(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【12】」からの続き)
カナダ東部オンタリオ州の世界遺産に指定されているリドー運河では、「水上の家」のように寝泊まりできるモーター付きの船舶「ハウスボート」を船舶免許なしでも操舵できる。私を含めて1時間弱の教習を受けただけの“にわか操縦士”に助け船を出してくれたのが「魔法のつえ」、人呼んで「インチキ道具」ともされる操縦席のスイッチだった。
【ハウスボート】寝泊まりできる寝室や台所、洗面所を備えた家のような機能を果たす船舶のこと。他に「ボートハウス」や「家船」の呼び方もある。水上を移動できるようにモーターが付いている場合が多い。カナダのリドー運河のほか、フランスなどのヨーロッパ諸国でハウスボートを貸している企業、ル・ボート(Le Boat)が抱えている最大の船は12人まで乗ることができる。
▽操縦席は2カ所に
カナダの首都オタワから約78キロ離れたスミスフォールズで、リドー運河沿いに停泊していたル・ボート(Le Boat)のハウスボートに乗り込んだ。全長13・5メートル、全幅約4・4メートルあり、2階部分もある最大9人乗りのポーランドのデルファイ製「ホライゾン4」だ。
1階には四つの寝室と洗面所、台所、居間があり、2階は甲板になっている。面白いのは操縦席が2階の甲板と1階の台所の脇の2カ所にあるという点だ。
他の船も見ていると、2階の甲板で操舵するのが一般的。1階の操縦席は、雨天などの悪天候のために設けているようだ。
▽車のハンドルに当たる操舵輪、そしてスロットルとは…
出発前講習のために現れたル・ボートの男性スタッフは、2階の操縦席で機器類を説明してくれた。操縦席から見て正面にあるのは船が進む方向を調整する操舵輪で、自動車のハンドルに当たる。
右側にあるレバーは速度を制御するスロットルレバーで、自動車のアクセルとブレーキが一体化したようなものだ。停止時はレバーが中央の位置にあり、手前に引くとディーゼルエンジンが駆動して船尾に付いているプロペラが回って前進する。スロットルレバーを一番手前まで引いた状態が「フルスロットル」で、全速力で進む。
逆に減速する際にはスロットルレバーを中央から奥へ押す。すると船尾のプロペラが前進する場合とは反対方向に回転し、速度が落ちる。ただし、停船の場合には止まった後もスロットルレバーを押し続けると後進してしまうので注意が必要だ。
▽カーナビに当たる画面も
スタッフが操縦席に乗り込み、停泊していた場所につないでいたロープを解き放って出航した。ル・ボートのハウスボートが並んでいる手前の水面をカナダガンが水面を泳ぎ、岸辺ではまるでじゅうたんのように連なった落ち葉の上をダックスフンドと飼い主が散歩をしている牧歌的な雰囲気だ。ここもれっきとした世界遺産のリドー運河の一部なのだ。
操縦席の計器類の上には自動車のカーナビに当たるナビゲーションシステムの画面が取り付けられている。スタッフは船のスロットルレバーを調整して船を進めながら「この画面の地図を見ると針路や船の速度などの情報が分かる」と説明した。
スタッフは操縦席から立ち上がると「それでは実際に操縦してもらおうか」と切り出した。最初の指令は「あそこの岸壁に沿って停船させてください」というものだ。
ペーパードライバーであるがゆえに「ゴールド免許」で、実は自動車の縦列駐車もままならない私は「自動車でも難しいことを船で命じられても…」と心の中で悲鳴を上げた。
▽魔法のつえか、インチキ道具か
スタッフは私たち“にわか操縦士”の驚いた表情を見越してこう続けた。「停泊させるときにはこのスイッチを使ってください」。そして計器類の左側にある「スラスターズ」という縦長のスイッチを指さしたのだ。
実はこれが「魔法のつえ」と呼ぶべき優れものだった。縦長のスイッチには船のイラストが描かれており、船全体を右に寄せたい場合にはスイッチを右へ動かす。後部だけ右へ寄せたい場合はスイッチの下部だけを右へ動かす。感覚的に船の位置を調整することができ、船が思い通りの位置に動いた後はスイッチから手を離せばいい。
操縦席に乗り込んでこのスイッチを使ったところ、想像していたよりはるかに簡単に停泊できた。その後に出会ったモーターボートを操縦していた男性には、「その船はインチキ道具が付いているな」とからかわれたほどだ。
だが、航行するのはリドー運河だ。運河にはどのように通り抜ければいいのか想像が付かない“関門”が待ち受けていた―。
(シリーズ「シリーズ「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【14】に続く」
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)