旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2019年1月30日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.6 もう1人の海賊

プラセンティアの湾内にある開閉橋zoom
プラセンティアの湾内にある開閉橋
あなたは間違っていない

フィリップズ・カフェがあるプラセンティアは、セント・ジョンズと同様、入り江が深く切れ込んだ港町だ。ジグス・ディナーを楽しんだ翌朝、僕はぶらぶらと朝食前の散歩に出かけた。

湾に面した海岸には楕円形の石がゴロゴロしている。砂浜ではなく、どこまでも石が覆い尽くしている海岸。見上げると、キャッスル・ヒルというかなり高い丘が目に入ってくる。この辺りがフランスの支配下にあった頃、丘には敵の襲来に備えて砦が築かれ、港に近づく船には大砲が睨みを利かせていた。

港の奥にはこの街のシンボルとも言える巨大な開閉橋がある。両端がタワーになっていて、船が近づくと車の通行をストップし、橋を上に持ち上げて船を通過させる仕組みだ。

最近、老朽化した開閉橋が新しくなり、上部の機械室で橋を開閉させる人員が募集されたそうだ。フィリップさんの兄、ジェロームさんはこれに応募したものの、結果は不採用だった。なんでも面接の際、下で人が倒れているのを見つけたらどうするかと質問され、迷わず「下に降りて助ける」と答えたところ不採用になったそうだ。

正解は、下に降りずに誰かを呼ぶ。車と船の安全と守るため、どんなことがあっても持ち場を離れてはいけないそうだ。「そんなことできるか」とジェロームさんは怒っていた。あなたは決して間違っていないと僕は思う。
ボリューム満点、フィリップズ・カフェの朝食zoom
ボリューム満点、フィリップズ・カフェの朝食
美味しい朝

散歩のあとはフィリップズ・カフェでの朝食。レーズンが入った分厚いトーストも美味しいし、具がたっぷりのポテトサラダも美味しい。理由は分からないが、どれもこれも、とにかく美味しいのだ。

実はこの時、僕は上の写真に写っているスープを2杯も食べている。Lサイズのスープを頼んだのに普通サイズが来たので声を掛けると、フィリップさんは「間違えた」ともう1つカップ、ドンと置いていった。結果としてLサイズよりも多く食べることになった。大満喫だ。

朝ごはんを食べながら幸せだなあと思えると、何だかいい一日になるような気がする。海辺のフィリップズ・カフェは、改めてそんなことを感じさせてくれる店だ。

さて、ニューファンドランドのポピュラーな朝食と言えばタートン(touton)がある。もちろん、フィリップズ・カフェのメニューにもある。オーブンで焼けば普通のパンになる生地をフライパンで焼いたものと考えればいい。これにジャムとか、あの甘いモラセスをかける。ニューファンドランドではぜひ、モラセスをかけたタートンを体験してみてほしい。
巨大なモラセスのボトルzoom
巨大なモラセスのボトル
マフィアが密輸するもの

タートンにもかける甘いモラセスは既に説明した通り、サトウキビから砂糖を作る際に生成される。この黒い甘味料がニューファンドランドでどれだけ親しまれているかは、フィリップさんにお願いして両手に持ってもらった巨大なモラセスのボトルを見てもらえれば分かる。業務用なのだろうが、それにしても大きい。

モラセスについてぜひとも紹介しておきたいのは、このモラセスから「ラム酒」が作られるということだ。映画「ゴッドファーザー パートⅡ」にはこんな場面が出てくる。キューバのホテルのテラスでマフィアの老ボスが、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネにこう語りかけるのだ。「私は長年キューバと関わってきた。最初は糖蜜の密輸だ。君の父親と組んでな」。

マイケルの父、先代のゴッドファーザーであるビトー・コルネオーネが、かつてキューバから密輸したモラセス=糖蜜。当時のアメリカのマフィアと言えば禁酒法が思い浮かぶ。彼らは密輸したモラセスでラム酒を作って大儲けしたのだろうか。

映画の話で脱線したが、実はモラセスがらみで本当に紹介したい映画は別にある。僕は今回のタイトルを「もう1人の海賊」とした。海賊好きのフィリップさんではない。その海賊こそ、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の主人公、キャプテン・ジャック・スパロウだ。
海賊好きのフィリップさんが店の外に掲げる海賊の旗zoom
海賊好きのフィリップさんが店の外に掲げる海賊の旗
海賊は酔っている

ジョニー・デップ演じるキャプテン・ジャック・スパロウ。ジャックをはじめ海賊たちはいつも大酒を飲んで酔っぱらっていたが、彼らが飲んでいたのがモラセスから作られるラム酒であることはご存知だろうか。

ジャック・スパロウたちが活躍していたのは、ニューファンドランド島の南方に位置するカリブ海。だからカリブの海賊なのだ。キューバなどカリブの島々や沿岸にあるサトウキビのプランテーションで砂糖を作る際にモラセスが生み出され、そのモラセスからラム酒が作られる。

つまり、カリブがラム酒の“産地”なのだから、カリブの海賊が飲む酒がラム酒であるのも当然なのだ。それだけではない。当時、ラム酒は船乗りたちが恐れる壊血病に効くと信じられていた。実際には壊血病はビタミンCの欠乏が原因であって、ラム酒には特段の効果はないが、当時は海賊だけでなく、真っ当な英国海軍の兵士も航海中にラム酒を飲んでいたそうだ。

ただし、だからといって海賊たちがラム酒をガブ飲みする理由が壊血病予防だけのはずがない。荒くれ者の海賊たちは放っておくと暴れたりケンカを始めたりするので、大人しくさせるために船長があえてラム酒を飲ませていたという事情もあったそうだ。

ただし、飲ませ過ぎたために、ほかの海賊船に襲われた時、みんな戦闘不能だったという笑えない話もある。ましてや船長であるジャック・スパロウ自身がガブ飲みしているのだ。そりゃあ時には船も乗っ取られるだろうな、と思わざるを得ない。
コッドとのキスに使われるラム酒「スクリーチ」zoom
コッドとのキスに使われるラム酒「スクリーチ」
コッドについて語ろう

コッドとキスする「スクリーチ・イン」なる不思議な儀式は既に紹介した。そして冷凍コッドとキスする前のルーティーンの中に、ラム酒の一気飲みがあったのは覚えておられるだろうか。それに使われるのが写真の「スクリーチ」というラム酒だ。

この「スクリーチ」をはじめ、ニューファンドランドのリカーショップではとにかくラム酒の品揃えが半端ない。僕はある店の一角で、棚の右から左、上から下まで全部ラム酒という言わば「ラム酒コーナー」を目の当たりにしているから間違いない。同時に、島の人たちはラム酒の原料であるモラセスが大好きで、いろいろなものにドバドバとかけている。

さて、そろそろコッドについて詳しく語りたいと思っている。つまり、なぜニューファンドランドではコッドの身ではなく、切り落とした頭の一部分であるコッド・タンやコッド・チークを食べるのか。なぜニューファンドランドではモラセスやラム酒が深く生活の中に浸透しているのか。そして、そもそもコッドはなぜニューランドランドで「王」と呼ばれ、キスしたくなるほど大事な魚なのか、ということだ。

そのためにはフィリップズ・カフェのすぐ近く、海岸から見えたあの丘の上にあるキャッスル・ヒルに行くのが手っ取り早い。ここにはコッドをめぐるニューファンドランドの歴史に関する展示施設「ナショナル・ヒストリック・サイト」がある。僕はここにずっといていいと言われたら、本当に丸一日、居座るだろうと思う。それほどにコッドの話は奥深いのだ。

知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.7 干し塩ダラを語り尽くす」へと続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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