旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年6月28日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

リニアを知る近道は路面電車!? 米国屈指の犯罪都市ボルティモア【5】

△先頭部の行き先に「カムデン・ヤーズ」と記したボルティモアの次世代型路面電車(LRT)=メリーランド州(筆者撮影)zoom
△先頭部の行き先に「カムデン・ヤーズ」と記したボルティモアの次世代型路面電車(LRT)=メリーランド州(筆者撮影)

(「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【4】」からの続き)
 アメリカ(米国)で凶悪犯罪発生率4位の都市、メリーランド州ボルティモアの市街地で路線バスを下車し、ボルティモア・ペン駅へ向かう次世代型路面電車(LRT)に乗り換えようとしたところ「あと1時間半後まで来ないよ」と係員に告げられた。だが、その一言で東京・品川―名古屋間の2027年開業が事実上不可能になったJR東海のリニア中央新幹線の技術を、首都ワシントンとボルティモアの間に導入する構想を検証する突破口が開かれた―。

△ニューヨークの玄関口の一つ、ペン駅の構内(筆者撮影)zoom
△ニューヨークの玄関口の一つ、ペン駅の構内(筆者撮影)

 ▽メリーランド州なのにペンシルベニア駅
 私が向かおうとしていたペン駅では全米鉄道旅客公社(アムトラック)の主要路線「ノースイーストコリダー(北東回廊)」と、往路で利用したメリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」ペン線と接続しており、いずれかに乗り換えれば首都ワシントンのユニオン駅への帰路に就くことができる。
 このペン駅の正式名称は「ペンシルベニア駅」だ。ボルティモアはメリーランド州にあるのに、なぜ別の州の「ペンシルベニア」を名乗っているのか不思議に思われるかもしれない。
 ボルティモア・ペン駅に乗り入れているアムトラックの前身には、かつて米国最大の私鉄だったペンシルベニア鉄道が含まれる。ペンシルベニア鉄道の駅を同じ都市の別の鉄道駅と区別するため、東部のニューヨーク、ニュージャージー州ニューアーク、ボルティモアといった都市の発着駅を「ペンシルベニア駅」と名付けた。
 ニューヨークにはペン駅と並ぶ拠点駅にグランドセントラル駅がある。この駅名はかつてニューヨークセントラル鉄道のターミナルだったことに由来する。ボルティモアも、今は貨物鉄道のCSXトランスポテーションの一部となっている旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道の拠点駅が異なる場所にあった。このことは後述する。
 一方、首都ワシントンのように複数の鉄道会社が共同で使うために設置した駅は「ユニオン駅」と名付けられた。

△ボルティモアのカムデン・ヤーズにある旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道駅舎(筆者撮影)zoom
△ボルティモアのカムデン・ヤーズにある旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道駅舎(筆者撮影)

▽「一部運休中」
 ただ、路線バスをファイエット通り・ハワード通り停留所で降り、時刻表に土曜日ならば日中に15分ごとに走っていると記されていたペン駅方面へ北上するLRTは「一部運休中のため1時間半後まで来ない」という。
 係員は「向こうの通りから代行バスが出ているよ」と教えてくれたが、せっかくボルティモアを訪れただけにLRTに乗車したい。ふと、「一部運休」という言葉が気になり、「BWI空港へ南下する電車は乗れるのですか?」と尋ねた。
 ボルティモア・ワシントン国際空港(BWI空港)の近くにはアムトラック北東回廊とMARCペン線の列車が停車する駅があるため、乗り換えてワシントンへの帰路に就けると考えたのだ。しかもワシントンとボルティモアの間に超電導リニアを建設する場合、BWI空港の近くに中間駅を設ける計画だ。「リニアを知る近道は路面電車」とばかりに、リニアで結ぶことが検討されている区間を路面電車で通ることにした。

△ボルティモア・オリオールズの本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」(筆者撮影)zoom
△ボルティモア・オリオールズの本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」(筆者撮影)

 ▽大リーグの本拠地へ
 すると係員は「球場の所にある停留所から電車に乗れるので、ここから南へ歩いていきなさい。徒歩15分ほどの場所にある」と教えてくれた。私は礼を言ってLRTの線路に沿った歩道を進み、古めかしいビルが林立する中を南下した。
 球場とはボルティモア市民、および私を含めたメリーランド州民の多くが誇る大リーグアメリカン・リーグに所属する球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」だ。球場があるインナーハーバー地区は親子連れや観光客も多く訪れる地域で、「ボルティモアの安全地帯」(地元住民)と受け止められている。
 球場のインド太平洋地域などに生息する夜行性のサメのトラフザメなどを飼育している国立水族館、恐竜の骨格などを見られるメリーランド科学館、会議や展示会に使われるボルティモア・エクシビション・センターなどがある。

△球場の入り口にはボルティモア出身の大スター、ベーブ・ルースの銅像も(筆者撮影)zoom
△球場の入り口にはボルティモア出身の大スター、ベーブ・ルースの銅像も(筆者撮影)

 ▽「安全地帯」を避ける理由
 しかし、今回の旅行は「米国屈指の犯罪都市」をテーマに巡っているため、コンセプトに反する「安全地帯」はパスすることにした。もしも私がいきなり水族館の水槽の中をサメが泳ぎ回る様子を描写したり、科学館を訪れて「巨大な恐竜が地上を勢いよく駆けていく姿をまぶたに浮かべた」と綴ったりすれば、読んでくださっている皆様は当惑するに違いない…。
 また、グルメ情報が充実した旅行サイト「リスヴェル」の愛読者の皆様からは「この旅行記には食の話題が全く出てこないではないか!」とお叱りを受けるかもしれない。もちろん、私はグルメ情報を避けているわけでは全くない。
 例えば2018年にカナダ東部のプリンス・エドワード島や同国第2の都市モントリオールなどを旅行した連載「隠れた鉄道王国カナダ」、全10回)は、VIA鉄道の寝台列車「オーシャン」の食堂車で出てきたメニューをご紹介している。ただ、今回は治安が良くない場所を旅行するため妻子は連れておらず、1人で手軽に入れる飲食店となるとファストフード店など選択肢が限られる。先を急ぐこともあり、今回は昼食を抜いた。

△「エアポート」の行き先を示しながらカムデン・ヤーズ停留所を出発するLRT電車(筆者撮影)zoom
△「エアポート」の行き先を示しながらカムデン・ヤーズ停留所を出発するLRT電車(筆者撮影)

 ▽電車が不覚にも…
 歩いて約15分、インナーハーバー地区のオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズに着いた。この隣には旧ボルティモア・アンド・オハイオ鉄道の拠点駅の駅舎だったれんが造りの建物がそびえ立つ。
 だが、現在この地を発着している旅客列車はLRTと、ワシントンのユニオン駅と結ぶMARCカムデン線だけだ。MARCカムデン線は通勤利用だけを想定したダイヤで、訪れた土曜および休日は運休しており、平日もワシントンへ向かう列車は朝だけにしか走らない。
 ボルティモア・オリオールズの試合開催日などを除いて閑散とした鉄道駅の様子と比べると、松尾芭蕉の俳句「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」が口をついて出てくる。
 LRTのカムデン・ヤーズ停留所のプラットホームに目を向けると、白と水色で装飾した電車が止まっている。先頭の行き先表示に何も記されていなかったため回送電車だと早合点し、外観の写真を撮っていた。
 すると、目指すBWI空港がある南へ向かって電車が動き出した。先ほどは何も記されていなかった行き先表示に「AIRPORT(エアポート)」と記されている。しまった、不覚にものんびりと撮影しているうちに目的地のBWI空港へ行く列車を逃してしまった。
 その後も私は立て続けに、行き先がよく分からない電車に翻弄されることになる…。
 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【6】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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