旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年8月7日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

事業費1兆円超えのリニア構想、可能性は? 米国屈指の犯罪都市ボルティモア【11】

△米国メリーランド州を走るアムトラックの列車(筆者撮影)zoom
△米国メリーランド州を走るアムトラックの列車(筆者撮影)

 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【10】」からの続き)
 リニア中央新幹線(東京・品川―名古屋間)の建設を進めるJR東海が技術を無償供与し、アメリカ(米国)の首都ワシントンとメリーランド州ボルティモア市の間に超電導リニアを建設する場合に事業費は100億~120億ドル(約1兆1100億~1兆3300億円)程度に上ると試算されている。最高時速500キロで走る「夢の超特急」の実現の可能性はどこまであるのだろうか。また、米国で凶悪犯罪発生率4位のボルティモアと結ぶことによる経済効果はどこまで見込めるのだろうか。

△山梨リニア実験を駆ける試験用車両「L0(エルゼロ)系」(山梨県で筆者撮影)zoom
△山梨リニア実験を駆ける試験用車両「L0(エルゼロ)系」(山梨県で筆者撮影)

 ▽到達時間は4分の1に
 ワシントンとボルティモアを結ぶリニアの構想によると、約60キロ離れた両都市を15分で結ぶことを目指している。ワシントンでは地下鉄「ワシントンメトロ」のイエローライン(黄線)、グリーンライン(緑線)と接続するマウントバーノン広場を起点とし、ボルティモアでは中心部のカムデン・ヤーズまたは南にあるチェリーヒルに駅を設けることを検討している。
 私が利用したメリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」のペン線はワシントン・ユニオン駅とボルティモア中心部のペン駅を1時間程度で結んでいるため、所要時間は約4分の1に短縮される。
 また、リニアはボルティモア・ワシントン国際空港(BWI空港)の付近に中間駅を設ける計画だ。実現すればボルティモアと5分程度で、ワシントンと10分程度でそれぞれつなぐことが可能になりそうだ。

△JR東海が掲示していた超電導リニアが浮上走行する説明文zoom
△JR東海が掲示していた超電導リニアが浮上走行する説明文

 ▽LCC利用者がリニア選ぶ?
 ただ、BWI空港の利用者の多くを占めるのは、ハブ(拠点)空港としている米国格安航空会社(LCC)大手、サウスウエスト航空の搭乗客だ。ワシントン中心部に近いロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港に比べると一般的に航空券が割安なため、利用者をひきつけている。
 このようにBWI空港の利用者には、節約意識が高い消費者が多いと言えよう。にもかかわらず、ボルティモア中心部から30分弱で結んでいる次世代型路面電車(LRT)やMARCペン線、全米鉄道旅客公社(アムトラック)、またはワシントン・ユニオン駅と30~35分程度でつなぐMARCペン線やアムトラックの列車を振り切り、時間を節約するために運賃が高くなるのが確実なリニアを選ぶだろうか?

△山梨リニア実験線の区間(山梨県で筆者撮影)zoom
△山梨リニア実験線の区間(山梨県で筆者撮影)

 ▽ボルティモアへの目的は?
 それでは首都ワシントンと15分で結ぶ場合、ボルティモアは人を呼び込む磁力のある目的地となるのだろうか。2019年7月時点の推計人口が59万3490人(商務省調べ)の中堅都市なのを考えると、需要がどこまであるのかは疑問だ。
 一方、片道15分ならば手軽な通勤圏内になる。ワシントンに集まっている政府機関の職員らがボルティモアに居を構える可能性はあるのだろうか。運輸業界関係者に尋ねると、万が一リニアが開業しても「ボルティモアは治安が悪く、空洞化して街が活気を失っているといった課題が解決されない限り、住みたいという需要は限られるだろう」との見方を示した。
 不動産情報サイト「ネイバーフッド・スカウト」が米国の人口2万5千人以上の都市を対象にした「米国で最も危険な都市」の2021年のランキングで4位となった。
 住民1千人当たりの殺人や強盗といった凶悪犯罪の発生率が19・0件と、住民の53人のうち1人が凶悪事件に巻き込まれる恐れがある計算になる。これはメリーランド州全体の4・54件を大きく上回る。私たちが暮らす上での生命線と言える治安問題が影を落とし、ボルティモアは住宅地としての魅力が乏しいと言わざるを得ない。

シャッターが閉まり、落書きされた店舗跡が目立つボルティモア中心部(筆者撮影)zoom
シャッターが閉まり、落書きされた店舗跡が目立つボルティモア中心部(筆者撮影)

 ▽集客力ある観光名所は限定的
 ボルティモアは集客力のある観光名所も限られている。確かに中心部のインナーハーバー地区に見どころがあり、野球の大リーグアメリカン・リーグに所属する球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」は存在感がある。
 また、インド太平洋地域などに生息する夜行性のサメのトラフザメなどを飼育している国立水族館、恐竜の骨格などを見られるメリーランド科学館などもある。しかし、これらの多くはメリーランド州民が日帰りで訪れる観光施設だ。マイカーや、現在走っている公共交通機関で訪れることができるため、ワシントンからリニアで乗り込む必要性は乏しい。

△「カムデン・ヤーズ」と行き先表示に記したボルティモアのLRT(筆者撮影)zoom
△「カムデン・ヤーズ」と行き先表示に記したボルティモアのLRT(筆者撮影)

 ▽背後に「もっと大きな狙い」
 こうして検証すると必要性に疑問が生じ、1兆円を超える投資に見合うだけの経済効果が見られないのがワシントン―ボルティモアのリニア構想だ。
しかし、関係筋は「もっと大きな狙いが秘められている」と打ち明ける。果たしてどのような“隠し球”があるのだろうか!?
 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【12】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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