zoom この冬で「最強最長」と警戒された寒波が襲来した2026年1月22日、山形県庄内地方へ向かった。松尾芭蕉の俳諧紀行『奥の細道』に登場する「五月雨を 集めて早し 最上川」で知られる最上川に沿って鉄路が敷かれ、「奥の細道最上川ライン」の愛称が付けられたJR東日本陸羽西線は終日運休と知って肩を落とした。
ところが、酒田駅(酒田市)の片隅にあるプラットホームでは、陸羽西線用のディーゼル車両キハ110系が扉を開けて乗客を待っている。乗りたいがゆえに“幻の列車”が幻覚で見えているのだろうか―。
zoom ▽3年8カ月ぶり運転再開の矢先に…
陸羽西線は山形新幹線の終点となっている新庄(新庄市)と、庄内地方の余目(庄内町)の43・0キロを結ぶ非電化の単線だ。走行中に最上川の絶景を眺められるとあって「乗り鉄」に人気の路線だが、線路の近くを通る国道47号(高屋道路)のトンネル工事に伴って2022年5月から約3年8カ月にわたって列車の運行が止まっていた。
期間中は代行バスが結んだものの、新庄と余目の所要時間は約1時間半と列車の2倍に延びた。バス代行期間中に陸羽西線の2024年度の平均通過人員は117人と、JR東日本発足初年度の1987年度(2185人)の約5%まで落ち込んだ。
26年1月16日に列車運行が再開し、地元住民からは「この日を待ち望んでいた」と歓迎する声が相次いだ。
zoom ▽1週間もたたないうちに…
ところが再開から1週間もたたない1月22日、JR東日本の運行・運休情報を知らせるウェブサイトには陸羽西線の脇に「×運転見合わせ」の文字が躍っていた。その理由を「大雪が見込まれるため、終日運転を取りやめます。代行輸送は行いません」と説明していた。
「最強最長」の寒波に運行するのはリスクを伴うだけに、仕方がないのかもしれない。吹雪を避けたいとばかりに酒田の駅舎に入り、羽越線の列車で宿泊先の鶴岡(鶴岡市)へ向かうことにした。
しかし、次の列車が出発するのは午後5時34分と、1時間もあるはずだ。暖房の効いた待合室で過ごせるものの、さすがに退屈しかねない。
そう思った矢先に、姿を現さないはずの陸羽西線用のキハ110系が1両だけで、駅の片隅にある0番線に滑り込んできたのだ。
zoom ▽全線運休は目に余る?
漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターを装飾したJR西日本境線の米子駅(鳥取県米子市)には、「0番ホーム」と同じ読み方の「霊番ホーム」がある。遠く離れた酒田ではそんな不吉な展開になるはずはないと思い、改札口を抜けて0番線へ向かうことにした。
駅の天井からつり下げられた案内表示器で確認すると、陸羽西線用の列車が来たのには確固たる理由があった。陸羽西線が運休になったのには違いないが、1日9往復している陸羽西線のうち4往復は余目―酒田間で羽越線に乗り入れている。
陸羽西線は運休しても、乗り入れている羽越線はこの日も通常通り運行していた。このため、陸羽西線の列車のうち余目―酒田間も含めた全線で運休するのは目に余るとばかりに、酒田4時44分発の列車の行き先を新庄から余目へ短縮して走らせたのだ。
zoom ▽女性の声で「新庄行きです」
ところが、白色をベースにした車体の側面には陸羽西線の愛称である「奥の細道」「Mogami-gawa Line(最上川ライン)」の文字が躍り、見た目はワンマン運転の陸羽西線の列車そのものだ。
乗車しても、聞こえてきたのは「新庄行きワンマンカーです」という女性の声だからだ。用意している自動放送が酒田発新庄行きのバージョンしかないからだ。そこで、運転士がマイクを握って「この列車は余部行きです。余部から先、新庄方面は本日大雪のため運休となっています。ご了承ください」とフォローした。
高校生が目立つ車内には計14人の乗客がおり、吹き付ける寒風がビュービューと音を立てる。酒田の二つ先の砂越(酒田市)で5人が下車し、私を含めた残る9人は酒田から4駅の余目まで乗り通した。
この日は余目が終点だったものの、到着したのは陸羽西線のホームだ。片開き扉が開くと、「新庄行きワンマンカーです」という“通常モード”の女性の声がむなしく響いていた。
zoom ▽豪雪地帯の“ライフライン”
余目の跨線橋には1月16日の運転再開を記念し、陸羽西線をモチーフとした塗り絵が貼り出されていた。赤やオレンジ、緑、黄色などでカラフルに彩られており、雪が吹き付ける厳冬でも温かい心のともしびとなってくれる。
鶴岡へ向かうために乗り換える羽越線の新津行き列車は午後5時49分着・5時50分発で、40分余りあるため駅舎で待つことにした。待合室に並んだいすに腰かけると、壁際に電話の受話器があるのが目に入った。「酒田駅への問い合わせ用電話です」と大きく記した貼り紙に使い方が説明されており、列車が遅れるような場合には放送で案内するものの、聞き逃した利用者が列車の運行情報を尋ねられるようにしているという。
確かに訪問したときを含めて駅員が不在で、冬場には雪が積もって冷え込む豪雪地帯で、スマートフォンを使いこなせないお年寄りもいる中では備えておくべき“ライフライン”と言えるだろう。
すると放送が流れ、酒田発新津行きの列車は、遅れている秋田発酒田行きの列車の酒田到着を待ってから出発すると案内があった。大都市圏ならば「急いでいるのに」との嘆き声が漏れる場面だが、待合室にいた利用者たちの反応は冷静沈着そのものだった。豪雪地帯にあって忍耐強く、落ち着いて行動する習慣が染みついているのだと感心した。
新津行きの列車が近づいていると案内があり、到着する3番線へ向かった。遠くで左右両方の上部にある白いヘッドライトが点灯しているのが見えてくると、徐々にその姿を現してきた。ディーゼルエンジンと発電機による電力でモーターを駆動させて走る電気式気動車GV-E400系だ。
到着したのは定刻より9分遅れの5時58分だったが、乗り降りする利用者はしっかりとした足取りで行動している。急げば溶けた雪でぬれた床で転ぶ恐れがあり、慌てたところで所要時間が大きく変わるわけではない。
「かくあらねばならない」と落ち着かない性分の私は自省し、列車の床を努めてしっかりと踏んで乗り込んだ。
(庄内・雪街道【中】に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)
