トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2014年1月3日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

ユーゴスラビアとドッペルゲンガー

photo by Fumio Matsuizoom
photo by Fumio Matsui
今日のお話は、僕が知り合った人とちょっと仲良くなった時に、いわば名刺がわりに披露する自慢話なので「あ、またか。」って思う人もいるかも知れません。まあ、我慢して聞いてみて。同じストーリーでも着地点は別かも知れないから。

その昔、と、言ってもそれほど昔でもない昔。イタリアのとなりにユーゴスラビアという社会主義の国がありました。僕はこの国に行ったことがあります。当時、僕はロックバンドのミュージシャンとしてロンドンを拠点にヨーロッパ各地で活動していて、ヨーロッパを回るツアースケジュールの中に何故かユーゴスラビアが組み込まれており、そこを訪れてライブ演奏したのです。東西冷戦下において西側のアーティストが東ヨーロッパを訪れること自体が異例、しかもマニアックなパンクバンドです。どのようないきさつでそのようなことになったかは知る術もありませんが、ユーゴスラビアという国が崩壊してしまった今、その国の歴史において、いや全世界の歴史の上でも、ユーゴスラビアで演奏したことのある日本人ロックミュージシャンは僕ひとりしかいないはずです。

と、このお話を初めて耳にした人は「おお、」となって、ちょっと僕を見る目が変わります。それが気持ちよくって、あちこちで何回も同じ話をしちゃうんですよね。でも、よく考えてみたら、「僕ひとりしかいない。」ことを自慢するのはあまり意味があることではありません。ユーゴスラビアで演奏しようが、渋谷で立ち小便しようが、そもそも世界に僕は「僕ひとり」しかいないんだから。

と、思っていたら、それが最近どうもそうでもないみたいなんですよ。これが。
photo by Fumio Matsuizoom
photo by Fumio Matsui
ある日、ウチの奥さんが近所で知り合いの奥さま(Aさん)と会った時「さっきお宅の旦那さんに会いましたよ。」って、ウチの奥さんは何だかおかしいな。って思います。何故ならその日、僕は朝から一歩も家を出てなくて、ずっと奥さんと一緒でしたからね。でも、Aさんは、僕と会って、挨拶して、ちょっとした立ち話もしたと言います。うむ。まあ、他人のそら似ってこともあるし、だいたいにして奥さま方ってのは何だか天然ボケな人が多いですからね。その時はあまり気にしないで、そのまま忘れてしまったのですけど、それからしばらくたったある日、今度はウチの奥さんが僕を見かけたと言い出します。それもまた近所での話。僕が通りを駅の方に向かって歩いているのを見たと。行ったはずの僕がまた後ろから登場したんだから不思議なはずなんだけど、奥さん、あんまりびっくりした様子がないの。

「あら、さっきあなたに会ったわよ。」って、まるで僕がもうひとりいることが当然のような口ぶりが、何だか居心地が悪いんです。「あなたと同じボーダーのシャツを着て、あなたと同じストールを巻いて、あなたと同じニット帽をかぶっていたわ。」だって。ほら、何だか変な言いぶりだと思いませんか?ちなみにウチの奥さんはその時のこと、今はもうとっくに忘れています。元々、どうでもいいことはすぐに忘れるタイプなんだ。自分の夫がもうひとりいるかも知れないということは、彼女にとっては「どうでもいいこと」の部類に入っているのでしょう。

ドッペルゲンガーって呼ばれてるらしいですね。ウィキで調べてみたらドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話しない。とありましたから、Aさんと世間話をしたという「僕」はそれですらないようです。

まあ、仮に僕がもうひとりいたとして、特に実害があるわけではありませんけどね。考えようによってはなかなか夢のある話でもあります。どうせなら、近所うろちょろしてるんじゃなくて、どこか遠い外国ででも暮らせばいいのにね。
photo by Fumio Matsuizoom
photo by Fumio Matsui
大量の虐殺を含む数々の民族紛争の末、崩壊したユーゴスラビア。当時の地図を眺めながら、ふと、この国に、もし、争いが、なかったら、どんなに素晴らしいかっただろうと考えてしまいました。美しい中世の街並を擁し、周囲をオーストリア、ルーマニア、ギリシャ、イタリアに囲まれ、ヨーロッパの多様な文化とコネクトした環境。中央にドナウ川、西にアドリア海。数々の山と湖、春夏秋冬を育む恵まれた自然。食べ物だって美味しくないわけがない。それからきっと、女の子たちも奇麗なんだよね。パラディソです。

平和なユーゴスラビアのある街。日当りの良いカフェの一番前のテーブルに席をとって、コートの襟を立て、ブランデーをちびちび舐めながら、通りを行き交う足の長い美女たちを眺めている僕。あら?あれは僕ではないですね。そっくりだけど薬指にリングがはめられていません。さては、ドッペルゲンガー!でもまあ、さすが僕のドッペルゲンガー、スーツの着こなしは悪くない。その証拠にほら、通りすぎた美女が振り返ったよ。
*崩壊後のユーゴスラビアは、6つの国に分かれてそれぞれ独立。その後、各国ともに観光開発が施され、世界中から多くの旅人が訪れていると聞く。日本からは、やはりアドリア海に面したクロアチアが一番人気だが、イスラム圏、東側にも「ならでは」の魅力的なポイントが満載とのこと。

僕が訪れたユーゴスラビアのその街が現在のどこの国のどこに位置するのか、今となっては調べようもない。当時、国外に持ち出してはいけないとされていたユーゴの貨幣をいくらかポケットに隠し持って出国したことを憶えている。捨てた記憶はないから、家の中を探しまわってみればどこかから出てくるかも知れない。貴重な僕の体験を証明する重要な物証となることだろう。

プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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