旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年4月11日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

運河ならではの“関門”、水位が変わっても船が流されるのを防ぐ昔ながらの方法 カナダの世界遺産でクルーズ体験【14】

△閘門を通過するル・ボートのハウスボート(2023年10月、カナダ東部オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△閘門を通過するル・ボートのハウスボート(2023年10月、カナダ東部オンタリオ州で筆者撮影)

(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【13】」からの続き)
 世界遺産に指定されているカナダ東部オンタリオ州のリドー運河で、「水上の家」のように寝泊まりできるモーター付きの船舶「ハウスボート」の操縦席に乗り込んだ。船舶免許を持っていなくても運航できるものの、“関門”として立ちはだかるのが水位の異なる区間を船舶で航行できるようにするためのゲート「閘門(こうもん)」だ。停泊中に水位が変わっても船舶が流されるのを防ぐ方法は、タイムスリップしたような昔ながらの作業だった。

△ハウスボートを操縦する筆者。岸辺で日光浴をしていた女性が撮影してくれた(23年10月、オンタリオ州)zoom
△ハウスボートを操縦する筆者。岸辺で日光浴をしていた女性が撮影してくれた(23年10月、オンタリオ州)

 【リドー運河の閘門での高低差】カナダ国立公園局(パークス・カナダ)によると、東部オンタリオ州にある首都のオタワと、五大湖の一つのオンタリオ湖畔の都市キングストンを結ぶ全長202キロのリドー運河には水位が異なる区間を船舶で航行できるようにするためのゲート「閘門(こうもん)」がテイ運河の入り口を含めて計47カ所ある。閘門での高低差が最も大きいのはスミスフォールズにある閘門で7・9メートルある。うちオタワ川に面したオタワ中心部では高低差が24・1メートルあるため8つの閘門を階段状に配置しており、それらを開閉しながら船舶が行き来した場合には通常約1時間半かかる。

△リドー運河沿いの風景(23年10月、オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△リドー運河沿いの風景(23年10月、オンタリオ州で筆者撮影)

 ▽理想と現実のギャップ
 ル・ボート(Le Boat)が貸し出しているハウスボートは、操縦席の計器類の上に設置されたナビゲーションシステムの画面で針路を確認しながら、自動車のハンドルに当たる舵輪(だりん)を回して船尾のプロペラの後ろにある舵を動かす。
 「若葉マーク」の操縦士のお目付役となってくれた担当マネージャーのリサ・マクリーンさんは地図が表示されたナビゲーション画面を指さして「矢印が現在地で、赤い実線がこれまでに進んできた航路です」と説明。「目指すべき針路が緑色の点線で、赤い点線は船が向かっている方向です。よって目指すべき緑色の点線と、船が向かう赤い点線が重なるのが好ましいのです」と教えてくれた。
 ただし、理想と現実にはギャップがあるように、これらの点線が必ず重なり合うというのは至難の業だ。
 海ではないため押し寄せてくるのがさざ波とはいえ、船体が揺られて進行方向が左右にぶれる。このためまっすぐ航行するのは結構難しく、舵輪を回して方向を調整する必要があるのだ。モーターボートが脇を追い抜いた場合なども波が押し寄せるため、船体が押し流されて思わぬ方向に行くのを阻止しなければならない。
 マクリーンさんは「船は舵輪を回してから、実際にその方向へ進むまでタイムラグがあります」と注意してくれた。よって、反対方向から船が来ているのを確認した際には、相手の針路を十分な距離を取ることも必要だ。

△オンタリオ州スミスフォールズにある閘門の仕組みを解説したパネル(23年10月、筆者撮影)zoom
△オンタリオ州スミスフォールズにある閘門の仕組みを解説したパネル(23年10月、筆者撮影)

 ▽浅瀬に乗り上げるリスクも
 途中では航路をそれて陸に近づいた場合、船舶が浅瀬に乗り上げるリスクがある区間もある。このような区間では緑色のポールを左手に、赤色のポールを右手に見た部分を通過することがとりわけ必要だ。
 右が緑色、左が赤色というカラーリングは船の左右を識別する灯火「舷灯(げんとう)」に基づいている。モーターが付いた船舶を初めて操縦する初心者だけに、気づくと舵取りしている方向が目指すべき針路と大きくずれる場面もあった。慌てて舵輪を右へと懸命に回して「おも舵いっぱい」になったり、舵輪を左へと全力で回す「取り舵いっぱい」になったりした。
 かくして私は目標と現実のギャップに苦しむ一方、マクリーンさんが操縦した区間ではそれらが見事に重なり合った。目指す方向に向かっている舵取りを目の当たりにして「さすがはプロだ」とうならされた。

△オンタリオ州の閘門で、ロックマスターがゲートを手動で開ける(23年10月、筆者撮影)zoom
△オンタリオ州の閘門で、ロックマスターがゲートを手動で開ける(23年10月、筆者撮影)

 ▽“関門”の通り抜け方
 スミスフォールズの4・8キロ先に待ち受けていた“関門”が、次の閘門となる「プーナマリー」だ。オタワから通算で32番目の閘門だ。
 船舶を閘門に進めると、前後のゲートに挟まれた位置で停止させる。カナダは日本と反対の右側通行のため、右側の岸壁に沿って“縦列駐車”のように止める。
 位置を調整するのに役立つのが、本シリーズ第13回で“魔法のつえ”と読んだ計器類の左側にある「スラスターズ」という縦長のスイッチだ。閘門には2隻入ることがあるが、後方で岸壁に寄せるのに苦労していたモーターボートの男性は「それは“インチキ装置”が付いている船だな!」とうらやんでいた。
 注目していたのは閘門で後方のゲートを閉鎖後、前方のゲートを開ける際に船舶と岸壁をどのようにつなぎ留めるのかという点だった。というのも先の水位がより高くなっている前方のゲートを開けると、船が浮かんでいる水面が2・2メートル上昇する。

△オンタリオ州スミスフォールズの閘門にある機械式ゲートの操作盤(23年10月、筆者撮影)zoom
△オンタリオ州スミスフォールズの閘門にある機械式ゲートの操作盤(23年10月、筆者撮影)

 ▽世紀をまたいだ方法
 教えられたのは、世紀をまたいだ昔ながらの方法だ。運河の壁面には縦方向にロープが張られており、前方と後方のそれぞれの乗員が船に備え付けた綱をロープの周囲に引っかけてしっかりと持つ。
 厳禁なのはロープに綱を結びつける行為だ。なぜならば水位が変わった時にほどけなくなったり、船の綱が短かった場合には船体が傾いたりしかねない。
 これらの準備後、「ロックマスター」と呼ばれるカナダ国立公園局(パークス・カナダ)の職員が前方のゲートを開け始めた。その方法もゲートの脇にある円形のハンドルを回す手作業なのだ。
 パークス・カナダによると、リドー運河でボタンを押すだけの機械式ゲートがあるのはスミスフォールズなど3カ所の閘門だけだ。他の閘門ではゲートキーパーが「今日は通行する船が多いから忙しいよ」などと語りながらハンドルを回す昔ながらの牧歌的な光景が世紀を超えて伝承されている。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【15】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
risvel facebook