旅の扉

  • 【連載コラム】coffee x
  • 2018年9月19日更新
アムステルダムカフェより
カフェエッセイスト:安齋 千尋

Coffee x Alfiano Natta Italy

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Caput Mundi-

Flight from Amsterdam to Milan (Torino) - Train to station Asti

Alfiano Nattaは、北イタリアにある小さな村です。ワインの葡萄、林檎や梨などの果実がなる農園がなだらかな丘陵に続いています。私は、以前泊まったことがあり薔薇の苗を育てている(英語ではNurseryと呼びます)宿に帰って来ました。かわいいフレンチブルーの壁、薔薇の素描画がかかった部屋に荷物を降ろしてコーヒーを飲もうと外に出ると、虹がかかっていました。なんて綺麗で大切でとても特別な場所。虹がかかることは不思議で、どこかで空気が震える音を察するのでしょうか。普段空を見て歩いているわけではないのに、虹の気配を感じてはっと空を見上げることが多いものです。ここだけ違う層で守られたようにかかった虹の下の薔薇園は、特別な鍵をつけた部屋として記憶の中に止まって共有していて欲しいから、他の誰かといつか、なんて言わないでと思うのでした。

”あなたに、私のことを覚えていて欲しいの。あなたさえ覚えていてくれれば、ほかの全ての人に忘れられてもかまわない。”
ー海辺のカフカより
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車で迎えに来てくれたオーナーになぜAlfiano Nattaを選んだのか尋ねると、美しいでしょう、ここはCaput Mundi、と答えが返って来ました。ラテン語で、Rome, The capital of the worldの意味で使われるそうです。車から見える夏の終わりのイタリアは、盛りを過ぎた向日葵があちこちで咲いていたりもう頭を下げていたり、秋の収穫が近い果実の芳ばしい色合いです。ローマ人の土地だったこと、でも自分世界の心の拠点。

宿へ向かう途中、明日の朝食にリンゴのケーキを焼いてあげるからね、と言われて何か必要なものを買い足しにスーパーへ寄ることに。ところが、13:00 - 15:30 までは昼休みでした。また後で帰って来ましょう、全然違う時間流れです。大きな袋を持って買い物に行く理由は、2匹の犬と7匹の猫、チキン、、笑っちゃうな、雌鶏のことだよね、のゴハンを買わなきゃいけないからなのですって。結局、18時ごろまた一緒にお買い物へ。ひとり分のラビオリと、小さめのズッキーニとチョコレートのデザートを買いました。30歳過ぎてるのに、レジの前で私の買い物を見守られ、デザートまで買ったことを伝えるとFantastico!よくできたと褒められるのでした。ズッキーニが小さいね、というと小さい方が甘いのよ、といちいちなんだか嬉しいな。
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Bouquet Parfait (Belgium/Lens/1989)

バラの品種には、Rosarianと呼ばれた園芸家や、薔薇の交配をする会社が登録した名前と年がきちんと登録されています。それはナポレオンの時代から続くこと。ブーケのように咲くこの薔薇はパフェではなくて完璧な、という意味だそうです。歴史上のロマンチックな場面に香る薔薇のこと、ナポレオンからのラブレターをもらい続けたジョセフィーヌは、250種類以上の薔薇をマルメゾン宮殿のお庭に大切に収集していました。ボッティチェリのヴィーナスの誕生にはAlba Semi-plenaだと言われている薔薇が風に舞っているように描かれています。

While roses are sleeping, I’d change the soil. In this way, they would not suffer.
冬になって薔薇が寝ているうちにそっと苗を鉢に移すのよ、来年も咲いてくれるように土を替えてあげるの。この旅が自分に栄養を、と考えるよりもむしろ、眠りから覚めて花が開く瞬間の美しさをあなたのためにとっておきたいから、大切に甘やかされて眠りましょう、な心地よい時間が流れています。
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丘の上にある、Moncalvoという村に来ました。

昔は要塞だった村は、坂を上がると市庁舎と小さい劇場がある見晴らしの良い広場があります。いい天気。午前中はお買い物をする人や、劇場からピアノを合わせる音がしていましたが、お昼をすぎるとさっきまで開いていたお店も一旦お休みです。店の前に鮮やかに並んでいた野菜や果物には覆いがかぶせられて、どの通りを歩いても窓は閉められているけど、きっと中には生活があって、静かに食器が重なる音や、洗濯機の音がしているのでした。同じヨーロッパでもオランダとは違うのは家の中が見られないことです。オランダは、窓が大きく、昼も夜も家の中が筒抜に見えるくらい大きな窓を全開にしていることが多いのです。”ラテン系”とは言いますが、友人を見ていてもイタリア人やスペイン人は陽気でありながら、こういう丁寧で保守的なところを持っていて素敵だなと思います。私は、お気に入りの白いワンピースとビーチサンダルのほかは、カメラしか持っていないので、することもなく写真を撮りながら、唯一空いていた小さいパン屋さんでお菓子を買い、広場のcafé Romaで本を読んで過ごしたのでした。アーモンドパウダーいっぱいで作られたマカロンより小さめのころんとした焼き菓子と、エスプレッソ、1スクープのアイスは、どれも1EURくらい。コンビニではなく、大人の寄り道カフェ。

イタリア、ミラノにStarbuck Coffeeが初めてお店を出すそうです。大学生の時アルバイトをしていたスタバは今でもレスキューカフェ、世界中どこに行っても同じ香りでいつ行っても場違いではなくWifiが通じる安心感ですが、ビジネスな街にあるからいいのだろうなと思います。黒いドレスや細いチェーンのネックレスが似合う女性のように、クラッシックなカフェを美しいと感じる心の余裕をイタリアの田舎町では持っていてほしいな、と思うのでした。
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朝ごはんに用意してくれた林檎のケーキと、丁寧に陶器に入れて準備されたバター、去年の梨でできたジャム。ぜんぶ甘いイタリアの朝食に似合う濃いコーヒ。ひとつひとつ心がこもっていました。葡萄畑の真ん中を突っ切って歩く帰り道、日差しは強いし誰もいないし犬のいる玄関の前を通るたびに吠えられるし、ビーチサンダルだから砂だらけで、黙々と歩いていました。この感じは、幸せなおしゃれなカフェ時間とは違い、ゴッホの狂気にも似た純粋に何かを求める旅。そして、今年の夏もイタリアに来られたことが嬉しいことを書き留めています。

What’s it mean, “First Love”
Only one she loved. Love forever.
Don’t get it. Drew him over and over.
Only him.
ーThe Lover’s on the bridge (1991)
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いろんなことを思いながら深呼吸をして見上げた先に見事に咲いていたAimée Vibertー19世紀ナポレオンの時代にJean-Pierre Vibertという園芸家が娘の名前をつけた薔薇です。

Cascina Vicentini
Astiから車で15分にある薔薇園のB&B
http://www.cascinavicentini.it/en/home-eng/

Comète Traveller
宿の予約はこちらから。車、薔薇のワークショップ、パーティなど手配します。
https://www.cometetraveller.com/italy

*引用
海辺のカフカ (村上春樹 新潮社)https://en.wikipedia.org/wiki/Kafka_on_the_Shore
The Lover’s on the bridge ( Leos Carax, 1991) https://www.imdb.com/title/tt0101318/
カフェエッセイスト:安齋 千尋
Amsterdamに住んでいます。外国で暮らすため、京都で仲居をしながら学んだ日本、Londonでの宝物の出会いがありヨーロッパにきて10年以上が経ちました。世界中どこにいてもいいカフェに出会うことがとても楽しみです。入った瞬間の香り、音、新聞、いつものバリスタと目が合うこと、私の日々の幸せな瞬間はカフェにあります。
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