旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年8月13日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

米国版リニア中央新幹線への“隠し球”!? 米国屈指の犯罪都市ボルティモア【12】

△山梨リニア実験線で使われた試験用車両「L0(エルゼロ)系」(山梨県で筆者撮影)zoom
△山梨リニア実験線で使われた試験用車両「L0(エルゼロ)系」(山梨県で筆者撮影)

 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【11】」からの続き)
 JR東海が技術を無償供与し、アメリカ(米国)の首都ワシントンとメリーランド州ボルティモアの間に最高時速が500キロに上る「夢の超特急」の超電導リニアを建設する場合、事業費は100億~120億ドル(約1兆1100億~1兆3300億円)程度に上ると試算されている。経済規模が限られ、米国の人口2万5千人以上の都市で凶悪犯罪発生率4位のボルティモアとの間に最先端輸送手段を導入する必要性に疑問符が付き、1兆円を超える投資に見合うだけの経済効果は到底見込めない。しかし、関係筋は「もっと大きな狙いが秘められている」と“隠し球”を打ち明けた。

△米国の超電導リニア構想でメリーランド州ボルティモアの駅を設ける候補の一つ、カムデン・ヤーズ(筆者撮影)zoom
△米国の超電導リニア構想でメリーランド州ボルティモアの駅を設ける候補の一つ、カムデン・ヤーズ(筆者撮影)

 ▽リニアの本命は…
 「確かにワシントンとボルティモアと結ぶだけでは超電導リニアの効果は限られる。しかし、本命はその先のニューヨークまで結ぶことだ。1時間以内で米国の主要都市を移動できるようになれば経済効果は計り知れない」。
 米国の超電導リニア構想に携わってきたキーパーソンは、私の“直球”の問い掛けに苦笑しながら答えた。私は「寂れているボルティモアと結んでも超電導リニアを建設する効果は限られると思うのですが」と尋ねたのだ。もしも首都ワシントンと主要都市のニューヨークを結ぶことになれば、「米国版リニア中央新幹線」と呼ぶべき壮大な構想となる。
 私が聞いた内容は、1987年の日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化を推進した「国鉄改革3人組」の1人で、JR東海の社長と会長を計19年弱、取締役を33年間務めた葛西敬之名誉会長が会長在任中の2014年に産経新聞社のインタビューで「第一歩としてワシントンDC-ボルティモア間での超電導リニアの導入を働きかけている。ワシントンDC-ニューヨーク間は米国の心臓部のような地域。ここが超電導リニアで結ばれれば一つのメガロポリスとして統合され、米国の21世紀の経済的飛躍の基盤となり、米国人の生活スタイルも大きく変わるだろう」と力説しているのが裏付ける。

△米国の超電導リニア構想でメリーランド州ボルティモアの駅を設ける候補の一つ、チェリーヒルの周辺(筆者撮影)zoom
△米国の超電導リニア構想でメリーランド州ボルティモアの駅を設ける候補の一つ、チェリーヒルの周辺(筆者撮影)

 ▽日本政府も8億円の調査費を拠出
 安倍晋三前首相と近いことで知られる葛西氏をはじめとするJR東海側は、米国側にワシントン―ボルティモア間の超電導リニアを売り込んできた。かくして2015年11月に来日した米国のアンソニー・フォックス運輸長官は山梨リニア実験線(山梨県)で試験車両「L0(エルゼロ)系」に試乗後、メリーランド州が申請していたワシントン―ボルティモア間の調査に2780万ドル(約30億円)の予算が認められたことを明らかにした。
 約60キロ離れたワシントンとボルティモアを15分で結ぶ構想に関し、メリーランド州などが環境評価などの調査を進めている。ワシントンでは地下鉄「ワシントンメトロ」のイエローライン(黄線)、グリーンライン(緑線)と接続するマウントバーノン広場を起点とし、ボルティモアでは中心部のカムデン・ヤーズまたは南にあるチェリーヒルに駅を設けることを検討している。
 調査費として日本政府も約8億円を拠出している。それだけに、タックスペイヤーである日本国民にとっても米国の超電導リニア構想の行方は決して他人事ではない。

△アムトラックの高速列車「アセラ」(メリーランド州で筆者撮影)zoom
△アムトラックの高速列車「アセラ」(メリーランド州で筆者撮影)

  ▽「アムトラック・ジョー」は追い風?
 今年1月に就任したジョー・バイデン大統領は連邦議会の上院議員時代の36年間にわたり、住居がある東部デラウェア州ウィルミントンとワシントンの間を往復約3時間かけて全米鉄道旅客公社(アムトラック)で通勤していたため「アムトラック・ジョー」の愛称を持つ。
 バイデン政権は成長戦略の柱として、経済成長と雇用創出に向けて鉄道を含めたインフラ投資計画を進める方針だ。バイデン氏は鉄道に理解があるだけに、日本政府関係者は「超電導リニア構想にとっても追い風になる可能性がある」と期待する。
 ところが、そんな期待感とは裏腹に「バイデン氏のアムトラックとの蜜月ぶりが裏目に出る可能性がある」(鉄道業界関係者)との見方も浮上している。
 というのも、アムトラックのトップ、ウィリアム・フリン最高経営責任者(CEO)が超電導リニア構想に「少数の裕福な旅行者にしか利益をもたらさない」などと強く反発しているのだ。アムトラックはワシントン―ボストンを結ぶ主要路線「北東回廊」が収益源となっており、競合する超電導リニアができれば死活問題になりかねない。

△ニューヨークの地下鉄駅にあったボルティモア訪問を呼び掛けるポスターと筆者zoom
△ニューヨークの地下鉄駅にあったボルティモア訪問を呼び掛けるポスターと筆者

 ▽アムトラックのトップが反対
 フリン氏は今年5月6日の連邦議会下院の公聴会で「リニアの建設は高速鉄道を新たに建設したり、既存鉄道路線を高速化したりするよりはるかに費用がかかる」と問題点を指摘。また、メリーランド州でリニア建設による環境破壊を批判し、反対の署名を集めている住民グループがいることなどを背景に「人口密集地域を通るリニアの建設もはるかに環境を破壊するだろう」との見解を示し、「リニアはアムトラックの列車ほどエネルギー効率が良くない」として超電導リニアよりもアムトラックに投資することの優位性を訴えた。
 アムトラックは北東回廊の中心となるワシントン―ニューヨーク間で高速列車「アセラ」を走らせており、旅客シェアで航空便を上回る“ドル箱”となっている。アムトラックは他の路線の赤字を北東回廊の黒字だけでは埋められないため、連邦政府や州の補助金で賄って経営を維持している。
 この区間に超電導リニアを導入すればアムトラックの乗客を奪い、アムトラックの収益源が奪われて補助金を上積みさせるリスク要因となろう。さらに、建設するとなれば莫大な投資を必要とし、地元住民や競合相手トップから持続可能な開発目標(SDGs)に反する環境破壊を問題視されている超電導リニア構想を連邦政府がこぞって推進するとは考えにくい。
 アムトラックが反対している中で、バイデン政権がもろ手を挙げて賛成することも考えてにくい。バイデン氏は今年4月30日に開催した開業50周年の記念式典に駆け付け、上院議員時代の通勤時に乗務員らと親交を深めて「アムトラックは私に新たな家族をくれた」と強調していた。

△ボルティモアの市街地(筆者撮影)zoom
△ボルティモアの市街地(筆者撮影)

 ▽リニア中央新幹線は手本にならず
 しかも、本来ならば超電導リニア構想の手本となるべき日本の東京・品川と名古屋を結ぶリニア中央新幹線が暗礁に乗り上げているのも逆風だ。計画していた2027年の開業が絶望的になり、一体いつになれば実現するのか見通せない。
 というのも、静岡県の川勝平太知事は大井川の水資源の問題などを懸念し、静岡県内でのトンネル工事を認めない姿勢を示している。川勝氏は今年6月20日投開票の県知事選で大勝して4選を決めており、いつになれば静岡県内で着工できるのかは見通せない。
 リニア中央新幹線は東京・品川―名古屋間の285・6キロのうち86%がトンネル区間を占めるが、建設自体がトンネルから抜け出せずにお先真っ暗になってしまっているのは皮肉だ。米国の首都ワシントンと主要都市ニューヨークをつなぐ米国版リニア中央新幹線の実現を夢見て、まずはワシントン―ボルティモア間を建設する壮大な構想も夢物語で終わりかねない。
 さて、本シリーズ「米国屈指の犯罪都市ボルティモア」ではメリーランド州運輸局が所管する路線バス、次世代型路面電車(LRT)でボルティモアを巡ったが、実は3本柱の一つをまだご紹介できていない。その公共交通機関に乗り込むべく、私は米国の人口2万5千人以上の都市で凶悪犯罪発生率4位の都市へ再び向かった…。
 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【13】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
risvel facebook