(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【5】」からの続き)
ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズで泊まった宿泊施設「JAGホテル」という名前で思い浮かべたものは三つある。ネコ科ヒョウ属の動物「ジャガー(JAGUAR)」、この動物に由来するタタ自動車(インド)傘下の英国の高級車ブランド、そして人気ロックバンド「ローリング・ストーンズ」のボーカルとして活躍してきたミック・ジャガーさんだ。もしも空港に迎えに来てくれる車がジャガーならばうれしい。一方、もしもジャガーが敷地内に飼われているのならば脱走した場合が恐ろしいし、仮に所有者が心酔しているミック・ジャガーさんの曲が客室のスピーカーから一晩中流れてくるのならば眠れそうにない。果たしてこれらの中に正解はあるのか?
▽ターミナル目前で想定外の事態
カナダ東部のモントリオール国際空港で乗り込んだエア・カナダグループの旅客機は2時間6分遅れで出発した。大きな揺れもない快適な運航で、セントジョンズ国際空港の滑走路に現地時間の午後7時20分ごろに無事降り立った。セントジョンズの時刻は、米東部時間と同じモントリオールと1時間半差だ。1時間単位ではない時差の場所を訪れたのは初めてだ。
「目的地に快適かつ安全に到着できたのだから良しとしよう」と思った矢先、旅客ターミナルを目前にした誘導路の途中で止まる想定外の事態が起きた。パイロットが機内放送で「到着する予定のターミナルの搭乗口が別の航空機でふさがっており、その航空機が出発するまで10分から15分ほど待つ必要がある」と説明した。
▽待っていた送迎車は…
10分余り待つと、エア・カナダグループが運航するデハビランド(カナダ)製のプロペラ旅客機「DHC―8―Q400」が搭乗口を離れた。私が乗っているエンブラエル(ブラジル)が製造したリージョナルジェット旅客機「E175」の白地と黒色を基調とした現行塗装ではなく、青色をベースにした旧塗装の機材だ。空いた搭乗口に着いたのは、定刻の午後5時2分から2時間半ほど過ぎていた。
旅客ターミナルの前で待っていてくれたホテルの送迎車は、アメリカ(米国)の大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)が製造した大型スポーツタイプ多目的車(SUV)だった。ジャガーの高級車ではなかった。
▽カセットテープの装飾に、集団肖像画に…
約20分で到着したホテルは、よく見るような四角い建物だった。しかし、一歩足を踏み入れると、内装が普通のシティーホテルとは異彩を放っている。玄関に隣接したロビーにある机の天板は、カセットテープの装飾をしている。
ロビーの奥に掲げた集団肖像画は故デビッド・ボウイさんを中央に描いており、どうやらミュージシャンが勢ぞろいした構図のようだ。しかし、私の知識では他にエルトン・ジョンさんら数人しか認識できなかった。
▽あちこちにロックスターの姿
そう、JAGホテルは「ロックスターの殿堂」と呼ぶべき雰囲気を売りにしているのだ。新型コロナウイルス感染拡大防止のための消毒液が出る装置にはミック・ジャガーさんの写真が載った張り紙には「Wash Me Up(俺を洗ってくれ)」と書かれており、これは曲のタイトル「Don’t Tear Me Up(俺を引き裂かないでくれ)」をもじっていると知った。
おそらくホテル名は私が思い浮かべた三つのうちの一つだったミック・ジャガーさんに由来すると思われるが、“大人の事情”でそれは明記されていなかった。
1階ではロック音楽やフォーク音楽がずっと流れており、レストランで座ろうとしたいすの背もたれの生地にもミック・ジャガーさんらの顔が装飾されていて驚いた。壁にはボブ・ディランさんの1981年のコンサートを告知したポスター、バンド「ザ・クラッシュ」のポスターとメンバーの直筆サインなどが所狭しと飾られていた。
▽客室のテレビを消しておいても…
客室に入ると、風景画がありがちな壁の絵もミュージシャンらしき人の肖像画だった。また、不思議なことに出かける時に消したはずのテレビが戻ってくるとついているのだ。これが2回続いたため私のテレビの消し忘れや怪奇現象ではなく、客室清掃係が出る時にテレビをつけてBGMが流れるチャンネルに合わせているのだと分かった。
清掃済みなのを知らせる紙にもバンド「ビートルズ」のメンバーだった故ジョン・レノンさんの「人生とは、何かを計画しているとき起きてしまう出来事のことだ」といったメッセージが記されており、音楽のコンセプトを徹底していることに感心した。
ただ、幸いなことに客室のスピーカーから音楽が流れ続けるという仕掛けはなく、宿泊客が快適に滞在できるためのホテルの基本性能はしっかりしている。窓際にあるカーテンは遮光性能が高く、しっかりとしたベッドを置いているため快眠が可能だった。他の宿泊者と雑談した時も「ここは良いベッドを置いている」と意見が一致した。
そんな人気ぶりを映し出すように、隣接地では新館を建設中だ。ホテルからは「来年完成すれば客室は169室に倍増するんだよ」と説明を受けた。ニューファンドランド島が新型コロナウイルス禍から観光客獲得で巻き返す中で、「ロックスターの殿堂」の拡充は音楽好きの旅行者を呼び込むのに威力を発揮しそうだ。
(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【7】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)