旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年10月17日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「ポルトガルの宝石」のポートワイン、カナダの名産品を名乗った謎 シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【19】

△ニューファンドランド島のセントジョンズにある「ニューマン・ワイン・ボルツ」(いずれも2022年7月、筆者撮影)zoom
△ニューファンドランド島のセントジョンズにある「ニューマン・ワイン・ボルツ」(いずれも2022年7月、筆者撮影)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【18】」からの続き)
 アメリカ(米国)の首都ワシントン近郊にある住居の隣人のジョー・マクレーンさんがこの秋、欧州をクルーズ船で巡って「ポルトガルでおいしいポートワインの醸造施設を見学してきたんだ」と教えてくれた。私が北海道より大きいカナダ東部の島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズを訪れた際に「ポートワインと呼ばれていた名産品を味わいました」と伝えると、マクレーンさんは「なぜカナダで?」と首をかしげた。「ポルトガルの宝石」と称され、世界三大酒精強化ワインの一つのポートワインをカナダが「名産品」と名乗っていたのは謎であろう―。

△ニューマン・ワイン・ボルツの建物内(筆者撮影)zoom
△ニューマン・ワイン・ボルツの建物内(筆者撮影)

 ▽時間に取り残された空間
 セントジョンズで泊まった宿泊施設「JAGホテル」(詳しくは「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【6】」ご参照)の新館の建設が進んでいる工事現場の南側に、まるで時間に取り残されたような古めかしい石造りの建物があった。
 入り口の看板には「ニューマン・アンド・カンパニー」と記され、私が訪れた夜に閉じられていた木製の扉には「ニューマン・ワイン・ボルツ 7月と8月に毎日営業、午前9時半から午後5時まで」の張り紙があった。ニューマンのワイン倉庫という意味になる。

△ニューマン・ワイン・ボルツの説明をするリンダ・キーフさん(筆者撮影)zoom
△ニューマン・ワイン・ボルツの説明をするリンダ・キーフさん(筆者撮影)

 ▽ワインを貯蔵していても売れない!?
 セントジョンズのレストランで「ニューファンドランド島ではワインを醸造していないので、(同じカナダ東部の)ノバスコシア州のワインを取り扱っている」と聞いていた。このため外国産のワインを貯蔵している倉庫で、一般販売も手がける卸売業ではないかと想像した。
 営業時間に再訪し、笑顔で出迎えてくれたリンダ・キーフさんに「ここは外国産のワインの直売所なのですか?」と尋ねた。ところが、キーフさんは「ワインはありますし、売りたい気は山々ですが、酒類を販売するのに必要な免許がないので売れないのです」と話す。卸売業さえもしておらず、販売行為は一切できないという。
 ワインがあるのに一切売れないとは、極めて不可思議だ。謎を解き明かすために門をたたいたにもかかわらず、謎が謎を呼ぶような展開だ…。

△ニューファンドランド島と英国、スペインの三角貿易を図示したパネル(ニューマン・ワイン・ボルツで筆者撮影)zoom
△ニューファンドランド島と英国、スペインの三角貿易を図示したパネル(ニューマン・ワイン・ボルツで筆者撮影)

 ▽ポートワインが輸入された理由
 代わりに施設に関する無料のツアーガイドに参加させてもらった。キーフさんは「ここでは元々、(ニューマン家が興した企業の)ニューマンが輸入したポートワインを貯蔵していました」と切り出した。食後酒のポートワインはポルトガル北部のドウロ川上流の地域で造られており、アルコール発酵中にブランデーを添加することで糖分のアルコール変換が中断して独特の甘みが残る。貯蔵期間は2年から40年まで様々という。
 主に英国で愛飲されており、ニューファンドランド島を植民地化して中流していた英国兵らのし好品としてポルトガルから船舶でワインたるを輸入し、眠らせていたという。
 「この建物がいつ完成したのかは具体的に分かっていない」とキーフさん。ただ、この場所で1780年代に作られた喫煙用のパイプが見つかったため、18世紀後半から19世紀初めと推察されると説明した。

△ニューマンが「ポートワイン」として販売していた商品のボトル(筆者撮影)zoom
△ニューマンが「ポートワイン」として販売していた商品のボトル(筆者撮影)

 ▽「本場よりおいしい」!?
 ニューファンドランド島で販売するワインの倉庫だったものの、キーフさんは「ある時からニューマンの製品は、ニューファンドランド島名産のポートワインとして本場の英国にも輸出されたのです」と声を張り上げた。
 英国とポルトガル、ニューファンドランド島では船舶を使った三角貿易をしていたが、ポルトガルからのポートワインをセントジョンズで降ろした船は空荷のまま英国へ向かう。それではもったいないと、セントジョンズの倉庫で貯蔵したポートワインを英国へ輸出したところ「本場のポートワインよりおいしい」との名声を得たのだとか。
 味が良くなったのは「ニューファンドランド島の冷涼な気候がワインの熟成に適しているのか、それとも船に揺られる時間が長かったのが功を奏したのかは検証されていない」とか。ただ、英国での高評価を機に、ポルトガルの外にあるニューファンドランド島がワインを造っていないにもかかわらず「ポートワインの名産地」に躍り出て、英国へ輸出されるまでになった。

△ニューマンが「ポートワイン」として販売していたワイン(筆者撮影)zoom
△ニューマンが「ポートワイン」として販売していたワイン(筆者撮影)

 ▽名産地の歴史に終止符
 しかし、ニューファンドランド島を経由したポートワインの英国への輸出は「1990年代後半に停止されました」とキーフさんは残念そうに語った。ポルトガル政府が名産品のポートワインの商標管理を厳格化し、ドウロ川上流の特定地区で栽培したブドウを原料とし、醸造するなどの条件を満たした酒精強化ワインだけをポートワインと呼称できるようにしたためだ。
カナダで熟成させたワインは「ポートワイン」の名称で販売できなくなり、別の倉庫に移転後も続けていたニューマンのワイン熟成も1996年で終止符を打った。
 現在のニューマン・ワイン・ボルツは観光名所として残されており、観光客の案内だけに使われている。キーフさんは「飛び込みでいらっしゃって『ワインを売ってほしい』とせがむ方もいらっしゃるので、ポートワインを売っている店をお伝えするようにしています。でも、本当は許可を取ってポートワインを売れるようになればいいのですが」と打ち明けた。
販売こそなかったものの、ツアーの最後にはじっくりと寝かせたニューマンが「ポートワイン」と銘打っていた商品の試飲という大盤振る舞いが待ち受けていた。ポートワインの芳醇な甘い口当たりを楽しみながら、送り出すポルトガルが甘い顔を見せなかったためにカナダが苦杯をなめた歴史の皮肉に思いをはせた―。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【20】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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