旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年9月25日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

食材に「ガチョウの舌」も標的!? シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【16】

△カナダの名前を冠した「カナダグース」(Canada Goose)の親子(2021年6月、米国メリーランド州で筆者撮影)zoom
△カナダの名前を冠した「カナダグース」(Canada Goose)の親子(2021年6月、米国メリーランド州で筆者撮影)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【15】」からの続き)
 「ガチョウの舌を食べるのですか?」と思わず聞き返した。カナダ東部の北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズ近郊の大西洋岸での地元食材を味わうツアーで、案内役のロリー・マッカーシーさんが「グースタング(Gooth tongue)を味わいましょう」と呼びかけたからだ。

△ニューファンドランド島のセントジョンズ近郊の浜辺にいた飼い主の投げたフリスビーをくわえた犬(22年7月、筆者撮影)zoom
△ニューファンドランド島のセントジョンズ近郊の浜辺にいた飼い主の投げたフリスビーをくわえた犬(22年7月、筆者撮影)

 ▽哀れなガチョウ?
 確かに牛の舌部の牛タンは焼き肉やシチューなどで普通に食べられている。しかもアザラシ肉のステーキを振る舞われたばかりなので、どんなメニューが登場しても不思議ではない状況だ。
 しかし、ウソをついたわけでもないガチョウが地獄の王様、閻魔(えんま)大王のように舌を抜かれるのだとすれば哀れに感じてしまう。

△共著書『フード・カルチャー・プレイス』を見せるマーシャ・タルクさん(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)zoom
△共著書『フード・カルチャー・プレイス』を見せるマーシャ・タルクさん(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)

 ▽鋭いまなざしで歩き出すと…
 私の質問にマッカーシーさんは「そうですよ」と認めた。ガチョウの舌は、かつて餌にパンをやった時に見えたことがある。しかし、小さくて細かったので牛タンほど食べる部位はなさそうだ。
 次の瞬間、マッカーシーさんが鋭いまなざしで立ち上がると、浜辺を歩き出した。まさか標的となるガチョウが見つかってしまったのだろうかと気をもんだ。

△「グースタング」の正体、ハマオオバコ(22年7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)zoom
△「グースタング」の正体、ハマオオバコ(22年7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)

 ▽指をさした先にあったのは…
 マッカーシーさんは岩陰に腰かけて先を見つめたが、目線の先にいたのは飼い主が投げたフリスビーを見つけてくわえてきた犬だけだ。そこにガチョウの姿がないことを祈りながら辺りを見渡した。
 すると、不意にマッカーシーさんが足元を指さして「ほら、ここにあるのがグースタングです」と語った。無情にも既に捕らえられて食材となったガチョウの舌が陳列されているのだろうか?
 指先の方向には緑色の植物があり、マッカーシーさんはいくつかを引っこ抜いてバッグに入れた。グースタングはオオバコ科のハマオオバコの別名で、食用で使われるのだと知った。フランス語で「ネコの舌」を意味する菓子のラングドシャーのように、見た目が似ているので「グースタング(ガチョウの舌)」と呼ばれているようだ。

△ホタテの貝に盛り付けたニシン(手前)とヘラジカの肉(22年7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)zoom
△ホタテの貝に盛り付けたニシン(手前)とヘラジカの肉(22年7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)

 ▽野生植物で作ったのは
 続いてマッカーシーさんはナデシコ科のノミノツヅリや、紫色の花を咲かせたマメ科のハマエンドウなどを採取した。それらをすり鉢に入れて木の棒ですりつぶすと「これでソースができました」と紹介し、目の前の海で採れるという生のホタテの貝柱に載せて出してくれた。おいしいのだが、素材が良いのだけに塩をふりかけただけのホタテの貝柱を食したい気もした。
 しかしながら、ニューファンドランド島では生魚にそこまでなじみがないため「食材そのままではなく、手を加えたほうが安心される」と教えられた。

△浜辺を泳ぐウミガラス(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)zoom
△浜辺を泳ぐウミガラス(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)

 ▽ウミガラスを眺める鋭い視線の理由
 海辺にいたウミガラスを眺めていた時のような鋭い目線でマッカーシーさんが捕獲した「ガチョウの舌」こそ、植物の通称だった。ただ、この後も島内に多く生息する巨大なシカであるヘラジカの肉も出てくるなどお笑い芸人、スギちゃんの「ワイルドだろぉ」と言わんばかりの料理が登場した。
 帰りがけにマッカーシーさん、同行したマーシャ・タルクさんのニューファンドランド島の料理や食文化を紹介した共著書『フード・カルチャー・プレイス(食文化の場所)』を頂いた。
 読み進め、載っている1枚の写真を見て「あっ」と思わず声を上げた。笑顔のマッカーシーさんが両手にそれぞれ生前の姿をとどめたウミガラスの肉を持っており、まるで「ワイルドだぜぇ」と語りかけてくるような迫力だ。他にウサギ肉の生々しい写真と調理法なども紹介されていた。
 愛らしく浜辺を悠然と泳ぐウミガラスを捉えていたマッカーシーさんの射貫くような視線には、料理研究家としての食への飽くなき欲求がにじみ出ていたことを思い知った。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【17】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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