(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【4】」からの続き)
アメリカ(米国)で凶悪犯罪発生率4位の都市、メリーランド州ボルティモアの市街地で路線バスを下車し、ボルティモア・ペン駅へ向かう次世代型路面電車(LRT)に乗り換えようとしたところ「あと1時間半後まで来ないよ」と係員に告げられた。だが、その一言で東京・品川―名古屋間の2027年開業が事実上不可能になったJR東海のリニア中央新幹線の技術を、首都ワシントンとボルティモアの間に導入する構想を検証する突破口が開かれた―。
▽メリーランド州なのにペンシルベニア駅
私が向かおうとしていたペン駅では全米鉄道旅客公社(アムトラック)の主要路線「ノースイーストコリダー(北東回廊)」と、往路で利用したメリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」ペン線と接続しており、いずれかに乗り換えれば首都ワシントンのユニオン駅への帰路に就くことができる。
このペン駅の正式名称は「ペンシルベニア駅」だ。ボルティモアはメリーランド州にあるのに、なぜ別の州の「ペンシルベニア」を名乗っているのか不思議に思われるかもしれない。
ボルティモア・ペン駅に乗り入れているアムトラックの前身には、かつて米国最大の私鉄だったペンシルベニア鉄道が含まれる。ペンシルベニア鉄道の駅を同じ都市の別の鉄道駅と区別するため、東部のニューヨーク、ニュージャージー州ニューアーク、ボルティモアといった都市の発着駅を「ペンシルベニア駅」と名付けた。
ニューヨークにはペン駅と並ぶ拠点駅にグランドセントラル駅がある。この駅名はかつてニューヨークセントラル鉄道のターミナルだったことに由来する。ボルティモアも、今は貨物鉄道のCSXトランスポテーションの一部となっている旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道の拠点駅が異なる場所にあった。このことは後述する。
一方、首都ワシントンのように複数の鉄道会社が共同で使うために設置した駅は「ユニオン駅」と名付けられた。
▽「一部運休中」
ただ、路線バスをファイエット通り・ハワード通り停留所で降り、時刻表に土曜日ならば日中に15分ごとに走っていると記されていたペン駅方面へ北上するLRTは「一部運休中のため1時間半後まで来ない」という。
係員は「向こうの通りから代行バスが出ているよ」と教えてくれたが、せっかくボルティモアを訪れただけにLRTに乗車したい。ふと、「一部運休」という言葉が気になり、「BWI空港へ南下する電車は乗れるのですか?」と尋ねた。
ボルティモア・ワシントン国際空港(BWI空港)の近くにはアムトラック北東回廊とMARCペン線の列車が停車する駅があるため、乗り換えてワシントンへの帰路に就けると考えたのだ。しかもワシントンとボルティモアの間に超電導リニアを建設する場合、BWI空港の近くに中間駅を設ける計画だ。「リニアを知る近道は路面電車」とばかりに、リニアで結ぶことが検討されている区間を路面電車で通ることにした。
▽大リーグの本拠地へ
すると係員は「球場の所にある停留所から電車に乗れるので、ここから南へ歩いていきなさい。徒歩15分ほどの場所にある」と教えてくれた。私は礼を言ってLRTの線路に沿った歩道を進み、古めかしいビルが林立する中を南下した。
球場とはボルティモア市民、および私を含めたメリーランド州民の多くが誇る大リーグアメリカン・リーグに所属する球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」だ。球場があるインナーハーバー地区は親子連れや観光客も多く訪れる地域で、「ボルティモアの安全地帯」(地元住民)と受け止められている。
球場のインド太平洋地域などに生息する夜行性のサメのトラフザメなどを飼育している国立水族館、恐竜の骨格などを見られるメリーランド科学館、会議や展示会に使われるボルティモア・エクシビション・センターなどがある。
▽「安全地帯」を避ける理由
しかし、今回の旅行は「米国屈指の犯罪都市」をテーマに巡っているため、コンセプトに反する「安全地帯」はパスすることにした。もしも私がいきなり水族館の水槽の中をサメが泳ぎ回る様子を描写したり、科学館を訪れて「巨大な恐竜が地上を勢いよく駆けていく姿をまぶたに浮かべた」と綴ったりすれば、読んでくださっている皆様は当惑するに違いない…。
また、グルメ情報が充実した旅行サイト「リスヴェル」の愛読者の皆様からは「この旅行記には食の話題が全く出てこないではないか!」とお叱りを受けるかもしれない。もちろん、私はグルメ情報を避けているわけでは全くない。
例えば2018年にカナダ東部のプリンス・エドワード島や同国第2の都市モントリオールなどを旅行した連載「隠れた鉄道王国カナダ」、全10回)は、VIA鉄道の寝台列車「オーシャン」の食堂車で出てきたメニューをご紹介している。ただ、今回は治安が良くない場所を旅行するため妻子は連れておらず、1人で手軽に入れる飲食店となるとファストフード店など選択肢が限られる。先を急ぐこともあり、今回は昼食を抜いた。
▽電車が不覚にも…
歩いて約15分、インナーハーバー地区のオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズに着いた。この隣には旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道の拠点駅の駅舎だったれんが造りの建物がそびえ立つ。
だが、現在この地を発着している旅客列車はLRTと、ワシントンのユニオン駅と結ぶMARCカムデン線だけだ。MARCカムデン線は通勤利用だけを想定したダイヤで、訪れた土曜および休日は運休しており、平日もワシントンへ向かう列車は朝だけにしか走らない。
ボルティモア・オリオールズの試合開催日などを除いて閑散とした鉄道駅の様子と比べると、松尾芭蕉の俳句「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」が口をついて出てくる。
LRTのカムデン・ヤーズ停留所のプラットホームに目を向けると、白と水色で装飾した電車が止まっている。先頭の行き先表示に何も記されていなかったため回送電車だと早合点し、外観の写真を撮っていた。
すると、目指すBWI空港がある南へ向かって電車が動き出した。先ほどは何も記されていなかった行き先表示に「AIRPORT(エアポート)」と記されている。しまった、不覚にものんびりと撮影しているうちに目的地のBWI空港へ行く列車を逃してしまった。
その後も私は立て続けに、行き先がよく分からない電車に翻弄されることになる…。
(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【6】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)