旅の扉
【連載コラム】【厳選旅情報】編集部がみつけた、旅をちょっぴり豊かにするヒント
2025年11月11日更新
リスヴェル旅コラム
Editor:リスヴェル編集部
魚沼コシヒカリの里に息づく、伝統と革新の日本酒
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魚沼市の酒蔵めぐり。滝雲©魚沼市観光協会
雪深い新潟県魚沼市には、自然の恵みを生かした二つの酒蔵がある。どちらの蔵も長い歴史を受け継ぎながら、いま若い世代の情熱によって新たな風が吹き込まれている。伝統の技を守りつつ、海外展開や新たなブランド開発にも積極的に取り組み、地酒の新しい可能性を切り開いている。日本酒の国内消費が減少傾向にある中で、彼らは地域の自然と文化を軸に、世界へと通じる酒造りへ舵を切っている。その姿は、米どころ魚沼の誇りを胸に、伝統を未来へつなぐ力強い挑戦そのものである。雪と水と人が織りなすこの地の酒には、静かな情熱と確かな革新の息づかいが感じられる。
魚沼の日本酒が美味しいのは、雪と水と米という三つの自然の恵みに加え、気候に寄り添いながら経験を積み重ねてきた蔵人たちの丁寧な手仕事が、その恵みを最大限に引き出すからである。冬には豪雪が大地を覆い、低温が酒造りに最適な発酵環境を整える。雪は春になると清らかな雪解け水となって伏流水を育み、仕込み水として酒に透明感とやわらかさを与える。そして魚沼産コシヒカリを育てる肥沃な土壌が、酒米の品質をも高めている。自然と人が調和するこの土地だからこそ、魚沼の酒は深みのある旨味と清らかな後味を併せ持つのである。今回は、そんな魚沼市にある二つの酒蔵を訪ねたので、雪国の知恵と情熱が息づく酒造りの現場を紹介したい。
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玉川酒造の雪室©魚沼市観光協会
玉川酒造株式会社は、新潟県魚沼市須原に本社を構える老舗の酒蔵である。1673年(江戸時代・四代将軍徳川家綱の頃)に創業し、350年以上にわたって酒造りを続けてきた。長い年月の中で研究を重ね、平成元年には日本で初めて雪中貯蔵施設「ゆきくら」を設けたことで知られる。訪れた日は夏の終わりだったが、蔵の入口には断熱シートで覆われた万年雪が残っていた。2025年の猛暑にも溶けず、雪中貯蔵庫の内部は真夏でも2〜3℃を維持している。雪の冷気で日本酒をゆっくりと熟成させることで、角が取れたまろやかで深みのある味わいの酒に仕上がる。豪雪地・魚沼ならではの自然の力を生かした酒造りの知恵が息づいている。
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玉川酒造株式会社の代表取締役、19代目の風間勇人氏
酒造りは毎年11月上旬から4月中旬にかけて行われる。12月は週末も仕込み作業が行われるため、酒蔵見学に訪れるなら冬がおすすめだが、夏の7〜8月には梅酒造りの様子が見学できるので、季節ごとに違った魅力がある。酒蔵見学のルートは、雪室「ゆきくら」から始まり、造り蔵、土蔵、そして試飲・販売を行う「越後ゆきくら館」へと続く。筆者が訪れた10月末は仕込み期ではなかったが、写真付きパネルを活用して新潟県内の酒蔵の特徴や日本酒の製造工程について丁寧な解説を受けることができた。
見学後は併設の越後ゆきくら館で約10種類の地酒を無料で試飲できる。代表銘柄は、地元で350年以上愛され続けている「玉風味」。冷やでもお燗でも楽しめ、価格も手頃なため、約6割が地元で消費されるという。さらに、アルコール度数46度の「越後武士(えちごさむらい)」は、日本酒では珍しい度数の高いタイプ。特別にドライなキレ味の中にも旨味と深いコクを持ち、炭酸や氷で割っても楽しめる。その原酒を使った「越後武士梅酒」や、オーク樽で熟成させた「越後武士エイジドインオーク」、柚子を加えた「UZ」、香り高い「ゆきくら珈琲」など、日本酒ベースの多彩なリキュールも揃う。
訪れたらぜひ試してほしいのが、大吟醸原酒を雪中貯蔵した「越後ゆきくら」である。数々の鑑評会で多数の受賞歴があり、令和5年の関東信越国税局酒類鑑評会では全酒蔵の中で首席第一位最優秀賞に輝いた。四季が輝く魚沼の風土と玉川酒造の技と情熱が結晶した地酒の傑作ともいえる存在で、有料試飲(300円)で味わえる。
玉川酒造 越後ゆきくら館
http://www.yukikura.com
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緑川酒造 ― 雪解け水が醸す、淡麗の極み
緑川酒造株式会社は、現在は新潟県魚沼市青島に拠点を構える酒蔵である。1884年(明治17年)の創業以来、雪深い魚沼の自然と人の感性を調和させた手造りの酒を守り続けてきた。蔵の敷地内には、魚沼丘陵からの伏流水が地下を通って湧き出しており、仕込み水として使われる。この清らかな水こそが、緑川のやわらかで品のある味わいを生み出す生命線である。
移転を余儀なくされた1990年、蔵は徹底した水質調査を行い、現在の地を新たな拠点とした。酒造りでは水の量と質がすべてを左右する。緑川では、飲む酒に使う「仕込み水」(地下50〜60メートル)と、洗浄用の「井水」(地下30〜40メートル)を使い分けるという徹底ぶりで、「酒造りの半分は掃除と洗い物」という言葉通り、蔵内は理路整然と清潔が保たれている。
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緑川酒造を見学
この日の案内役は、洋酒業界で修行を積んだ現蔵元の長男・大平一幾氏であった。緑川酒造はウイスキーづくりの技法を応用し、熟成やブレンドを日本酒に取り入れている。中でも「緑川 Cask Collection(カスクコレクション)」は象徴的で、熟成させた原酒を国産のモルトウイスキーの熟成に使用されたオーク樽(ミズナラ、アメリカンオーク、スパニッシュオーク)で後熟させ、仕上げる。樽の香りが酒に溶け込み、華やかさと奥行きをもたらす。なかでも「SPANISH OAK FINISH」は、シェリー由来のベリーやレーズンの香りが漂い、柔らかく深みのある味わいが印象的である。ラスベガスの高級ホテルや海外の鉄板焼きレストランでも提供され、世界からの注目も高い。
ブレンド工程は社長が決定する。たとえば大吟醸は、3〜8年熟成させた8種類の原酒をブレンドして造られる。低温でゆっくり発酵させ、絞った後に角を取るように熟成させてからブレンドし、複雑味と調和を生む。割烹や寿司店で愛される「純米 緑川」は、「食事の傍らにあって、いつの間にか飲んでしまう酒」を目指す姿勢どおり、魚介との相性が抜群で、夏は冷やして、冬は熱燗で楽しめる。
流通と品質管理へのこだわりも突出している。緑川酒造はホームページを持たず、通信販売も行わず、スーパーにも卸さない。信頼の置ける特約店に商品を託し、流通経路を限定することで品質を守る。瓶の裏にはQRコードを貼って追跡管理されている。見学は完全予約制で、案内できるスタッフがいる場合に限り、10人以下の少人数での酒蔵見学(来年から有料予定)を実施している。
さらに蔵の前では、自ら無肥料・無農薬の酒米栽培にも挑戦している。一般的な「五百万石」に加え、一度途絶えた酒米「北陸12号」を復活させ、契約農家とともに魚沼で栽培。春限定の「霞しぼり」には、魚沼市産の北陸12号が100%使用されている。来年にはミズナラの木桶を日本酒業界で初めて導入し、お酒を仕込む予定となっている。伝統に根ざしながらも、樽熟成とブレンドで新たな日本酒の表現を切り開く姿勢は、魚沼という土地が持つ“静かな冒険心”を体現している。
新潟県酒造組合ホームページ内で紹介されている緑川酒造株式会社
https://www.niigata-sake.or.jp/kuramoto/midorikawa/
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越後三山©魚沼市観光協会
酒の四大要素と言われる「米・水・人・技」。地元の米、地元の水を使い、地元で育った人が、蔵に伝えられた技で造っている。その米にも、水にも、味わいにも雪が欠かせない。雪から生まれ、雪に育まれた酒。それが魚沼の日本酒である。魚沼を訪れたなら、地域の人々に長く愛されてきた地酒をぜひ味わってほしい。
新潟県では毎年、県内の酒蔵が一堂に会する日本最大級の日本酒イベント「にいがた酒の陣」が開催されている。2日間、4部制で開催されるこのイベントでは、500種を超える新潟の日本酒の試飲(有料)や地元料理、ステージ企画を楽しめる。2026年は3月7日(土)〜8日(日)に新潟市で開催される予定である。チケットは早期完売が常であるため、最新情報は公式サイトで確認したい。https://www.niigata-sake.or.jp/news/9945/
ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の伝統的酒造りは、各地の気候や風土に応じて発展してきた。美味しい米の産地である魚沼市の酒蔵は、その最良の例である。自然と人の知恵が重なる場所を訪ね、越後三山の麓で醸される日本酒文化の現在地を確かめてはいかがだろうか。
取材協力:
魚沼市観光協会 https://www.iine-uonuma.jp/
小千谷観光バス株式会社 http://www.ojiya-kanko.com/
取材:RISVEL編集部 N.C.