(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【15】」からの続き)
「ガチョウの舌を食べるのですか?」と思わず聞き返した。カナダ東部の北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズ近郊の大西洋岸での地元食材を味わうツアーで、案内役のロリー・マッカーシーさんが「グースタング(Gooth tongue)を味わいましょう」と呼びかけたからだ。
▽哀れなガチョウ?
確かに牛の舌部の牛タンは焼き肉やシチューなどで普通に食べられている。しかもアザラシ肉のステーキを振る舞われたばかりなので、どんなメニューが登場しても不思議ではない状況だ。
しかし、ウソをついたわけでもないガチョウが地獄の王様、閻魔(えんま)大王のように舌を抜かれるのだとすれば哀れに感じてしまう。
▽鋭いまなざしで歩き出すと…
私の質問にマッカーシーさんは「そうですよ」と認めた。ガチョウの舌は、かつて餌にパンをやった時に見えたことがある。しかし、小さくて細かったので牛タンほど食べる部位はなさそうだ。
次の瞬間、マッカーシーさんが鋭いまなざしで立ち上がると、浜辺を歩き出した。まさか標的となるガチョウが見つかってしまったのだろうかと気をもんだ。
▽指をさした先にあったのは…
マッカーシーさんは岩陰に腰かけて先を見つめたが、目線の先にいたのは飼い主が投げたフリスビーを見つけてくわえてきた犬だけだ。そこにガチョウの姿がないことを祈りながら辺りを見渡した。
すると、不意にマッカーシーさんが足元を指さして「ほら、ここにあるのがグースタングです」と語った。無情にも既に捕らえられて食材となったガチョウの舌が陳列されているのだろうか?
指先の方向には緑色の植物があり、マッカーシーさんはいくつかを引っこ抜いてバッグに入れた。グースタングはオオバコ科のハマオオバコの別名で、食用で使われるのだと知った。フランス語で「ネコの舌」を意味する菓子のラングドシャーのように、見た目が似ているので「グースタング(ガチョウの舌)」と呼ばれているようだ。
▽野生植物で作ったのは
続いてマッカーシーさんはナデシコ科のノミノツヅリや、紫色の花を咲かせたマメ科のハマエンドウなどを採取した。それらをすり鉢に入れて木の棒ですりつぶすと「これでソースができました」と紹介し、目の前の海で採れるという生のホタテの貝柱に載せて出してくれた。おいしいのだが、素材が良いのだけに塩をふりかけただけのホタテの貝柱を食したい気もした。
しかしながら、ニューファンドランド島では生魚にそこまでなじみがないため「食材そのままではなく、手を加えたほうが安心される」と教えられた。
▽ウミガラスを眺める鋭い視線の理由
海辺にいたウミガラスを眺めていた時のような鋭い目線でマッカーシーさんが捕獲した「ガチョウの舌」こそ、植物の通称だった。ただ、この後も島内に多く生息する巨大なシカであるヘラジカの肉も出てくるなどお笑い芸人、スギちゃんの「ワイルドだろぉ」と言わんばかりの料理が登場した。
帰りがけにマッカーシーさん、同行したマーシャ・タルクさんのニューファンドランド島の料理や食文化を紹介した共著書『フード・カルチャー・プレイス(食文化の場所)』を頂いた。
読み進め、載っている1枚の写真を見て「あっ」と思わず声を上げた。笑顔のマッカーシーさんが両手にそれぞれ生前の姿をとどめたウミガラスの肉を持っており、まるで「ワイルドだぜぇ」と語りかけてくるような迫力だ。他にウサギ肉の生々しい写真と調理法なども紹介されていた。
愛らしく浜辺を悠然と泳ぐウミガラスを捉えていたマッカーシーさんの射貫くような視線には、料理研究家としての食への飽くなき欲求がにじみ出ていたことを思い知った。
(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【17】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)