<「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第9回」からの続きです)
カナダ第2の都市、モントリオールの繁華街にあるルシエン・ラリエー駅で地下鉄を降りて地上に出ると、超高層ビルが林立する大都会の“エアポケット”のようにのんびりとした空間が目の前に広がった。この空間こそ、私が向かおうとしている目的地への重要な一歩を記す舞台なのだ―。
▽自動券売機もないローカル線の雰囲気
次々と列車が到着しては利用客が乗り降りし、終日賑わっているモントリオール地下鉄のルシエン・ラリエー駅。しかし、5分ほど歩いて到着した同名の駅は、打って変わって人けもまばらなローカル線のような風情の駅なのだ。ここは近郊の住宅地を結ぶ都市圏交通ネットワーク(愛称Exo)の6路線のうち3路線が発着するモントリオールの玄関口なのだが、朝の通勤ラッシュが終わった駅は大都会の片隅にあるとは思えない静けさだ。
私が乗ることにしたのは、この駅と終点のキャンディアック駅までの25・6キロを40分余りで結ぶキャンディアック線。是非訪れたい目的地へ向かうため、終点の二つ手前のサン・コンスタント駅までの切符を片道7カナダドル(約600円)で往復買うことにした。
自動券売機はなく、行列ができた窓口で駅員がフランス語で利用客の話を聞きながら切符を売っている。私もフランス語で目的地を告げて「最寄りの駅はサン・コンスタント駅で正しいですか?」と確認した上で、切符を買った。駅員は私が“いちげんさん”だったのを察知し、「そこにある機械で切符に入札してから乗りなさい」と助言してくれた。
▽午後1時台に最終列車!
乗るのは、午前9時35分発のキャンディアック行き下り列車。驚くのはこの列車が始発で、これを逃すと午後0時20分発の列車まで3時間近く待たなければならないのだ。
というのも、1日9往復しか運転していないという事実だ。しかもサン・コンスタントから戻る最終電車の出発は午後1時27分発だ。かくも不便なダイヤなのは、この路線が「通勤路線」に特化しているからだ。
朝方はモントリオール中心部への通勤客が利用するため、キャンディアックから中心部のルシエン・ラリエーへ向かう上り列車は午前5時台から午前8時台まで7本ある。一方、ルシエン・ラリエーからキャンディアックへの下りは帰宅客向けの午後3時台から午後6時台までの7本を走らせる。
しかし、それ以外の時間帯はほぼ“空白”なのだ。しかも私が訪れた平日は運行しているものの、土曜日と日曜日は通勤客が乗らないため運休しているのだ。
日本一早く最終列車が発車するJR北海道の札沼線の終点、新十津川(北海道新十津川町)は出発する最終列車が午前10時に出発する。出発するのも、到着するのもわずか1日1本ずつ。札沼線のうち新十津川―北海道医療大学(北海道当別町)は2020年5月の廃線を控えており、新十津川駅もその役割を終える。
それに比べればExoキャンディアック線は本数が少なく、週末は運休しても「恵まれた交通インフラ」と受け止めるべきなのだろうか?
▽人けがないホームと超高層ビルのコントラスト
列車に乗り込むために頭端駅の先頭部分にあるルシエン・ラリエー駅舎からプラットホームに出ると、何と屋根が全くない!しかも電車に必要な架線がなく、ディーゼル機関車が客車をけん引する非電化路線なのだ。発車時刻10分前になっても誰もいないホームを先端まで行き、駅舎のほうを振り返ると仰天した。
後方には超高層ビルや高層マンションがそびえ立っており、手前のローカル線の雰囲気の駅と見事なコントラストを描いているのだ。発車時刻が近づいても、現れる乗客の姿はまばらだ。1日当たりの平均利用者数が4900人(2006年)にとどまるキャンディアック線だけのことはある。私が乗り込んだ列車の先頭車両も運転士と私だけの「貸し切り状態」だ。
日本では客車列車の場合、先頭の機関車が客車を引っ張って運行される。ところが、北米では機関車が客車をけん引して終着駅に到着後、折り返す際は後ろになった機関車が客車を押して走るのが一般的だ。
Exoもそうで、機関車がルシエン・ラリエー行きの上り列車で客車を引っ張った後、下り列車は客車を押しながら進んで行く。定刻の9時35分、キャンディアック行きの列車が動き出した。
出発後、列車はぐんぐんと速度を上げる。大都会を走っているのにもかかわらず、次のバンドーム駅までの距離が長いのだ。2駅目のモントリオール・ウエスト(西モントリオール)を出発後に他の2路線と分岐し、しばらく進むと五大湖と大西洋をつなぐ大河、サンローラン川(英語でセントローレンス川)を渡った。
車窓にはやぶのような景色が広がり、乗客がまばらな列車に揺られていると「これが本当にカナダ第2の都市の列車なのか!?」と当惑してしまう。出発から30分後、列車は目的のサン・コンスタントに滑り込んだ。
▽慌てて向かった目的地は…
かくして列車は定刻の10時5分に到着した。だが、モントリオールへ戻るために乗り込むルシエン・ラリエー行きの最終列車が発車するまでの滞在時間は約3時間20分に限られる。慌てて向かった目的地は、カナダ鉄道博物館「エクスポレール」だ。
愛好家団体「VIA鉄道クラブ日本支部」の会員としてうれしかったのが、カナダのVIA鉄道のモントリオールとカナダ東部ハリファックスを結ぶ寝台列車「オーシャン」などをかつて引っ張っていた旧型ディーゼル機関車が屋外に置かれていたことだ。私はこのNゲージも持っており、実物を間近で見られたことに感慨ひとしおだった。
屋内の展示車両も充実しており、貴重な車両に目を見張るばかりだった。カナディアン・パシフィック鉄道(CP)が運行していた蒸気機関車(SL)「2850号機」は、英国王ジョージ6世(1895~1952年)が1939年にカナダを訪問した際に乗った客車のけん引機だ。豪華な造りの展望車に見入ったり、貨物列車に連結されていた車掌車に踏み込んだりと、見学名所に事欠かない博物館だ。惜しむらくは、残り時間はどれだけあるのかと腕時計をにらみながらの滞在になり、後ろ髪を引かれる思いでエクスポレールを後にしなければならなかったことだ。何しろ、最終列車の発車が午後1時27分なのだから…。
▽かめばかむほど味が出るカナダ旅行
エア・カナダの成田空港発モントリオール行き初便への搭乗で幕を開けた今回のカナダ東部への旅行は、期待以上の充実した滞在となった。プリンス・エドワード島での日常から解放されて癒やしを得られた日々、本コラムの性質に似つかわしく“鉄分”補給をVIA鉄道の寝台列車「オーシャン」の乗車、モントリオールでの地下鉄とExoの乗車、エクスポレール訪問。かめばかむほど味が出るスルメイカのように、訪れれば訪れるほど発見と感動があるカナダへの旅行の醍醐味をさらにかみしめることになった素晴らしい紀行となった。
〈連載「隠れた鉄道天国カナダ」完〉
(連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)