旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2023年5月12日更新
arT'vel -annex-
コラムニスト:Tomoko Nishio

目の見えないクライマーと相棒がアメリカ大自然に挑む。映画『ライフ・イズ・クライミング!』

zoom
アメリカのユタ州にあるフィッシャー・タワーズは数億年もの長い年月によりつくりだされた赤い砂岩の塔がいくつも連なり、その雄大な景観はもとより、ロッククライミングのスポットとして世界中からクライマーが挑みに来る地でもある。この映画『ライフ・イズ・クライミング!』は視力を失ったクライマー「コバ」と、彼の眼となるサイトガイド「ナオヤ」が、そのフィッシャー・タワーズの登頂に挑むドキュメンタリー映画だ。赤い砂岩の大地に真っ青な空、濃紺の空に浮かぶ月など、2人のチャレンジを通して描き出されるアメリカの大地は懐の深さも感じられ、ここにもし自分が立ったら何を感じるだろうという、そんな旅心も呼び起こされる作品だ。
zoom
■相棒の声に命を預けて挑むクライミング

この映画の主人公は「コバ」と「ナオヤ」。コバこと小林幸一郎はパラクライミング世界選手権で4連覇を成し遂げたクライマー。20代も終わるころに先天性の網膜症により失明を宣告され、50歳半ばを過ぎた現在は「昼も夜も分からない」(本人談)状態。そのコバと知人を通じで知り合い、サイトガイド――いわば眼として彼のクライミングを支えるのが「ナオヤ」こと鈴木直也だ。「英語が全く話せないなか」アメリカのコロラド州にある山岳大学でクライミングなど登山に関する知恵を学び、日本帰国後の現在はロッククライミングのジムを運営している。

こんな2人が出会ったのは20年ほど前、共通の友人を介してのことだった。それから世界中のさまざまな山を目指し、踏破するチャレンジがはじまる。命綱一本を結びつけた状態で、ナオヤの「右、左、10時の方向、そう、もうちょっと左」という声だけを頼りに岩山を登っていくコバ。まさに声に命を預けている状態で、互いを信頼していないと絶対に成り立たないクライミングである。

また映画のなかでコバとナオヤが、コバの恩人である、世界7大陸の最高峰を制覇した全盲クライマー、エリック・ヴァイエンマイヤー氏との再会もはたす。その会話は実に忌憚なく、ポジティブだ。こうした人と人との出会い、積み重ねてきた絆の深さが、実は何よりもかけがえのないもので、自身の推進力のひとつになるのだと改めて思わせられる。
zoom
■ポジティブなエネルギーを感じさせる大地

この映画がはじまり最初に大スクリーンに映し出されるコバの目のきらめきは言われなければ、視力を失った人のものとは思えない。さらに岩肌に巧みにザイルをかける手つきなどはあまりに巧みで、時々彼が視力を失ったクライマーであることを忘れさせる。しかし映画は時々真っ黒な、なにも見えない画面を映し出し、見る者をはっとさせる。
フィッシャー・タワーズzoom
フィッシャー・タワーズ
「とりたてて何の取り柄もない私やそんな風に感じている人が、「自分もちょっと頑張ってみるか」と、少しだけ自分の可能性を信じたくなる、そんな映画を目指した」とは、このドキュメンタリーの監督、中原想吉のことば。コバとナオヤ、この2人のチャレンジは間違いなく偉業なのだ。しかし想像を超える大自然、何億年もかけて作り上げられ、地球規模の時間が体感できるフィッシャー・タワーズを含むアメリカ大自然の空気感は、本当に人間の存在がちっぽけだなと痛感させられる。しかしそれはネガティブなものでもなく、悲観するものでも何もなく、清々しくポジティブな思いを抱かせる力、あらゆるものが等しく同等のいのちであると思わせられるのだ。だからこそ、「ちょっと頑張ってみるか」という中原監督の思い、なにより巨大な岩山に挑むコバとナオヤの姿には、説得力が感じられるのである。
zoom
『ライフ・イズ・クライミング!』
出演:小林幸一郎、鈴木直也、西山清文、エリック・ヴァイエンマイヤー
監督:中原想吉
音楽:Chihei Hatakeyama
主題歌:MONKEY MAJIK「Amazing」
製作:インタナシヨナル映画株式会社、NPO法人モンキーマジック、サンドストーン、シンカ
配給:シンカ
2023 年/日本/本編89 分/5.1ch/1.90:1/UDキャスト対応
(C) Life Is Climbing 製作委員会 公式サイト:https://synca.jp/lifeisclimbing/
公式Twitter:@LifeIsClimbing_
5月 12 日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、
YEBISU GARDEN CINEMA ほか にて全国公開


https://synca.jp/lifeisclimbing/
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

arT'vel -annex- http://artvel.info/
Twitter:https://twitter.com/kababon
note ポートフォリオ:https://note.com/tomo_nishi/n/n52b6bd7041e7
risvel facebook