旅の扉

  • 【連載コラム】歩く、撮る、書く。とっておきの風景を探して。
  • 2026年7月8日更新
フォトグラファー、ライター、編集者:小坂 伸一

“007の山”シルトホルンを旅する[後編] 完成した新ロープウェイ、その先の絶景へ

前日とはまるで別世界。標高2,970メートルの山頂に、霧が晴れるにつれユングフラウ三山の大パノラマが広がった。zoom
前日とはまるで別世界。標高2,970メートルの山頂に、霧が晴れるにつれユングフラウ三山の大パノラマが広がった。

グランドオープンを迎えた2026年4月2日。世界中が熱視線を送るなか、ついに新しいロープウェイが全線稼働し、「SCHILTHORNBAHN 20XX」プロジェクトは完成を迎えた。晴れ渡ったシルトホルンで、その新しい姿をたどる。

◎青空が戻った朝、再びシルトホルンへ

翌朝、窓の外には青い空が広がっていた。
前日の霧が跡形もなく消え、ミューレンの空気は澄みきっている。

ビルクへ向かうゴンドラは、朝日に照らされた山々の間を滑るように進む。さらにその先、シルトホルンへ。昨日は見えなかったピッツ・グロリアが、遠くからはっきりと姿を現した。その眺めの中で、ひとつの事実に気づく。この区間には、鉄塔が一本もない。ビルクとシルトホルンは、、約1745メートルの距離を結ぶフニフォー式ロープウェイによって直接結ばれている。空へ向かって伸びる一対のラインの先に、ピッツ・グロリアが静かに浮かんでいた。

グランドオープン当日、本格稼働を始めた新キャビン(左)。支柱のない大スパンを越え、ケーブルはシルトホルン山頂へまっすぐと延びる。zoom
グランドオープン当日、本格稼働を始めた新キャビン(左)。支柱のない大スパンを越え、ケーブルはシルトホルン山頂へまっすぐと延びる。

◎霧の向こうから現れるアルプスの峰々

山頂に到着すると、前日とはまったく異なる風景が広がっていた。朝日を浴びた山々から白い霧が立ち上り、その隙間からアイガーが姿を見せる。時間とともに雲はゆっくりと流れ、やがてメンヒ、ユングフラウへと視界が広がっていった。シルトホルンは独立峰であるため、山頂からはアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山を遮るものなく正面に望むことができる。この山が多くの人を惹きつける理由を、あらためて実感した。

展望レストランでブランチを楽しんでいる間にも天候はさらに回復し、前日には想像もできなかった景色が目の前に広がっていった。

アイガー、メンヒ、ユングフラウを覆っていた雲がゆっくりと流れ、三山の雄姿が次第に姿を現した。zoom
アイガー、メンヒ、ユングフラウを覆っていた雲がゆっくりと流れ、三山の雄姿が次第に姿を現した。

◎「SCHILTHORNBAHN 20XX」が変えたもの

こうした体験を支えているのが、大規模刷新プロジェクト「SCHILTHORNBAHN 20XX」だ。1960年代に整備されたロープウェイは、長年にわたりシルトホルンへのアクセスを担ってきた。しかし施設の老朽化と利用者の増加を受け、約1億3500万スイスフランを投じた全面更新が進められてきた。

最大の特徴は、世界最急勾配159.4%(58.7°)を実現した第1区間のロープウェイと、第2・第3区間に導入されたフニフォー式ロープウェイである。ミューレン〜ビルク間、ビルク〜シルトホルン間には、それぞれ2本ずつの独立したラインが整備され、上部区間は全体で4本体制となった。強風に強く、片側を点検している間ももう片側を運行できるのがフニフォー方式の特徴だ。輸送能力も大幅に向上し、シルトホルンは年間を通じてより安定したアクセスが可能な山へと生まれ変わった。

左:世界最急勾配159.4%(58.7°)を実現した第1区間のロープウェイ。右:ビルク〜シルトホルン間を結ぶフニフォー式ロープウェイ。zoom
左:世界最急勾配159.4%(58.7°)を実現した第1区間のロープウェイ。右:ビルク〜シルトホルン間を結ぶフニフォー式ロープウェイ。

◎標高2970mで迎えたグランドオープン

そして2026年4月2日。空には、雲ひとつなかった。
朝、シュテッヘルベルク駅に集まり、ウェルカムコーヒーと記念撮影が行われた。その後、新しいルートを使ってシルトホルンへ向かう。

ピッツ・グロリアには約200人の関係者や招待客が集い、グランドオープンの式典が始まった。スイス連邦参事アルベルト・レシュティ氏による開会スピーチに続き、シルトホルン鉄道関係者による挨拶、新しいブランドアイデンティティの発表が行われた。3年にわたって進められてきたプロジェクトは、この日、ひとつの節目を迎えた。

スイス連邦参事アルベルト・レシュティ氏による開会スピーチで幕を開けたグランドオープン式典。新しいブランドアイデンティティも発表され、会場には完成を祝う華やかな雰囲気が広がった。zoom
スイス連邦参事アルベルト・レシュティ氏による開会スピーチで幕を開けたグランドオープン式典。新しいブランドアイデンティティも発表され、会場には完成を祝う華やかな雰囲気が広がった。

◎変わったもの、変わらないもの

新しいロープウェイの完成によって、シルトホルンへの旅は大きく変わった。より速く、より快適に、そしてより安定して山頂へアクセスできるようになった。それでも、この山がもつ本来の魅力は変わらない。霧に閉ざされる日もあれば、息をのむような青空が広がりすべてが見渡せる日もある。同じ場所でありながら、訪れるたびに異なる表情を見せてくれる。その一期一会の変化こそが、3日間の旅で私が出会った、シルトホルンの揺るぎない魅力だった。

世界最急勾配を行き交うロープウェイ。シルトホルンへの新しい旅が、ここから始まる。zoom
世界最急勾配を行き交うロープウェイ。シルトホルンへの新しい旅が、ここから始まる。

DATA シルトホルン・ケーブルウェイ
2026年4月2日グランドオープン

第1区間(ロープウェイ/英:Gondola Cable Car)
シュテッヘルベルク(866m)〜ミューレン(1641m)
・全長:1,194m
・最急勾配:159.4%
・最高速度:秒速7m
・定員:85名
・所要時間:約4分

第2区間(フニフォー式ロープウェイ)
ミューレン(1641m)〜ビルク(2677m)

・全長:2,774m
・最急勾配:73%
・最高速度:秒速12m
・定員:100名
・所要時間:約5分30秒

第3区間(フニフォー式ロープウェイ)
ビルク(2677m)〜シルトホルン(2960m)

・全長:1,751m
・最急勾配:44%
・最高速度:秒速7.5m
・定員:100名
・所要時間:約5分20秒

→ “007の山”シルトホルンを旅する[前編]世界最急勾配のケーブルカーでたどり着く霧の世界 に戻る

取材協力:Schilthorn Piz Gloria

フォトグラファー、ライター、編集者:小坂 伸一
海外旅行ガイドブックの編集長を経て独立。現在はフォトグラファー、ライター、編集者として、企画立案から取材、撮影、執筆、編集までを一貫して手がける。旅や文化、自然をテーマにしたコンテンツ制作を得意とし、書籍やパンフレットなどの紙媒体からウェブまで、幅広いジャンルで活動している。映画やドラマのロケ地を巡る旅をライフワークとしており、雑誌連載などを通じて、その魅力を発信中。

小坂 伸一 公式ウェブサイト「La BUSSOLA」:https://www.la-bussola.info
risvel facebook