(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【13】」からの続き)
世界遺産に指定されているカナダ東部オンタリオ州のリドー運河で、「水上の家」のように寝泊まりできるモーター付きの船舶「ハウスボート」の操縦席に乗り込んだ。船舶免許を持っていなくても運航できるものの、“関門”として立ちはだかるのが水位の異なる区間を船舶で航行できるようにするためのゲート「閘門(こうもん)」だ。停泊中に水位が変わっても船舶が流されるのを防ぐ方法は、タイムスリップしたような昔ながらの作業だった。
【リドー運河の閘門での高低差】カナダ国立公園局(パークス・カナダ)によると、東部オンタリオ州にある首都のオタワと、五大湖の一つのオンタリオ湖畔の都市キングストンを結ぶ全長202キロのリドー運河には水位が異なる区間を船舶で航行できるようにするためのゲート「閘門(こうもん)」がテイ運河の入り口を含めて計47カ所ある。閘門での高低差が最も大きいのはスミスフォールズにある閘門で7・9メートルある。うちオタワ川に面したオタワ中心部では高低差が24・1メートルあるため8つの閘門を階段状に配置しており、それらを開閉しながら船舶が行き来した場合には通常約1時間半かかる。
▽理想と現実のギャップ
ル・ボート(Le Boat)が貸し出しているハウスボートは、操縦席の計器類の上に設置されたナビゲーションシステムの画面で針路を確認しながら、自動車のハンドルに当たる舵輪(だりん)を回して船尾のプロペラの後ろにある舵を動かす。
「若葉マーク」の操縦士のお目付役となってくれた担当マネージャーのリサ・マクリーンさんは地図が表示されたナビゲーション画面を指さして「矢印が現在地で、赤い実線がこれまでに進んできた航路です」と説明。「目指すべき針路が緑色の点線で、赤い点線は船が向かっている方向です。よって目指すべき緑色の点線と、船が向かう赤い点線が重なるのが好ましいのです」と教えてくれた。
ただし、理想と現実にはギャップがあるように、これらの点線が必ず重なり合うというのは至難の業だ。
海ではないため押し寄せてくるのがさざ波とはいえ、船体が揺られて進行方向が左右にぶれる。このためまっすぐ航行するのは結構難しく、舵輪を回して方向を調整する必要があるのだ。モーターボートが脇を追い抜いた場合なども波が押し寄せるため、船体が押し流されて思わぬ方向に行くのを阻止しなければならない。
マクリーンさんは「船は舵輪を回してから、実際にその方向へ進むまでタイムラグがあります」と注意してくれた。よって、反対方向から船が来ているのを確認した際には、相手の針路を十分な距離を取ることも必要だ。
▽浅瀬に乗り上げるリスクも
途中では航路をそれて陸に近づいた場合、船舶が浅瀬に乗り上げるリスクがある区間もある。このような区間では緑色のポールを左手に、赤色のポールを右手に見た部分を通過することがとりわけ必要だ。
右が緑色、左が赤色というカラーリングは船の左右を識別する灯火「舷灯(げんとう)」に基づいている。モーターが付いた船舶を初めて操縦する初心者だけに、気づくと舵取りしている方向が目指すべき針路と大きくずれる場面もあった。慌てて舵輪を右へと懸命に回して「おも舵いっぱい」になったり、舵輪を左へと全力で回す「取り舵いっぱい」になったりした。
かくして私は目標と現実のギャップに苦しむ一方、マクリーンさんが操縦した区間ではそれらが見事に重なり合った。目指す方向に向かっている舵取りを目の当たりにして「さすがはプロだ」とうならされた。
▽“関門”の通り抜け方
スミスフォールズの4・8キロ先に待ち受けていた“関門”が、次の閘門となる「プーナマリー」だ。オタワから通算で32番目の閘門だ。
船舶を閘門に進めると、前後のゲートに挟まれた位置で停止させる。カナダは日本と反対の右側通行のため、右側の岸壁に沿って“縦列駐車”のように止める。
位置を調整するのに役立つのが、本シリーズ第13回で“魔法のつえ”と読んだ計器類の左側にある「スラスターズ」という縦長のスイッチだ。閘門には2隻入ることがあるが、後方で岸壁に寄せるのに苦労していたモーターボートの男性は「それは“インチキ装置”が付いている船だな!」とうらやんでいた。
注目していたのは閘門で後方のゲートを閉鎖後、前方のゲートを開ける際に船舶と岸壁をどのようにつなぎ留めるのかという点だった。というのも先の水位がより高くなっている前方のゲートを開けると、船が浮かんでいる水面が2・2メートル上昇する。
▽世紀をまたいだ方法
教えられたのは、世紀をまたいだ昔ながらの方法だ。運河の壁面には縦方向にロープが張られており、前方と後方のそれぞれの乗員が船に備え付けた綱をロープの周囲に引っかけてしっかりと持つ。
厳禁なのはロープに綱を結びつける行為だ。なぜならば水位が変わった時にほどけなくなったり、船の綱が短かった場合には船体が傾いたりしかねない。
これらの準備後、「ロックマスター」と呼ばれるカナダ国立公園局(パークス・カナダ)の職員が前方のゲートを開け始めた。その方法もゲートの脇にある円形のハンドルを回す手作業なのだ。
パークス・カナダによると、リドー運河でボタンを押すだけの機械式ゲートがあるのはスミスフォールズなど3カ所の閘門だけだ。他の閘門ではゲートキーパーが「今日は通行する船が多いから忙しいよ」などと語りながらハンドルを回す昔ながらの牧歌的な光景が世紀を超えて伝承されている。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【15】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)