旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年9月18日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

アザラシ料理、カナダの島で広がりうる理由は シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【15】

△セントジョンズ近郊のニューファンドランド・メモリアル大学の水産研究施設が飼育するメスのタテゴトアザラシ「ダイアン」。食用ではないという(2022年7月、筆者撮影)zoom
△セントジョンズ近郊のニューファンドランド・メモリアル大学の水産研究施設が飼育するメスのタテゴトアザラシ「ダイアン」。食用ではないという(2022年7月、筆者撮影)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【14】」からの続き)
 カナダ東部の北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズ近郊の大西洋岸での料理研究家、ロリー・マッカーシーさんが案内するツアーで、黒っぽい色の肉が出された。それは約半世紀の人生で初めて口にするアザラシ肉だった。マッカーシーさんが「アザラシ肉は食用流通や飲食店での提供を広げられる可能性がある」と積極姿勢を示した背景には、食物連鎖が崩れて主要地場産業が脅かされている事情があった―。

△フライパンで焼いたアザラシ肉のステーキ(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)zoom
△フライパンで焼いたアザラシ肉のステーキ(7月、セントジョンズ近郊で筆者撮影)

 ▽アザラシサミットとは
 フライパンで焼いたアザラシ肉のステーキを食した後、私を含めた複数の参加者が「焼き鳥のレバーに似た食感でおいしいですね」と肯定的な感想を口にした。それを聞いたマッカーシーさんは「今年秋に『2022年アザラシサミット』がセントジョンズで開かれるから、アザラシを食用でも広めることを提案するわ!」と語ったことを本シリーズ「北海道より大きいカナダの島」の前14回の「謎の黒い食材、正体は水族館の人気者…」でご紹介した。
 すると、読者の方から「アザラシサミットというのは、鯨(くじら)の様に保護する為に捕獲量を制限するものなのでしょうか!?勿論、アザラシは先住狩猟民族には食料でしたでしょうが」とお問い合わせを頂いた。鋭いご質問をいただきましてありがとうございます。

△ニューファンドランド島のセントジョンズ近郊から眺めた大西洋(7月、筆者撮影)zoom
△ニューファンドランド島のセントジョンズ近郊から眺めた大西洋(7月、筆者撮影)

 ▽アザラシの数が「歴史的水準か、それに近づいている」
 関連ウェブサイトによると、アザラシサミットはカナダ連邦漁業・海洋省が主催する会議で、水産業といった利害関係者や科学者、行政当局者らが出席して漁業に影響を及ぼす可能性があるアザラシの持続可能性を話し合うと説明されていた。
 このような会議を開く理由を調べたところ、カナダ大西洋岸でハイイロアザラシとタテゴトアザラシが増殖して「歴史的な水準にあるか、それに近づいている」ため主要地場産業の一つとなっている水産業が危機感を募らせていることが分かった。

△セントジョンズから眺めた大西洋に注ぐ海峡「ザ・ナロウズ」(7月、筆者撮影)zoom
△セントジョンズから眺めた大西洋に注ぐ海峡「ザ・ナロウズ」(7月、筆者撮影)

 ▽タテゴトアザラシは「過去最多」に
 ニューファンドランド・ラブラドール州の水産業がまとめた報告書によると、カナダ大西洋岸に生息するハイイロアザラシの個体数は1960年代に約1万5千頭だったのが、2016年には42万4300頭と28倍余りに膨らみ、この地域は世界で最も多くのハイイロアザラシが生息する。
 タテゴトアザラシの個体数も1970年代に約200万頭だったのが2019年には760万頭と4倍近くになったと推定しており、「大西洋北西部でのタテゴトアザラシの生息数として記録がある中で過去最多になった」と指摘。報告書はこのようなアザラシの急増を背景に水産資源が減るなど「海洋生態系に深刻な影響を与えている」と問題視した。
 アザラシの補食も一因となり、連邦漁業・海洋省がまとめた報告書はカナダ東海岸やニューファンドランド島、プリンスエドワード島などが面するセントローレンス湾ではタラが絶滅してしまう「可能性が高い」と指摘している。

△カナダのジョイス・マレー漁業・海洋・沿岸警備隊相(カナダ政府提供)zoom
△カナダのジョイス・マレー漁業・海洋・沿岸警備隊相(カナダ政府提供)

 ▽アザラシサミットが第一歩に
 カナダの公営放送局、カナダ放送協会(CBC)によると、ジョイス・マレー漁業・海洋・沿岸警備隊相は5月に「アザラシが魚を食べることは知っている」と強調し、「だからこそアザラシが私たちの魚資源に与えている影響をよりよく理解する必要がある」としてセントジョンズでアザラシサミットを開くことが解決に向けた一歩になるとの見解を示した。
 マレー氏はアザラシサミットを通じて「大西洋でのアザラシへの関与を広げ、利害関係者が集まって科学や市場開拓、管理の方法を議論することになる」と説明した。
 マレー氏が指摘した「市場開拓」は、膨張しすぎて水産資源の減少をもたらしているアザラシの使い道を検討して個体数を減らすことを意味する。すなわちマッカーシーさんは料理研究家の立場からアザラシを食用肉としてより広く流通させ、飲食店の料理としても提供されることを視野に入れているのだ。

△ニューファンドランド・メモリアル大学の水産研究施設の水槽で泳ぐオスのタテゴトアザラシ「タイラー」。ダイアンの父親だ(22年7月、筆者撮影)zoom
△ニューファンドランド・メモリアル大学の水産研究施設の水槽で泳ぐオスのタテゴトアザラシ「タイラー」。ダイアンの父親だ(22年7月、筆者撮影)

 ▽食用以外に成長可能性があるのは…
 水族館などで飼育され、愛らしいアザラシに対しては動物愛護団体などから駆逐に反対する声が出ることも想定される。しかし、食物連鎖が崩れてアザラシが増えすぎたことで水産資源が危機に瀕し、カナダ東部の生活者の食卓や漁業関係者の暮らしを脅かす恐れがある。そのような事態を避けるために、背に腹は代えられないとして駆逐したアザラシを有効活用する「市場開拓」を検討する動きが加速することも想定される。
 今後のアザラシ駆逐の可能性を踏まえて「食用のほかにも成長の可能性があり、手ぐすねを引いて待っている産業がある」と耳にした。それは動物愛護団体などから批判の的にされてきた毛皮産業だ。
 毛皮産業の業界団体、カナダ毛皮協会のダグ・チアソン事務局長は「制御されていないアザラシの個体数は、私たちの海とそれに依存する地域の健全性を脅かしている。アザラシは私たちの水産業の持続可能性を脅かし、生物多様性を脅かし、魚資源の立て直しも脅かしている」との声明を出した。
 風が吹けば桶屋がもうかる、ということだろうか。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【16】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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