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  • 2026年9月10日更新
リスヴェル旅コラム
Editor:リスヴェル編集部

なぜ壱岐は「神々の島」と呼ばれるのか? 神社と壱岐大大神楽を訪ねて

自然そのものが神域とされる小島神社zoom
自然そのものが神域とされる小島神社
長崎県の壱岐島は、九州北部の玄界灘に浮かぶ島。福岡の博多港からジェットフォイルで約1時間、長崎空港から飛行機で約30分の距離にある。この島が「神々の島」と呼ばれる理由を探るため、島内の神社と壱岐大大神楽を訪ねた。

島内には、神社庁に登録されているだけでも150社以上の神社があり、小さな祠まで含めれば1,000近くにのぼると教えてくれたのは、壱岐神楽の保存会メンバーで住吉神社の宮司、川久保貴司氏。「島全体が鎮守の杜」と表現されるほど、神社や祠が島の暮らしの中に点在している。なぜ、この小さな島に、これほど多くの神様が祀られているのだろう。夏の壱岐で神社を訪れ、壱岐大大神楽公演を観賞するうちに、この島で信仰がどのように受け継がれてきたのか、歴史を知ることでその一端が少しずつ見えてきた。

自然そのものが神域になる、小島神社
内海湾(うちめわん)には神が宿る島として崇められてきた小島があり、満潮時には参道が海中に沈み、干潮になると海が割れて参道が海中から姿を現す。私が訪れた日は午後5時半頃に干潮になるということで、このタイミングを目掛けて訪れてみた。限られた時間にしか参詣ができない神社として、「壱岐のモンサンミッシェル」とも呼ばれて人気の観光スポットにもなっている。鳥居をくぐって右回りに進むと、島の反対側を示すもう一つの鳥居がある。そこから手すりを頼りに山道を5分ほど登ると、頂上にこぢんまりとしたお社が現れる。恋愛成就、商売繁盛、五穀豊穣、航海安全などの願い事が叶うご祭神が祀られている。賽銭箱と記帳箱が置かれた小さな社殿だが、この地域では島そのものを神域としているため、小枝1本も島の外に持ち出してはならないという言い伝えがある。満潮時に訪れた場合はシーカヤックを借りれば小島神社の鳥居をくぐってから上陸して参拝するといった別の景色も楽しめる。
月読信仰の源流、月讀神社zoom
月読信仰の源流、月讀神社
壱岐と京都をつなぐ、月讀神社
小島神社から車を走らせて10分ほどのところにある、とても静かな月讀神社を訪れた。月の神・月読命を祀り、暦や潮の満ち引きなど、月にまつわる神徳を持つとされている。鳥居をくぐり、急な石段を上っていくと、木々に囲まれた小さな社が現れる。この神社を興味深くしているのが、遠く離れた京都とのつながりにある。『日本書紀』には、顕宗天皇3年(487年)、壱岐の県主の先祖にあたる忍見宿禰が月神を祀ったことにつながる記述が残る。また、京都・松尾大社の境内にある月読神社は、壱岐から分霊されたと伝えられている。壱岐観光ナビでも、この月讀神社を全国に点在する月讀神社の「総本社」と紹介している。こうした伝承をたどっていくと、京都と壱岐がつながってくる。そう考えると、九州の沖合に浮かぶこの島が、古代には大陸と日本列島を結ぶ「海の道」の要衝であり、人や文化が行き交う場所だったことがわかる。
壱岐の総鎮守、住吉神社zoom
壱岐の総鎮守、住吉神社
壱岐の総鎮守、住吉神社
最後に訪れたのは月讀神社から車で5分ほどの、壱岐の総鎮守とされる住吉神社。壱岐にある式内社24社のうち、格式の高い「名神大社」6社の一つに数えられ、明治4年(1871年)には国幣中社に列格し、壱岐で唯一の官社となった由緒ある神社。境内の入り口には一つの根から大きな二本の雄雌の幹に分かれ「夫婦楠」が聳え立つ。楠の木は古い葉が落ちても、次々と新しいはが現れることから子孫繁栄の象徴として考えられ、住民から長寿・縁結びの神様として慕われている。男性は左回り、女性は右回りに木の周囲を一周廻れば願いが叶うと書かれていた。
川久保宮司が見せてくれた池に沈んでいた古い鏡zoom
川久保宮司が見せてくれた池に沈んでいた古い鏡
池に沈んでいた古い鏡
境内には、長い間、水が涸れたことがないという不思議な池があって、川久保宮司がその池の水をさらった際に底から17枚ほどの古い鏡が見つかったとお宝を見せてくれた。宮司もいつ、誰が、どのような思いで池に入れたのかはわからないと話す。また、壱岐は古代の大和王権にとって、結界のような場所だったのではないかという興味深い見立ても伺った。もちろん、歴史的に確認された事実ではなく、宮司の一つの見立てである。それでも、大陸と九州の間に位置し、古くから人や文化が行き交ってきた壱岐の歴史を考えると、島に数多く残る神社や祠が、これまでとは少し違って見えてくる。海の向こうから入ってくるものを迎える場所だったのか。それとも、目に見えない境界を守る場所だったのか。それでも、池に残された鏡や島に点在する神社を前にすると、古代の壱岐へ想像を巡らせずにはいられなかった。こうした歴史浪漫に浸れることも、壱岐を旅する楽しさの一つだと思う。
700年続く、壱岐大大神楽の夏の公演zoom
700年続く、壱岐大大神楽の夏の公演
700年前の人々に思いを馳せる、壱岐大大神楽
壱岐には「壱岐大大神楽」という神職によって奉納される神事芸能が伝承されていて、国の重要無形民俗文化財に指定されている。住吉神社では市内の神職のみが受け継ぐ「住吉神社奉賛神楽(壱岐大大神楽)」が毎年12月20日に奉納され、多くの人がこの神社を訪れる。

私がこの夏に見学したのは、この本行事とは別に、保存会と観光協会によって開かれている公開演舞だった。太鼓と笛の音が境内に響く中、神職たちが舞う。観客もその動きを静かに見守り、観光客を楽しませるためのショーとは異なる緊張感が漂っていた。壱岐大大神楽には楽譜がなく、舞の型も笛の吹き方も口伝によって受け継がれてきた。人口減少が進むなか、島の神社を維持していくことは決して容易ではない。壱岐神楽保存会メンバーでもある川久保宮司は、「神社を持続させ、伝統行事を継続させていくためには、いろんな人に来てほしい」と話す。
暮らしのそばに神様がいる、壱岐の風景zoom
暮らしのそばに神様がいる、壱岐の風景
壱岐を車で走っていると、道端や海沿いに小さな鳥居がふいに現れる。お社のない神様、石を積んだだけの祠、家々の敷地の一角に小さな神様が祀られていることもある。川久保宮司によると、「火の神」「水の神」などを神棚とは別に祀る家も、今なお壱岐には多いそうだ。

実は、壱岐は日本最古の歴史書「古事記」の国生み神話で、神・イザナギノミコトとイザナミノミコトによって作られた8つの島のうち、5番目に誕生したのが壱岐島(伊伎嶋)と書かれている。日本神話の神々にゆかりのある、自然と一体になった神社が数多く残っていても不思議ではない。新年を迎えると神職が氏子の家々を訪れる「宅祭(宅神祭)」が行われ、家々では神職がやって来るのを待って迎え入れる。また、正月には平戸藩主が特に崇敬したとされる七つの神社を巡る「七社巡り」の風習もある。七社には巡る順番があり、近い神社から時計回りに参拝するという。

壱岐では、信仰が今も暮らしの中に息づいている。島を巡るうちに、神社の数の多さ以上に、そんな神様と人々との距離の近さが印象に残った。宮司は、神社は願いごとをするだけでなく、「ありがとうございます」「これからもよろしくお願いします」と伝える場所だと話していた。今回訪れたのは、壱岐に数多くある神社のほんの一部。次に壱岐を訪れるなら、今度は島に伝わる順番にならって「七社巡り」をして日頃の感謝を伝えたいと思う。

一般社団法人壱岐市観光連盟公式サイト「壱岐観光ナビ」
https://www.ikikankou.com/feature/shrine_matome

神社や古代の歴史、島の味、海辺で過ごす時間、アクセス情報まで。壱岐の旅に役立つさまざまな情報を、旅特集「まだ知らない壱岐へ」で紹介しています。
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