zoomクリスマスや新年を控えた乾杯の場面で杯を傾けるのが、フランス北東部シャンパーニュ地方産の発泡白ワイン「シャンパーニュ」(シャンパン)だ。英国王室御用達の逸品を送り出しているポール・ダンジャン・エ・フィスは家族経営を貫き、原料のブドウは自社の畑から100%調達、ブドウ栽培で化学薬品や除草剤を一切使わないなどの「こだわり」に満ちている。来日した当主のジャン・バティスト・ダンジャン氏と、いとこで生産技術を指揮するエリック・ダンジャン氏はその理由について説明する一方、「革新性」にも取り組んでいると強調した。「こだわり」と「革新性」がもたらすハーモニーを確かめるべく、自信作を試飲させてもらった。
zoom 【シャンパーニュ地方】フランスの首都パリの東約140キロにあるシャンパン生産と、使うブドウの栽培が盛んな地域。原産地呼称制度(AOC)により、「シャンパーニュ」を名乗るスパークリングワインを生産できる唯一の地域となっている。大陸性気候と海洋性気候の両方の影響を受けるため気温は年間を通して低く、日照時間も比較的短い上、降雨量も適度なため高品質なブドウが育ちやすいとされる。
フランスのワイン用ブドウの栽培面積の4・3%に当たる約3万4200ヘクタールで栽培。地区はモンターニュ・ド・ランス、バレ・ド・ラ・マルヌ、コート・デ・ブラン、コート・デ・バール地区の4つに分類される。うちメゾン・ポール・ダンジャン・エ・フィスがある南部のコート・デ・バールは泥灰質となっている。
zoom ▽ブドウ栽培農家から醸造へ進出
ジャン氏によると、ポール・ダンジャン・エ・フィスはもともとブドウの栽培・出荷をなりわいとし、シャンパーニュ大手のモエ・エ・シャンドン」や、自動車レースの最高峰「F1」の表彰式でのシャンパンファイトに使われる商品を手がけるメゾン・マムなどにブドウを供給していた。
しかし、元当主の故・ポール・ダンジャン氏が1947年にシャンパーニュを自ら造り出すことを決意。シャンパーニュ大手に供給していた高品質なブドウを使ったシャンパーニュは評判を呼び、英国王室御用達に。
ジャン氏は「当社のシャンパーニュに使うブドウの100%を、約50ヘクタールある自社の畑から調達している」とし、「その畑を守るためにも外部の資本を入れずに家族経営を貫いている」と説明。現在は家族14人が運営しており、シャンパーニュ地方で最大の家族経営ワイナリーだ。
zoom ▽「人工合成の化学薬品や除草剤は一切使わず」
使うブドウの全量を自社の畑から調達するということは、ブドウの出来がシャンパーニュの品質を左右することになる。それだけに、ブドウ栽培へのこだわりは半端ではない。
エリック氏は「畑では化学薬品や除草剤は一切使っておらず、表面から数センチの土壌をすきで耕している」とし、使う肥料や防虫剤などは自然由来のものを厳選して用いていると訴える。
土壌をすくというのは一見原始的な作業にも映るが、ブドウの木は「すき起こされた根から水分とミネラルを吸収できるようになる」と指摘。土壌をすくことで根がより地中深くへ伸びるようになり、結果として「根が深い地中からミネラルを採り入れるようになり、奥行きのある味のあるブドウが育つ」と解説する。
zoom ▽ソレラシステムで引き出す「革新性」
ポール・ダンジャン・エ・フィスのシャンパーニュは、ソムリエ(東京都港区)が日本に輸入、販売している。試飲した「キュヴェ・47N・V・」(750ミリリットル瓶で1万6900円)の名称は、ポール・ダンジャン・エ・フィスがシャンパーニュ造りに乗り出したのが1947年なのに由来する。
樹齢50年以上の黒ブドウ品種「ピノ・ノワール」を100%使うことでしっかりした味わいを引き出す一方、製法では「革新性」を追求している。それはリザーブワインを毎年つぎ足しては、出荷していく「ソレラシステム」の採用だ。
ジャン氏は「2010年以降に毎年10%を継ぎ足し、貯蔵樽の中に入っている10%を引き出して商品として出荷しており、この継ぎ足し方式にすることでそれぞれの年の(味の特色が出る)個性を打ち消し、その土壌の個性を引き出せるようになる」と力説する。力強いピノ・ノワールを100%用いていることもあり、パンチのある味わいが前面に出ている。
zoom ▽「時代に合わせて革新を続けていく」
一方、優美な味わいで知られる白ブドウ品種「シャルドネ」を80%、ピノ・ノワールを20%使ったのが「キュヴェ・プレステージ・ロゼM・V・」(750ミリリットル瓶で4万4000円)だ。口に入れた瞬間に華やかな風味が広がる一方で、しっかりとした飲み応えもある。マリアージュとして提供された山形牛のヒレ肉との相性が抜群だった。
私の乏しい経験に基づいた話で恐縮だが、これまで飲んできたシャンパーニュは乾杯にふさわしい比較的ライトな味わいで、泡の舌触りが滑らかならばいいのかと受け止めてきた。だが、ポール・ダンジャン・エ・フィスの「キュヴェ・47N・V・」が持つ深みのある味わいは、私の偏見を打ちのめすのに十分だった。
おそらくそれは毎年の味のブレを抑え、その土壌ならではの味を引き出そうとするソレラシステムという「革新性」と、ブドウ栽培から始まる「こだわり」が結びつき、シャンパーニュを次のステージへと昇華させているためだろう。
「伝統を守るだけではなく、時代に合わせて革新を続けていくことで未来が拓ける」というジャン氏の言葉の説得力で満たされた一杯を堪能させていただいた。
