(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【15】」からの続き)
世界遺産に指定されているカナダ東部オンタリオ州のリドー運河でモーター付きの船舶「ハウスボート」を操縦して観光地のウエストポート村のウエストポート公共埠頭に到達した。苦難の末に鉄道が敷かれた鉄道によって観光地として発展したが、開業から64年後の1952年に廃止。モータリゼーションが進んで多くの観光客はマイカーで訪れるが、リドー運河を通って船舶で向かうという“奥の手”もある。
【ウエストポート村】カナダ東部オンタリオ州の小さな村で、カナダ統計局によると2021年の人口は634人。19世紀から20世紀にかけては商業都市として賑わい、1888年に州内のブロックビル市と結ぶ鉄道が開業した。旅客列車で行き来しやすくなったことで、観光客がウエストポート村を訪れるようになった。ウエストポート村は1952年の鉄道廃止後は鉄路が消えた。ブロックビル市にはカナダの国営旅客鉄道会社、VIA鉄道カナダのブロックビル駅が現存し、カナダの最大都市トロントや首都オタワと結ぶ列車の一部が停車する。
▽「空を見ろ!」
「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!スーパーマンだ!」とは1940年に始まった「スーパーマン」のラジオドラマで使われた台詞だが、ウエストポート公共埠頭に面してそびえる木造の建物の上を眺めて「空を見ろ!」という言い回しが口をついて出た。
緑色の外壁の建物を覆った黒い屋根に白い物がいくつも並んでいるのだ。近づいて正体を確認すると、30羽ほどのカモメが羽を休めていた。
「空を見ろ!鳥だ!」で話が終わってしまうのはお粗末極まりない。ばつが悪いので建物の反対側に回ると、クラフトビールを醸造する「ウエストポート・ブリューイング」があった。
4種類のオリジナルビールを楽しむことができ、私が最も味が気に入ったのは「ビーバーポンド・ブラウンエール」という黒ビールだった。一緒に出してくれた説明文には「コーヒーとチョコレートの風味」と記しており、どうやら普段口にしている味だから自然に受け入れられたようだ。
▽村のホテルは「1つだけ」
「ウエストポート村にはホテルが1つしかないのよ」とハウスボートを借りたル・ボート(Le Boat)の担当マネージャー、リサ・マクリーンさんに教えられた。村内唯一のホテルは港に近い「ザ・コーブ・イン」で、瀟洒(しょうしゃ)な白い木造の建物だ。ホテルにはレストランがあり、夕食に「フィッシュ・アンド・チップス」を注文した。
メニューにはタラのフライが1個だと15カナダドル(約1700円)、2個だと21カナダドル(約2400円)と記されており、「2個だと多いですよね」とウェイトレスに恐る恐る尋ねた。すると、ウェイトレスは「2個ぐらい簡単に平らげられるわよ!」と太鼓判を押すのでタラのフライ2個入りを頼んでしまった。
大柄な人が多いアメリカでは店員の口車に乗せられて注文すると食べきれないのが常だが、ここでは完食してしまった。カナダだからということなのか、それともアメリカ生活が長くなって食べ過ぎに慣れてきてしまったのだろうか…。
▽宿泊先ももちろん…
ホテルでディナーを味わったということは宿泊先ももちろん、と言いたいところだ。しかし、私にはハウスボートが待ち受けている。ウエストポート公共埠頭に停泊中の船はほとんど揺れがなく、快適に翌朝を迎えた。
公共埠頭の近くを散歩していると、土産物店「リヨンズ・ホリデー・ハウス」が営業していた。クリスマスが近づいていることもあり、クリスマスツリーに飾り付けるオーナメント(装飾品)がいろいろと売られていた。カナダの野生動物カリブー(トナカイ)がスキーを楽しんでいる装飾品があり、私がアメリカ東部メリーランド州で住んでいるタウンハウスの隣人の飾りにしてもらおうとお土産に購入した。
私が買い物袋を提げているのを見たフランス人に「家族への土産を買ったの?」と尋ねてくる。「隣の家の人へのお土産だよ」と答えると、「隣の人にまでお土産を買っていくの?私もあなたの隣人になりたいわ」と驚かれた。
▽アメ車が暗示する行き先
出発したスミスフォールズへハウスボートで向かう途中、「リドー・フェリー」と呼ばれる地域に船を停泊して近くを散策した。すると駐車場にアメリカの大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)のブランド「シボレー」の乗用車「シェベル・マリブ307」2代目(1968~72年型)である黄色いオープンカーが止まっている。所有者の男性に許可を取って撮影させてもらうと、照れた様子で愛車の脇でポーズを取ってくれた。
男性は近くに住んでおり、夫人とともに買い物などの途中だそうで「このクルマを普段使いにしているんだ」と教えてくれた。
このレトロ車を見かけるだけでも希少だ。ところが、近くには同じシボレーの「インパラ」3代目(1961~61年型)の黒い塗装の「スポーツクーペ」も止まっており、丸いテールランプが左右3つずつ連なっているのが格好良い。
アメ車の黄金期のモデルを相次いで目撃した高揚感が訪れた次の瞬間、駐在先のアメリカへの帰国が近づいていることを改めて認識した。それはリドー運河とその周辺で休暇を満喫してきたカナダを離れることを意味していた。
落胆の色を隠せずにリドー運河の水面に視線を落とすと、役目を終えて流れ着いた落ち葉が浮かんでいた。それは国旗にも描かれているカナダの象徴のメープルリーフだった…。
(シリーズ「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【完】)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)