大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま、大阪市此花区)で開催中の2025年大阪・関西万博が9月29日、閉幕まで2週間となった。カナダパビリオン(カナダ館)は来場者が拡張現実(AR)の技術を活用してカナダの革新性と多様性、創造性、環境に配慮した社会を体感できる展示になっており、優れたパビリオンを選出する「ワールド・エキスポリンピクス」の技術統合部門で金賞、大型パビリオンで銀賞に輝くなど高い評価を得ている。
そんなカナダ館の一角には、代表的な観光名称であるナイアガラの滝には、赤い帽子をかぶり、金色のマントを羽織った巨漢の男が双眼鏡をのぞき込んでいる“サプライズ”があると耳にした。これらの外見上の特色を持ち、ナイアガラの滝で国境を接し、監視しているとなると、輸入品への高関税などに反発するカナダ国民が渡航をボイコットしている世界一の経済大国を率いる「不倶戴天の敵」を想起させるが…。真相を確かめるべく、カナダ館を再訪した。
【カナダパビリオン(カナダ館)】コンセプトを「再生」とし、拡張現実(AR)の技術を通じてカナダの革新性と多様性、創造性、環境に配慮した社会を発信している。独自にパビリオンを出展した「タイプA」で、会場を囲んでいる全長約2キロの木造の回廊「大屋根リング」に面している。氷をイメージした外観は、厳しい冬にできた川の氷が春の訪れとともに溶け出し、氷の断片が川の流れをせき止める自然現象「水路氷結」に由来する。
入り口には「CANADA」の赤い英文字を設けており、来場者が記念写真を撮影する人気スポットとなっている。併設するカフェでは、フライドポテトに肉汁から作ったグレイビーソースと、立方体になったチーズカードをかけたカナダの名物料理「プティーン」や、カナダ産メープルシロップを用いたソフトクリームなどを販売している。
▽まるで沖縄の人気水族館?
カナダ館に入るとタブレット端末を貸し出され、内蔵カメラを暗い館内の展示物などに向けてAR技術で観賞する。カナダの全10州・3準州の名所や豊かな自然、伝統工芸を制作する様子などが画面に映し出され、場所によっては音や振動も交えての臨場感を味わえる。
万博会場にいながら、あたかも国土がロシアに次いで世界で2番目に大きいカナダを駆け巡るような“疑似旅行体験”を満喫できる仕掛けだ。
入り口に近いコーナーでは魚が豪快に泳ぐのが見られ、女性案内員が指をさしながら「あそこに見えるのは(カナダ東部の全長約1200キロの)セントローレンス川を泳ぐアトランティックサーモン(タイヘイヨウサケ)です」と教えてくれた。動き回る魚の群れを目で追う体験は、沖縄美ら海水族館(沖縄県本部町)で巨大水槽の中をジンベイザメが回遊するのを目の当たりにするような迫力がある。
▽なんと「宇宙からの贈り物」も
その先へ足を運ぶと、白く浮き上がった氷山の造形物が9つたたずんでいる。これらにタブレットのカメラを向けると、カナダ東部プリンスエドワード島にある小説「赤毛のアン」の主人公アン・シャーリーが暮らした家をモデルにしたグリーン・ゲーブルズ・ハウス(緑の切妻の家)や、先住民が彫刻作品を作っている様子が浮かび上がる。
この一角で「タブレットを上に向けてください」と言われたので従うと、「宇宙からの贈り物」と呼ばれるオーロラが空中を舞っているではないか。私は「3日間滞在した場合のオーロラ発生確率が約9割」とされる中部マニトバ州の北極圏に近いチャーチルまでVIA鉄道カナダの夜行列車で往復したが、見えたのはオーロラの消えゆく光景だけだった。
もしも2024年9月に訪れた西部ユーコン準州で期待以上のオーロラに遭遇していなければ、「これまでで見た中で最高のオーロラだ!」とさぞかし感激していたかもしれない。
▽豪華客船が氷山に!そのワケとは
大都市部が映し出される氷山の造形物では、貨物鉄道大手カナディアン・ナショナル鉄道(CN)が同国最大都市トロントに1976年に建てた自立式電波塔「CNタワー」(高さ約553・33メートル)が存在感を発揮している。ヘリコプターが飛び回ったり、コンサート会場で観客がステージに声援を送ったりという都会の喧噪に身を置いて周囲を見回していると「危ない!」と声を上げそうになった。
なんと豪華客船が氷山に突っ込んでいるではないか。「もしかすると、東部ニューファンドランド島の沖合約600キロで沈没したタイタニック号の大惨事を忘れないという趣旨なのか」とも思ったが、客船の隣にある5つの帆が並んだ建物を見つけて自分の早合点に気づいた。
この建物は西部バンクーバーの複合施設「カナダプレイス」で、豪華客船は隣接するクルーズターミナルに停泊している場面だった。しかし、私はタブレットのカメラを先にある氷山の造形物が視界に入ったため、まるで氷山に衝突する豪華客船のように映っていたのだ。
なお、カナダプレイスの東館は1986年に開催されたバンクーバー国際交通博覧会のカナダパビリオンの跡だ。すなわちカナダ館のコンセプトである「再生」を体現するとともに、大阪・関西万博の会場で新旧カナダ館がそろい踏みをする“デュエット”も演出している。
▽明かされた「巨漢の男」の正体!
一つの謎が解明されたところで、いよいよ「疑念」を解く時が訪れた。ナイアガラの滝赤い帽子をかぶり、金色のマントを羽織り、双眼鏡をのぞき込んでいる巨漢の男の正体だ。
私は勤務先のニューヨーク支局駐在中だった2014年、妻子と共にナイアガラの滝に隣接した米国とカナダの国境を徒歩で渡ったことがある。全米鉄道旅客公社(アムトラック)で国境を越えると運賃が爆上がりするためというセコい動機だったのを見透かされてか、カナダの入国審査官に「どこのホテルを予約している?」「所持金はいくらある?」などと訝しがられた。カナダへの入国でも厳格だっただけに、「移民取り締まり強化」を掲げる今のアメリカに歩いて入国しようとしたら手厳しい質問が待ち構えているのは請け合いだ。
とはいえ、あの「巨漢の男」の名前を出したとたんに眉をひそめたり、不快感をあらわにする場面をこれまで幾度も目撃してきた。そんな嫌悪感を招きかねない「分断の象徴」の名前を、「いのちを響き合わせる」という崇高な理念を掲げる万博の会場で口にするのははばかられる。そこで一計を案じて、近くにいた男性案内員に「エクスキューズ・ミー(すみません)」と声をかけて話しかけた。
「ナイアガラの滝の奥から双眼鏡で監視している赤い帽子の大男が見えるのですが、あれはカナダの南の国の『国境に巨大な壁を造る』とほざいていた関税男が国境を見張っている様子というわけではないですか?」
案内員は苦笑し、「違うよ、あれは観光客が双眼鏡でナイアガラの滝を見物しているんだよ」と一笑に付した。確かに帽子の赤色はカナダ国旗にも彩られており、金色のマントに見えた物は水爆でぬれないように被ったポンチョのようだ。しかも多様性を重視し、コンセプトにも掲げているカナダ館が「分断の象徴」の姿を映し出したいとは冗談でも思わないだろう。
展示室を出る手前の氷山の造形物では、カナディアンロッキーの断崖絶壁に沿って蒸気機関車(SL)が木材を積んだ貨車を引っ張り、CNの貨物列車も走ってきた。しかし、傍らで植樹している人に比べると列車が小さい。そこで、案内員に「これは鉄道模型ですか?」と聴いたが、「いや、普通の列車ですよ」と返された。
遠近法で大きさが実物とは異なって見えるのか、それとも過労で目が疲れているのだろうか?「巨漢の男」の正体を見誤ったことも踏まえると、後者かもしれない…。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)