旅の扉

  • 【連載コラム】coffee x
  • 2015年5月10日更新
アムステルダムカフェより
カフェエッセイスト:安齋 千尋

Coffee x Mother’s day

千尋という名前は海に由来します。
FrenchでMere = 母 Mer=海
あなたの国の言葉では母の中に海があり、私たちの使う言葉では海の中に母がある
三好達治の『郷愁』の一節は母が私の名前を付けるときに心に浮かんだ一文ですが、海を隔てて住むことになった私のことを知っていたみたい。生まれたときからずっと大人になっても愛情を注いでもらっている母のことを想うMother’s day.

今日ちょうど読み終わった本。
青木玉の『帰りたかった家』
母の日にちょうどと思うのは、同じ作家の短編集に『初めてのお年玉』という母娘のお正月のやりとりがあるのですが、母に何か贈り物をしたいけど、喜んでほしくて一生懸命選ぶときの切ない想いが繊細に書かれた文章がしゅわんと心に残る話で、母の日にまた思い出しちゃうからでした。


初めて母から渡されたお年玉で何を買ってもいいと言われた作者が、前から気になっていたすり切れた母の帯枕を買うことに決め松坂屋へ出かけるのでした。実際見てみるとサイズがわからなくて店員さんに聴いたり、思ったよりも安くてまだ時間も予算もあるからデパ地下にいくところも目に浮かぶよう、綿のひかれた化粧箱に入った上等の苺を買うことにします
ーもし自分だけが食べるのならはっきり買わない買い物だ。だけど年に一度母さんと食べたいのだ。
しかし家に帰ると来客があって母は忙しく、ようやく買い物の話をしたとき
ー母様にいいもの買ってきたの、それにおやつに食べようと思って苺を買ってきたの。忙しかったから夕ご飯のあとで食べようね。
ところが母はそれを聞いて、大切なお客様にお出しするのに丁度良かったと、白磁のお皿に美しく盛って客間に出してしまいます。
ー母様と食べようと思って買ってきたのに、悲しくて口惜しくて、八つ当たりしたいが許されないこともわかっている
翌朝、気持ちも落ち着きながら買ってきた帯枕を渡し付け替る母の笑顔に少し満足しながら、また母も
ー昨日せっかく買ってきた苺使っちゃって悪かったけど急なお客様で果物の用意が間に合わなかったの。玉子はしっかりしたいい苺を選んで確かな買い物ができるようになった。


まだちょっと淋しい気持ちもあるけど母が受け止めてくれること、この涙のしょっぱさが喉に残る胸の一杯感って大人になっても忘れられないですよね。

そしてある日
ーこの間、玉子にお年玉を初めて持たせたらね、
と、帯枕を買ってき来たことをお花の先生に世間話しているのを聴く。
ー女の子って変なところをみてる一本やられてねぇ 
先生が活けた水仙がいい香りをさせていた、お正月の話は終わります。

さて、今更私のブログで説明するのも烏滸がましいのですが、作者は幸田露伴の孫であり、つまりは幸田文の長女です。私は幸田文、青木玉の本がとっても好きです。日本語や家のしきたりが美しいこと、古い日本家屋の畳の匂いや障子を開ける静かな音が聞こえるような生活を正しい日本語で丁寧に表現する文章にほうっとため息が出る。
読み終えたばかりの本でも、親戚を訪れる場面で「母も私も恙なく居ります。」きれいな日本語をつい手帳に書き留めてしまいました。
お正月の話が新調した帯板と水仙の香りで終わる、この清々しさとちょっと大人になった感にも日本の美しさを思わずにわいられないです。

ママが好きでいつも冷蔵庫に入っていた紙パックのアイスコーヒーは、そういえばオランダでは見かけないなぁと思いながら今日はいつものカフェScandinavian Embassyのice coffee。きんってひえひえでとびきり美味しい。隣のお客さんもdelicious!って。
おしゃれで器用で、笑うとキラキラって虹型の目になる顔の小さいママの笑顔を見てずっと育ってきて、愛されてないって感じたことがないことは本当に幸せ。
写真は、私がアムステルダムに来てから一緒に南仏旅行の行ったときのもの。二人で海外旅行に出かけられることは嬉しくて、楽しそうな笑顔が見られるのは何よりも嬉しいから、元気で次の旅行の計画を立てようね。
思いだすことが多すぎて冷えたice cofeeが気持ちよく喉を通る母の日Amsterdam.

初めてのお年玉が入っている短編集 
『小石川の家』
著 青木玉
講談社 出版(1998/4/15)
ISBN: 978-4062637466


Scandinavian Embassy
Adress: Sarphatipark 34 Amsterdam 1072PB The Netherlands
Phone: +31-(0)619518199
Facebook:https://www.facebook.com/ScandinavianEmbassy/info
Website:http://scandinavianembassy.nl

カフェエッセイスト:安齋 千尋
Amsterdamに住んでいます。外国で暮らすため、京都で仲居をしながら学んだ日本、Londonでの宝物の出会いがありヨーロッパにきて10年以上が経ちました。世界中どこにいてもいいカフェに出会うことがとても楽しみです。入った瞬間の香り、音、新聞、いつものバリスタと目が合うこと、私の日々の幸せな瞬間はカフェにあります。
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