- トップ
- トラベルコラム
- 日本で生まれた新国立劇場バレエ「アラジン」、物語から感じる世界の旅のエッセンス
旅の扉
- 【連載コラム】こだわり×オタク心
- 2024年6月19日更新
- arT'vel -annex-
コラムニスト:Tomoko Nishio
日本で生まれた新国立劇場バレエ「アラジン」、物語から感じる世界の旅のエッセンス
zoom
- アラジンとプリンセス 撮影:鹿摩隆司
- 2024年6月14日~23日まで、新国立劇場バレエ団「アラジン」が上演されている。2008年、世界的な振付家にして当時バレエ団の芸術監督を務めていたデヴィッド・ビントレーが新国立劇場バレエ団のために振付し、世界初演された作品だ。物語は有名な「アラジンと魔法のランプ」で、カール・デイヴィスによる雄弁な音楽とともに、元気いっぱいの青年アラジンを主人公とした冒険の旅が描かれる。思わぬ仕掛けで登場するランプの精ジーン、プリンセスや魔法使いマグリブ人、アラジンの母など魅力的な登場人物や財宝の洞窟の宝石たちの踊りなどをちりばめた、エンタテインメント性にもあふれた、何度も見たくなる舞台だ。(文章中敬称略)
zoom
- 元気いっぱいのアラジン。男性が主人公のバレエだ 撮影:鹿摩隆司
- ■「アラジン」はもともと中国の物語。バレエの舞台はアラビアのどこかの中国人
「アラジン」というとほとんどの人がアラビアを舞台とした物語を連想するのではなかろうか。このバレエも幕が上がると中東風のいでたちの人々が行き交うアラビアの市場が広がるのだが、登場する主人公アラジンやその母親のなりは中国風。「え?」と面食らう方々もいるかと思うが、実はこれ、「アラジンと魔法のランプ」の原作――というと少々語弊があるが、本来の設定を取り入れたものだ。実は18世紀初頭、中東からヨーロッパに紹介された「アラジンと魔法のランプ」こと「アラジン」の物語は中国が舞台で、主人公のアラジンは中国人なのである。そのためヨーロッパでは「アラジンは中国人」というのは定説で、とくに英国のコヴェントガーデンなどではではこの物語が欧州に紹介された18世紀以降からクリスマスの舞台の定番として、今でも「中国人アラジン」のマイム劇が上演されている。
英国で「中国人のアラジン」に慣れ親しんでいた振付家ビントレーは、「アラビア人のアラジン」のイメージが強い日本でこの作品を上演するにあたり、主人公を「アラビアのどこかの町で暮らす中国移民」とした。アラビアの町で貧しくも元気な青年アラジンがマグリブ人にそそのかされ魔法のランプを手に入れ、プリンセスと出会い恋に落ちるといった物語を軸に、ランプの精ジーンとの出会いと友情、母子の情なども描かれている。
zoom
- ランプの精ジーン 撮影:鹿摩隆司
- ■中国文化の流行とともに受け入れられ、庶民にまで広がる「アラジン」の物語
ではなぜアラジンは中国人なのか。それについては研究者の間でも明確な答えはないらしいのだが、一説には当時ヨーロッパで流行していた中国風様式「シノワズリ」や、「中国」に象徴されるオリエンタリズム――東洋趣味へのあこがれがあるという。
そもそも「アラジン」の物語は、現在「アラビアンナイト(千夜一夜物語)」の代表作として知られるが、本来は「アラビアンナイト」とはまったく無縁の、中東のおとぎ話だ。これは1704年にフランスで「アラビアンナイト」が初出されたあと、後に様々な写本や口伝の物語が付け加えられていったためだという。結果的に本来の「アラビアンナイト」とは無関係の「アラジン」、さらには「アリババ」「シンドバッド」の物語は、本家「アラビアンナイト」以上に世に知られている。物語が長く生き残る理由には「おもしろさ」「時代を越えて人の心をつかむ魅力」が挙げられるが、「アラジン」には「アラビアンナイト」の他の物語にはあまり見られない、「少し賢くなる」成長譚、サクセスストーリーもあるからだとか。こうした「アラジン」の物語は、海路や陸路など、様々なルートで欧州に運ばれた中国の工芸品を通して生まれていたシノワズリ――未知の国へのあこがれとともにヨーロッパに受け入れられ、さらに18世紀末にフランスや英国で発行された廉価本により庶民にも広く知られることとなったのである。
zoom
- シノワズリを取り入れた代表的な建物の一つ、ポツダム宮殿の庭園にある中国茶館(ドイツ) (C)Rictor Norton
- ちなみに「シノワズリ」はシルクロード、あるいは航路の開拓などにより世界様々な交易ルートでつながれたことで欧州に広まった芸術様式の一つ。壁紙や家具のテキスタイルなど中国趣味を模した部屋には交易でもたらされた景徳鎮や伊万里などが飾られ(中国も日本もまとめて「中国」だったのだろう)、ヨーロッパ上流階級のステータスの象徴となっていた。フランスのヴェルサイユ宮殿、ドイツのポツダム宮殿や英国のハンプトンコート宮殿、ケンジントン宮殿など、著名な王侯貴族の邸宅にはほぼほぼシノワズリの部屋や建物がある。行く機会があったら「アラジン」来欧のエピソードともども、思い出してみてほしい。
zoom
- 宝石の洞窟の踊りはハイライトの一つ 撮影:鹿摩隆司
- ■時を越えて楽しめる物語「アラジン」。日本人ダンサーのポテンシャルを生かした踊りも魅力
新国立劇場バレエ団が上演している「アラジン」は、そうして時を超えて愛され、伝えられてきた物語が舞台上で生き生きと繰り広げられ、大人も子供も楽しめる、初めてバレエを見る人にもおすすめのバレエ作品となっている。
見どころは数々あるが、なかでもハイライトの一つとして人気が高いのは、アラジンがマグリブ人にそそのかされて魔法のランプを取りに入る宝石の洞窟だ。
ダイヤモンドやルビー、サファイア、エメラルドなど、様々な宝石の踊りが披露されるこの場面は、例えばターバンの衣装のエメラルドはインド、サファイアは「ヴィーナスの誕生」を思わせる青い地中海、ゴールドとシルバーは太陽王ルイ14世時代の宮廷へのオマージュ、ルビーはエジプト、オニキスとパールはヴェネチアの仮面カーニバル風と世界の様々なモチーフがちりばめられていて実に楽しい。ランプからの煙とともに登場するジーン、アラジンのピンチを救うためにジーンが宮廷中にかける魔法の踊り、祝賀のシーンで登場する中国の獅子舞や龍踊、空飛ぶじゅうたんなど、驚く仕掛けも満載だ。
忘れてはならないのは、このバレエは新国立劇場バレエ団のために振付され、このバレエ団が世界初演した作品であるということ。日本人ダンサーのポテンシャル――欧米人のような体躯ではないが、スピード感やきめ細かい心理描写、丁寧な技術力などを生かした、日本人の個性を生かした振付は見ごたえがあり、とても自然だ。今回プリンセス役を踊るバレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)小野絢子は2008年の初演時にこの作品で主演デビューをしている。アラジン役の福岡雄大は小野とともにこの作品が英国バーミンガムで上演された際にゲストとして出演した。同じく今回アラジン役を踊る福田圭吾は、初演時以来ランプの精ジーンやアラジンの友人、宝石を踊るなど、作品を隅々まで知り尽くしているベテラン。米沢唯(プリンセス)と奥村康祐(アラジン)はビントレーがバレエ団の芸術監督時代にプリンシパルに抜擢したダンサーたちだ。こうしたベテラン勢に井澤駿や渡邊峻郁(ともにジーン)など身体能力とそれぞれに独特な表現力を持つダンサー、さらに新たなメンバーを加えながら、目がいくつあっても足りないほどに見どころ満載の生き生きした舞台が展開されていくのだ。
数々の映画や舞台で活躍した作曲家カール・デイヴィスの音楽も実に雄弁。分厚いオーケストラの音色ともども、ぜひ時を超えて愛される物語世界を楽しめる。良質の舞台や芸術は間違いなく旅と芸術、双方を楽しむエッセンスになる。なお、本公演は東京のほか札幌でも上演が予定されている。
■参考文献:
「世界史の中のアラビアンナイト」西尾哲夫・著/NHK出版/2011年
バレエ名作物語「アラジン」新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD/世界文化社/2011年
ガラン版「千一夜物語」(5)西尾哲夫・訳/岩波書店/2020年
デヴィッド・ビントレーの「アラジン」公演パンフレット/新国立劇場/2008年
Woburnabbey https://wabbey.net/blogs/blog/
カール・デイヴィス オフィシャルサイト https://carldaviscollection.com/
Antoine Galland https://fr.wikipedia.org/wiki/Antoine_Galland
magazine du chateau de Versailles http://www.lescarnetsdeversailles.fr/
zoom
- 魔法使いマグリブ人とランプの精ジーン 撮影:鹿摩隆司
- 新国立劇場バレエ団 2023/2024シーズン「アラジン」
■日程:2024年6月14日(金) ~ 23日(日)
■会場:新国立劇場オペラパレス
■振付:デヴィッド・ビントレー
■音楽:カール・デイヴィス
■美術:ディック・バード
■衣裳:スー・ブレイン
■照明:マーク・ジョナサン
■指揮:ポール・マーフィー(6月14日、15日13:00、16日、19日、21日、22日18:30、23日)、冨田実里(15日18:30、22日13:00)
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■出演:新国立劇場バレエ団
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/aladdin/
【札幌公演】
■日程:2024年7月6日(土)~ 7日(日)
■会場:札幌文化芸術劇場 hitaru
■指揮:冨田実里
■管弦楽:札幌交響楽団
https://www.sapporo-community-plaza.jp/event.php?num=3587