急に乗ったのは後日のことで、富士急ハイランドを訪れた日は富士急ハイランドを夜に出発する高速バスで帰宅した。
 というのも、富士急ハイランドから大月へ向かう土曜・休日の富士山ビュー特急の最終列車は午後3時40分発と早い。このため、富士急ハイランドでじっくり遊びたい場合には間に合わないのだ。
 もっとも、「奮発して1万円の甲州ワインビーフステーキセット(シリーズ「富士急ハイランドに無事入らん!?」【第7回】参照)を食べたので懐が寒くなり、金欠で仕方なく高速バスに乗ったのではないか?」と突っ込まれると、残暑が厳しい中でも冷や汗をかいてしまうのだか…。
(シリーズ「富士急ハイランドに無事入らん!?」【完】)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月、東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月に社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。2024年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を積極的に執筆しており、英語やフランス語で取材する機会も多い。

日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、旧日本国有鉄道の花形特急用車両485系の完全引退、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。

本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)、カナダ・バンクーバーに拠点を置くニュースサイト「日加トゥデイ」で毎月第1木曜日掲載の「カナダ“乗り鉄”の旅」(https://www.japancanadatoday.ca/category/column/noritetsu/)も執筆している。

共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。VIA鉄道カナダの愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。
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