旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年2月5日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.7 干し塩ダラを語り尽くす

コッドに塩をして干しあげた「干し塩ダラ」zoom
コッドに塩をして干しあげた「干し塩ダラ」
至福の時間

キャッスル・ヒルにある「ナショナル・ヒストリック・サイト」。ニューファンドランドに旅立つ前、コッドにまつわる多くの資料を読み込んでいた僕にとって、ここで目にした展示の数々はどれもこれも「そうそう、知っている」、または「そうだったのか!」のいずれかだった。

僕が抱いていた想像を確信に変えさせ、疑問に思っていたことは一気に氷解する。ここで過ごした時間は僕にとって、まさに「至福の時間」だった。

まず、僕にいろいろ説明してくれた館長さんが手にしているものが何か分かるだろうか。コッドの頭を落とし、開いて塩をし、干し上げた「干し塩ダラ」だ。海外旅行好きの人なら、これと似たものを見たことがあるかもしれない。ポルトガルの国民料理と言われる「バカリャウ」がそれなのだが、この話も長くなるのでひとまず後回しにしておきたい。

とにかく、ニューファンドランド沖の海には無尽蔵とも思えるほどのコッドがいて、水揚げされたコッドは干し塩ダラに加工された。どこで干されるのか。その疑問は「ナショナル・ヒストリック・サイト」の展示を見てすぐに解決した。僕がフィリップズ・カフェでの朝食の前に歩いたような海岸だ。このあたりの海岸は石ころに覆われているから、コッドを干しても砂が付かない。人間って生き物はとにかく、いろいろなことを考えつくものだ。「必要は発明の母」とは良く言ったものだと改めて思う。
石がごろごろした海岸で干されて「干し塩ダラ」になるzoom
石がごろごろした海岸で干されて「干し塩ダラ」になる
舌や頬を食べるわけ

コッドの身を開き、塩をして干した「干し塩ダラ」を見ていると、別の疑問の答えもおのずから導き出されてくる。ニューファンドランドの名物がなぜ「コッド・タン」なのか、ということだ。

写真から一目瞭然、コッドの身の部分は「商品」だ。だから漁師たちは出荷する商品ではなく、切り落とした頭の一部である「コッド・タン」、正確には喉の部分や、ほほ肉の「コッド・チーク」を食べていたのだ。しかし、僕なんぞはタラの身ならどこででも食べられるので、ニューファンドランドでしか食べられないコッド・タンやコッド・チークにむしろ「ありがたみ」を感じてしまう。また言ってしまおう。僕は冷えたビールとコリコリでゼラチン質のコッド・タンは最高の組み合わせだと思っている。

「ちなみに」、というのが僕の原稿には非常に多いのだが、コッドの身を開く際、取り除かれる内臓のうちで唯一捨てないものがある。それが肝臓だ。世代によって「懐かしい」と思う人と、「何それ?」と怪訝に思う人とに分かれるだろうが、小学校のころに「肝油(かんゆ)」なるものを食べた経験はおありだろうか。

「肝油」とは、主にタラの肝臓の油から作られる栄養食品だ。昭和の時代に小学生だった世代が体にいいからと食べさせられていた「肝油」は、スケトウダラなどの肝臓の油が原料だった。ニューファンドランドでもコッドの肝臓は捨てずにより分けられた。

それにしても、あの頃はなかば強制的に「肝油」を購入させられ、食べさせられていた気がする。僕は学校と業者の癒着があったのではないかと疑っているのだが、それでなくても僕の原稿は脱線が多いのだ、過去の癒着なんぞに深入りしている暇などない。長年にわたる僕のこの疑念については、軽くスルーしておきたい。
コッドのさばき方を解説する展示zoom
コッドのさばき方を解説する展示
樽の意外な使い方

上の写真は「ナショナル・ヒストリック・サイト」のある展示だ。コッドをさばく場面が紹介されている。①の人がコッドの頭を落とす。次に②の人が内臓を取り除くのだが、捨ててしまう内臓は作業台の下に開けられた穴から直接海へ、という工夫が施されている。もちろん油として活用されるコッドの肝臓は、その横にあるカゴの中に入れられる。

そして③の人は、コッドの身を開いて真ん中の背骨を取り除く役割なのだが、何かがおかしい。よく見ると、③の人は「樽」の中に入っている。腰のエプロンを樽の外側に出しているので、取り除いた骨などが樽の中に入らないという、これまた工夫らしいが、それにしてもどうして樽の中なのか。

館長さんは、疲れたら樽に寄りかかることができる、などと言っていたが、見方を変えれば疲れても座り込むことすらできず、ずっとコッドをさばき続けろということだ。「働き方改革」どころか、とんでもないブラックぶりだ。まあ、昔のことではあるのだが。

コッドは陸でさばかれ、干されて固く乾燥させる場合のほか、船上でさばいたあと塩をしただけで干さない場合がある。前者の製造方法を「ドライ」、後者を「ウェット」または「グリーン」と呼ぶ。そして船の甲板で作業する「ウェット」では、揺れて危ないので樽に入ってコッドをさばいたようだが、それが陸上にも適用されたようだ。別に揺れもしないのに。

こうした製造方法の違いがなぜ生まれたかもじっくり話をしたいが、ひとまず「ドライ」製法による陸上での「干し塩ダラ」の話を進めたい。
干し塩ダラを買い叩く商人zoom
干し塩ダラを買い叩く商人
コッド・タンを応援したい

次なる展示の写真は、塩をしたあと石ころだらけの海岸で固くなるまで干し上げられ、ついに完成品となった干し塩ダラを商人が買い取る場面だ。商人を前に、漁師が困ったような表情を浮かべている。ここではあまり出来のよくない干し塩ダラが安く買い叩かれているのだ。

ニューファンドランド沖で捕られたコッドは、干し塩ダラとなってヨーロッパ各国へと運ばれた。その仲買人みたいな商人は、小さかったり出来が良くなかったりすると、売り物にならないと買い取りを渋ったという。最終的に漁師は不承不承、一部の干し塩ダラを安く売り渡すことになる。ところがこの「B級品」のいい売り先がある。それがカリブ海だ。

カリブ海の島や南米大陸側にはヨーロッパの国がサトウキビのプランテーションを建設し、そこで砂糖を作っていた。その砂糖は例えばイギリスに運ばれ、英国貴族のアフタヌーンティーの文化を支えた。ただし、砂糖を「作っていた」という表現には誤りがある。実際には、カリブの先住民、あるいは西アフリカから連れてこられた黒人奴隷が「作らされていた」。「B級品」とされた干し塩ダラはヨーロッパには運ばれずに過酷な労働を強いられていた人たちの食料になったのだ。

商人たちは、漁師が身を食べずにコッド・タンを食べて納品した干し塩ダラを「B級品」だと買い叩き、カリブでボロ儲けしていたのだ。なんてひどい話なのか。だから僕は、ニューファンドランドの漁師たちが生み出したコッド・タンをより一層、応援したいと思っている。ビールとの相性が絶妙だから、という理由だけではないのは言うまでもない。
ニューファンドランドに運び込まれるラム酒の詰まった樽zoom
ニューファンドランドに運び込まれるラム酒の詰まった樽
コッドとモラセスとラム酒の話

干し塩ダラに姿を変えたコッドはヨーロッパ各国のほか、カリブにあるサトウキビのプランテーションへと送られた。売り先はともかく、コッド漁と干し塩ダラづくりはニューファンドランドの「基幹産業」だった。ニューファンドランドのコッドはこうして島の生活を長く支え続けた。だからコッドは「王」なのだ。

そして、干し塩ダラの代わりにカリブからニューファンドランドに運び込まれたのがモラセスであり、ラム酒だった。上の古い写真にはラム酒が入った大量の樽が写っている。

コッドとモラセスとラム酒の関係について、かなり理解を深めてもらったと思う。ニューファンドランドではモラセスが愛され、ラム酒が飲まれ、ついでにカリブの海賊もラム酒を飲み、コッドとキスするスクリーチ・インでラム酒を一気飲みする。言ってみれば、すべての背景に「王」であるコッドの存在がある。

さて、次回はヨーロッパ各国がどうしてそんなにコッドを欲しがったのかについて説明したい。話はカトリックの伝統やフィッシュ&チップス、さらには戦国時代の日本に伝えられた火縄銃にまで飛躍していくのだが、どうか呆れずにお付き合い願いたい。

ちなみに僕はニューファンドランドでの取材を通じ、ちょこちょこ登場する「樽」に惹かれるようになった。よく分からないが樽ってすごいな、という驚きだ。いずれ奥深い樽の世界にどっぷり浸りたいと思っているが、仮に原稿の形になってもお付き合いいただかなくて結構だ。ここまでくるとマニアックすぎて単なる趣味だし、もはや観光とは無関係だ。脱線にも限度があるという自覚ぐらい、僕も持っている。

Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.8 コッドを求めて」へ続く.....
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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