旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年3月31日更新
共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

船舶免許がないのに操縦席に!助け船は「魔法のつえ」にあり カナダの世界遺産でクルーズ体験【13】

△並んだル・ボートのハウスボートの手前を泳ぐカナダガン(2023年10月、カナダ東部オンタリオ州スミスフォールズで筆者撮影)zoom
△並んだル・ボートのハウスボートの手前を泳ぐカナダガン(2023年10月、カナダ東部オンタリオ州スミスフォールズで筆者撮影)

(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【12】」からの続き)
 カナダ東部オンタリオ州の世界遺産に指定されているリドー運河では、「水上の家」のように寝泊まりできるモーター付きの船舶「ハウスボート」を船舶免許なしでも操舵できる。私を含めて1時間弱の教習を受けただけの“にわか操縦士”に助け船を出してくれたのが「魔法のつえ」、人呼んで「インチキ道具」ともされる操縦席のスイッチだった。

△ハウスボートの操縦席に座る筆者(23年10月、カナダ東部オンタリオ州)zoom
△ハウスボートの操縦席に座る筆者(23年10月、カナダ東部オンタリオ州)

 【ハウスボート】寝泊まりできる寝室や台所、洗面所を備えた家のような機能を果たす船舶のこと。他に「ボートハウス」や「家船」の呼び方もある。水上を移動できるようにモーターが付いている場合が多い。カナダのリドー運河のほか、フランスなどのヨーロッパ諸国でハウスボートを貸している企業、ル・ボート(Le Boat)が抱えている最大の船は12人まで乗ることができる。

△乗り込んだハウスボートの2階の操縦席(23年10月、カナダ東部オンタリオ州スミスフォールズで筆者撮影)zoom
△乗り込んだハウスボートの2階の操縦席(23年10月、カナダ東部オンタリオ州スミスフォールズで筆者撮影)

 ▽操縦席は2カ所に
 カナダの首都オタワから約78キロ離れたスミスフォールズで、リドー運河沿いに停泊していたル・ボート(Le Boat)のハウスボートに乗り込んだ。全長13・5メートル、全幅約4・4メートルあり、2階部分もある最大9人乗りのポーランドのデルファイ製「ホライゾン4」だ。
 1階には四つの寝室と洗面所、台所、居間があり、2階は甲板になっている。面白いのは操縦席が2階の甲板と1階の台所の脇の2カ所にあるという点だ。
 他の船も見ていると、2階の甲板で操舵するのが一般的。1階の操縦席は、雨天などの悪天候のために設けているようだ。

△スミスフォールズのリドー運河の岸辺を散歩していたダックスフンド(23年10月、筆者撮影)zoom
△スミスフォールズのリドー運河の岸辺を散歩していたダックスフンド(23年10月、筆者撮影)

 ▽車のハンドルに当たる操舵輪、そしてスロットルとは…
 出発前講習のために現れたル・ボートの男性スタッフは、2階の操縦席で機器類を説明してくれた。操縦席から見て正面にあるのは船が進む方向を調整する操舵輪で、自動車のハンドルに当たる。
 右側にあるレバーは速度を制御するスロットルレバーで、自動車のアクセルとブレーキが一体化したようなものだ。停止時はレバーが中央の位置にあり、手前に引くとディーゼルエンジンが駆動して船尾に付いているプロペラが回って前進する。スロットルレバーを一番手前まで引いた状態が「フルスロットル」で、全速力で進む。
 逆に減速する際にはスロットルレバーを中央から奥へ押す。すると船尾のプロペラが前進する場合とは反対方向に回転し、速度が落ちる。ただし、停船の場合には止まった後もスロットルレバーを押し続けると後進してしまうので注意が必要だ。

△スミスフォールズを航行中のル・ボートのハウスボート(23年10月、筆者撮影)zoom
△スミスフォールズを航行中のル・ボートのハウスボート(23年10月、筆者撮影)

 ▽カーナビに当たる画面も
 スタッフが操縦席に乗り込み、停泊していた場所につないでいたロープを解き放って出航した。ル・ボートのハウスボートが並んでいる手前の水面をカナダガンが水面を泳ぎ、岸辺ではまるでじゅうたんのように連なった落ち葉の上をダックスフンドと飼い主が散歩をしている牧歌的な雰囲気だ。ここもれっきとした世界遺産のリドー運河の一部なのだ。
 操縦席の計器類の上には自動車のカーナビに当たるナビゲーションシステムの画面が取り付けられている。スタッフは船のスロットルレバーを調整して船を進めながら「この画面の地図を見ると針路や船の速度などの情報が分かる」と説明した。
 スタッフは操縦席から立ち上がると「それでは実際に操縦してもらおうか」と切り出した。最初の指令は「あそこの岸壁に沿って停船させてください」というものだ。
 ペーパードライバーであるがゆえに「ゴールド免許」で、実は自動車の縦列駐車もままならない私は「自動車でも難しいことを船で命じられても…」と心の中で悲鳴を上げた。

△世界遺産のリドー運河がカナダの国定史跡にも指定されていることを示す看板(23年10月、スミスフォールズで筆者撮影)zoom
△世界遺産のリドー運河がカナダの国定史跡にも指定されていることを示す看板(23年10月、スミスフォールズで筆者撮影)

 ▽魔法のつえか、インチキ道具か
 スタッフは私たち“にわか操縦士”の驚いた表情を見越してこう続けた。「停泊させるときにはこのスイッチを使ってください」。そして計器類の左側にある「スラスターズ」という縦長のスイッチを指さしたのだ。
 実はこれが「魔法のつえ」と呼ぶべき優れものだった。縦長のスイッチには船のイラストが描かれており、船全体を右に寄せたい場合にはスイッチを右へ動かす。後部だけ右へ寄せたい場合はスイッチの下部だけを右へ動かす。感覚的に船の位置を調整することができ、船が思い通りの位置に動いた後はスイッチから手を離せばいい。
 操縦席に乗り込んでこのスイッチを使ったところ、想像していたよりはるかに簡単に停泊できた。その後に出会ったモーターボートを操縦していた男性には、「その船はインチキ道具が付いているな」とからかわれたほどだ。
 だが、航行するのはリドー運河だ。運河にはどのように通り抜ければいいのか想像が付かない“関門”が待ち受けていた―。
(シリーズ「シリーズ「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【14】に続く」
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月、東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月に社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。2024年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を積極的に執筆しており、英語やフランス語で取材する機会も多い。

日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、旧日本国有鉄道の花形特急用車両485系の完全引退、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。

本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)、カナダ・バンクーバーに拠点を置くニュースサイト「日加トゥデイ」で毎月第1木曜日掲載の「カナダ“乗り鉄”の旅」(https://www.japancanadatoday.ca/category/column/noritetsu/)も執筆している。

共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。VIA鉄道カナダの愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。
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