旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年5月30日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「米国で最悪」とトランプ氏批判の街、リニアは来る? 米国屈指の犯罪都市ボルティモア【1】

△ボルティモア市内を走る全米鉄道旅客公社(アムトラック)の列車(筆者撮影)zoom
△ボルティモア市内を走る全米鉄道旅客公社(アムトラック)の列車(筆者撮影)

 東京・品川と名古屋の間でリニア中央新幹線の建設を進めているJR東海の技術を導入し、アメリカ(米国)で超電導リニア技術を走らせることが検討されている。首都ワシントンと結ぶことが検討されているのは米国屈指の犯罪都市、ボルティモア市だ。ドナルド・トランプ前大統領が「米国で最悪」との烙印(らくいん)を押したボルティモアはどのような都市で、果たして超電導リニアという「夢物語」の舞台にふさわしいのだろうか?その実態を探るべく、現地を訪れた。

△球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」(筆者撮影)zoom
△球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」(筆者撮影)

 ▽凶悪犯罪発生率で米国4位
 ワシントンから約56キロ北東にあるボルティモアは、米国南部で採れたタバコの輸出を足掛かりに発展した港湾都市だ。米国商務省によると2019年7月時点の推計人口は59万3490人で、ワシントンに隣接するメリーランド州で最大の人口を抱える。人口の62・7%を黒人が占め、非中南米系の白人が27・7%、中南米系が5・7%、アジア系が2・7%などとなっている。
 米国大リーグのアメリカン・リーグに所属する球団「ボルティモア・オリオールズ」の本拠地の球場「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」があり、試合開催時には大勢のファンが押し寄せる。
 一方、不動産情報サイト「ネイバーフッド・スカウト」は、米国の人口2万5千人以上の都市を対象にした「米国で最も危険な都市」の2021年のランキングで4位となった犯罪都市という側面がある。住民1千人当たりの殺人や強盗といった凶悪犯罪の発生率が19・0件と、住民の53人のうち1人が凶悪事件に巻き込まれる恐れがある計算になる。これは私も住んでいるメリーランド州全体の4・54件を大きく上回る。
 ボルティモア近郊に住む米国人も「ボルティモアの中心部は銃の発砲事件や殺人も日常茶飯事で、物騒なのでできるだけ近づかないようにしている」と打ち明ける。
 私が勤務先のニューヨーク支局に駐在中だった15年4月には、ボルティモアで刃物を持っていた黒人男性が白人警察官に身柄を取り押さえられた際に脊髄を損傷し、拘留中に亡くなった事件を契機に大規模な暴動が発生。パトカーが破壊されたり、放火されたりし、一時は非常事態宣言が出されて州兵を投入する騒ぎとなった。

△風格のあるボルティモア市庁舎(筆者撮影)zoom
△風格のあるボルティモア市庁舎(筆者撮影)

 ▽「吐き気がする場所」とトランプ氏
 ボルティモアが犯罪都市となった背景には、産業の衰退で中心部から人口が流出し、貧困層が多く住むスラム街となった事情がある。米国商務省の統計によると、メリーランド州は19年の中間世帯年収は8万6738ドル(約945万円)と50州で首位だ。にもかかわらず、ボルティモアに限ると15~19年平均の中間世帯年収で5万379ドルにとどまり、これは米国全体の6万2843ドルを下回る。
 トランプ氏は大統領在任中の19年7月にボルティモアを「米国で最悪と受け止められている」「ネズミや齧歯(げっし)類はびこり、吐き気がする場所だ」などと吐き捨てた。その背景には、当時連邦議会下院議員としてトランプ氏の疑惑を厳しく追及していた黒人のイライジャ・カミングス氏(民主党所属、19年10月死去)の選挙区だったという事情がある。
 カミングス氏はトランプ陣営が関与したとされる16年の大統領選挙のロシア介入疑惑や、トランプ氏が拒否していた納税申告書の開示を強く要求していた。白人至上主義のトランプ支持者が「ホワイトパワー(白人の力)」と訴える動画を短文投稿サイト「ツイッター」で一時シェアするなど人種差別的な発言や行動が目立ったトランプ氏は、自身を厳しく追及する黒人議員への憎悪を募らせて「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」とばかりに選挙区のボルティモアまでも標的にしたようだ。

△ボルティモア中心部は、多くの路線バスが行き交う(筆者撮影)zoom
△ボルティモア中心部は、多くの路線バスが行き交う(筆者撮影)

 ▽歴代大統領で初の起訴ならば再評価も
 歴代大統領が開示してきた納税申告書をトランプ氏が拒否していた背景には不動産価格を不正に計上し、税金などで優遇措置を受けていたとの疑惑がある。連邦最高裁判所は21年2月22日、トランプ氏に対して納税申告書を含めた財務記録を東部ニューヨーク州の検察当局に提出するように命じる判決を出した。
 5月25日の米有力紙ワシントン・ポスト(電子版)は、ニューヨーク州の検察当局はトランプ氏や関連企業を起訴するかどうか決めるための大陪審を招集したと報道。検察当局はトランプ側の犯罪の証拠を見つけ、自信を深めていると伝えられている。
 もしもトランプ氏を歴代大統領で初めて起訴に導くことができれば、疑惑に対して果敢に立ち向かってきたカミングス氏を顕彰する声が高まるのではないか。さらに、「反トランプ」のリベラルな人物を国政に送り出したボルティモアの民意も再評価されよう。

△MARCペン線ウエストボルティモア駅近くの市街地(筆者撮影)zoom
△MARCペン線ウエストボルティモア駅近くの市街地(筆者撮影)

 ▽首都から近郊鉄道で45分
 さて、ネイバーフッド・スカウトの21年のランキングで4位のボルティモアを上回った都市をみると、首位が中西部ミシガン州デトロイト、2位が中西部ミズーリ州セントルイス、3位が南部テネシー州メンフィスだ。私は3位のメンフィス以外は訪れたことがあり、幸いにも全く犯罪に巻き込まれたことはない。
 これらの都市に共通しているのは、有色人種が白人に比べて多いという点だ。その一員のアジア系である私は比較的溶け込みやすい。また、夜間の単独行動を避けたり、多額の金品を持ち歩かなかったりと注意を払えば犯罪被害を防げると受け止めている。
 もちろんマスクを引き続き着用してはいるものの、新型コロナウイルスワクチンの接種を完了したのも安心材料だ。そこで5月の休日に、メリーランド州運輸局が所管する近郊鉄道「MARC」(本連載「アメリカの首都で『道草』【上】」参照)のペン線にワシントンの玄関口、ユニオン駅を午前中に出発する列車に乗り込んだ。

△MARCペン線の列車。機関車の後ろに連結されているステンレス製2階建て客車は川崎重工業製。奥に壁面に落書きされているれんが造りの廃墟が見える(筆者撮影)zoom
△MARCペン線の列車。機関車の後ろに連結されているステンレス製2階建て客車は川崎重工業製。奥に壁面に落書きされているれんが造りの廃墟が見える(筆者撮影)

  ▽「本当に良かった?」
 機関車が川崎重工業製のステンレス製2階建て客車を引いた列車は、全米鉄道旅客公社(アムトラック)も併走する線路を進み、約45分後に目的地のウエストボルティモア駅に着いた。駅前に路線バスが発着するロータリーがあり、市街地へ向かうのに便利だと思ったためこの駅を選んだ。
 降り立った駅のプラットホームは、客車2両分しか停車できない簡素な構造だ。駅の隣ではれんが造りの建物が廃墟と化しており、壁面は落書きだらけだ。
 「ここで降りて本当に良かったのか?」と疑問を抱いた次の瞬間、出発を知らせる機関車の警笛が鳴り響いて列車が動き出した。女性の乗務員が「安全な旅を!」と笑顔で声を掛けてくれたが、どこか不安そうな表情が垣間見えた。懸念を持たれても不思議ではないことは、2台のパトカーが屋根の上にある赤色と青色のランプを光らせながらロータリーに止まっていることが物語っていた…。
 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【2】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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