旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年8月14日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

ホテルは「ロックスターの殿堂」! シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【6】

△カナダ・ニューファンドランド島のセントジョンズにあるJAGホテルのロビー奥に掲げたミュージシャンの集団肖像画(2022年7月、筆者撮影)zoom
△カナダ・ニューファンドランド島のセントジョンズにあるJAGホテルのロビー奥に掲げたミュージシャンの集団肖像画(2022年7月、筆者撮影)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【5】」からの続き)
 ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズで泊まった宿泊施設「JAGホテル」という名前で思い浮かべたものは三つある。ネコ科ヒョウ属の動物「ジャガー(JAGUAR)」、この動物に由来するタタ自動車(インド)傘下の英国の高級車ブランド、そして人気ロックバンド「ローリング・ストーンズ」のボーカルとして活躍してきたミック・ジャガーさんだ。もしも空港に迎えに来てくれる車がジャガーならばうれしい。一方、もしもジャガーが敷地内に飼われているのならば脱走した場合が恐ろしいし、仮に所有者が心酔しているミック・ジャガーさんの曲が客室のスピーカーから一晩中流れてくるのならば眠れそうにない。果たしてこれらの中に正解はあるのか?

△エア・カナダグループの旅客機から眺めたカナダ・ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズがあるアバロン半島(7月、筆者撮影)zoom
△エア・カナダグループの旅客機から眺めたカナダ・ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズがあるアバロン半島(7月、筆者撮影)

 ▽ターミナル目前で想定外の事態
 カナダ東部のモントリオール国際空港で乗り込んだエア・カナダグループの旅客機は2時間6分遅れで出発した。大きな揺れもない快適な運航で、セントジョンズ国際空港の滑走路に現地時間の午後7時20分ごろに無事降り立った。セントジョンズの時刻は、米東部時間と同じモントリオールと1時間半差だ。1時間単位ではない時差の場所を訪れたのは初めてだ。
 「目的地に快適かつ安全に到着できたのだから良しとしよう」と思った矢先、旅客ターミナルを目前にした誘導路の途中で止まる想定外の事態が起きた。パイロットが機内放送で「到着する予定のターミナルの搭乗口が別の航空機でふさがっており、その航空機が出発するまで10分から15分ほど待つ必要がある」と説明した。

△搭乗口がふさがっていた原因のエア・カナダグループのDHC―8―Q400(7月、セントジョンズ国際空港で筆者撮影)zoom
△搭乗口がふさがっていた原因のエア・カナダグループのDHC―8―Q400(7月、セントジョンズ国際空港で筆者撮影)

 ▽待っていた送迎車は…
 10分余り待つと、エア・カナダグループが運航するデハビランド(カナダ)製のプロペラ旅客機「DHC―8―Q400」が搭乗口を離れた。私が乗っているエンブラエル(ブラジル)が製造したリージョナルジェット旅客機「E175」の白地と黒色を基調とした現行塗装ではなく、青色をベースにした旧塗装の機材だ。空いた搭乗口に着いたのは、定刻の午後5時2分から2時間半ほど過ぎていた。
 旅客ターミナルの前で待っていてくれたホテルの送迎車は、アメリカ(米国)の大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)が製造した大型スポーツタイプ多目的車(SUV)だった。ジャガーの高級車ではなかった。

△JAGホテルのレストランにあるいすの背もたれの生地にはミック・ジャガーさんらミュージシャンの顔が(7月、筆者撮影)zoom
△JAGホテルのレストランにあるいすの背もたれの生地にはミック・ジャガーさんらミュージシャンの顔が(7月、筆者撮影)

 ▽カセットテープの装飾に、集団肖像画に…
 約20分で到着したホテルは、よく見るような四角い建物だった。しかし、一歩足を踏み入れると、内装が普通のシティーホテルとは異彩を放っている。玄関に隣接したロビーにある机の天板は、カセットテープの装飾をしている。
 ロビーの奥に掲げた集団肖像画は故デビッド・ボウイさんを中央に描いており、どうやらミュージシャンが勢ぞろいした構図のようだ。しかし、私の知識では他にエルトン・ジョンさんら数人しか認識できなかった。

△JAGホテルに飾られたバンド「ザ・クラッシュ」のポスターとメンバーの直筆サイン(7月、筆者撮影)zoom
△JAGホテルに飾られたバンド「ザ・クラッシュ」のポスターとメンバーの直筆サイン(7月、筆者撮影)

 ▽あちこちにロックスターの姿
 そう、JAGホテルは「ロックスターの殿堂」と呼ぶべき雰囲気を売りにしているのだ。新型コロナウイルス感染拡大防止のための消毒液が出る装置にはミック・ジャガーさんの写真が載った張り紙には「Wash Me Up(俺を洗ってくれ)」と書かれており、これは曲のタイトル「Don’t Tear Me Up(俺を引き裂かないでくれ)」をもじっていると知った。
 おそらくホテル名は私が思い浮かべた三つのうちの一つだったミック・ジャガーさんに由来すると思われるが、“大人の事情”でそれは明記されていなかった。
 1階ではロック音楽やフォーク音楽がずっと流れており、レストランで座ろうとしたいすの背もたれの生地にもミック・ジャガーさんらの顔が装飾されていて驚いた。壁にはボブ・ディランさんの1981年のコンサートを告知したポスター、バンド「ザ・クラッシュ」のポスターとメンバーの直筆サインなどが所狭しと飾られていた。

△JAGホテル(右)と、建設中の新館(7月、筆者撮影)zoom
△JAGホテル(右)と、建設中の新館(7月、筆者撮影)

 ▽客室のテレビを消しておいても…
 客室に入ると、風景画がありがちな壁の絵もミュージシャンらしき人の肖像画だった。また、不思議なことに出かける時に消したはずのテレビが戻ってくるとついているのだ。これが2回続いたため私のテレビの消し忘れや怪奇現象ではなく、客室清掃係が出る時にテレビをつけてBGMが流れるチャンネルに合わせているのだと分かった。
 清掃済みなのを知らせる紙にもバンド「ビートルズ」のメンバーだった故ジョン・レノンさんの「人生とは、何かを計画しているとき起きてしまう出来事のことだ」といったメッセージが記されており、音楽のコンセプトを徹底していることに感心した。
 ただ、幸いなことに客室のスピーカーから音楽が流れ続けるという仕掛けはなく、宿泊客が快適に滞在できるためのホテルの基本性能はしっかりしている。窓際にあるカーテンは遮光性能が高く、しっかりとしたベッドを置いているため快眠が可能だった。他の宿泊者と雑談した時も「ここは良いベッドを置いている」と意見が一致した。
 そんな人気ぶりを映し出すように、隣接地では新館を建設中だ。ホテルからは「来年完成すれば客室は169室に倍増するんだよ」と説明を受けた。ニューファンドランド島が新型コロナウイルス禍から観光客獲得で巻き返す中で、「ロックスターの殿堂」の拡充は音楽好きの旅行者を呼び込むのに威力を発揮しそうだ。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【7】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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