旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2023年5月9日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

神々の国で絶景と温泉に癒される、「界 出雲」はお詣り支度の宿

「かわたれテラス」からは出雲松島を一望。昼、夕刻、早朝、どの時間帯に訪れても、その景色に見入ってしまいます。zoom
「かわたれテラス」からは出雲松島を一望。昼、夕刻、早朝、どの時間帯に訪れても、その景色に見入ってしまいます。
島根県東部の出雲地方は、別名”神々の国”。多くの神話が今も語り継がれ、旧暦の10月には「出雲大社」に日本中から八百万(やおよろず)の神様が集い、さまざまなご縁を協議するとされています。強力なパワースポットとしても知られている出雲に、2022年11月にオープンした星野リゾートの温泉旅館「界 出雲」。じつは島根県は私が生まれ育った土地。出雲大社も日御碕灯台も何度か訪れたことがあり、その地で新たにどんな体験ができるのか、楽しみに訪れました。

夕日と朝日からパワーをいただく、“灯台と水平線を望むお詣(まい)り支度の宿”
「界 出雲」がある日御碕(ひのみさき)までは、出雲大社から車で約20分。途中の海岸線では、「出雲国風土記」に残る国譲り、国引き神話の舞台となった稲佐の浜を通ります。宿に着くと迎えてくれるのは、目の前にそそり立つ白亜の「日御碕灯台」。さらに徒歩5分の場所には朱色の社殿が鮮やかな「日御碕神社」があり、ここは厄除けや縁結び、勝負事にご利益があるとされる神社。このように神話の舞台となったスポットが近く、宿泊前後には出雲を代表する神社に参拝ができることから、“灯台と水平線を望むお詣り支度の宿”というコンセプトが生まれたのだそうです。
上左/日御碕灯台は、石造りの灯台としては日本一の高さを誇ります。上右/日本海をイメージしたフロント回り。下/客室は灯台側と海側の2タイプ。藍色でまとめられた灯台側の客室からは、夕日に染まる日御碕灯台を望めます。zoom
上左/日御碕灯台は、石造りの灯台としては日本一の高さを誇ります。上右/日本海をイメージしたフロント回り。下/客室は灯台側と海側の2タイプ。藍色でまとめられた灯台側の客室からは、夕日に染まる日御碕灯台を望めます。
エントランスで目を引くのが、日本海に沈む夕日をイメージした青色の壁面。夕日のモチーフとなっているのは、約1400年前から出雲地方で行われていた鉄づくりの伝統技法「たたら製鉄」によって生み出された玉鋼(たまはがね)と鉄滓(のろ)。良質な日本刀の材料になるのが玉鋼で、鉄滓はその玉鋼をつくる過程で出る不純物。いわば陽と陰のふたつを同時に紹介することで、島根のものづくりの営みを表現しているのだとか。間近で眺めながら触ってみると、色艶、ゴツゴツ感、重量感の違いがわかります。

宿が立つロケーションは、ほぼ三方が日本海に向かって開けているため、夕日と朝日の両方を眺められるのが大きな魅力。日御碕灯台を望むタイプと、海の景色を望む2タイプの客室があり、灯台側の部屋からは海に沈む夕日を、海側の部屋からは朝日を望めます。今回、滞在したのは灯台側のお部屋。水平線をイメージしたヘッドボード、藍染めのクッション、石州焼きの茶道具など、地元の職人さんや作家さんの作品が取り入れられた室内で過ごすうち、懐かしい場所に戻ってきたような安心感に満たされてきました。

日本海を望む解放感いっぱいの絶景大浴場
自慢の温泉は、塩分濃度が高い塩化物強塩泉。露天風呂からは出雲松島を見下ろすことができ、その開放感の素晴らしいこと。昼間の気持ちよさは言わずもがな、頭上に星がきらめき海に漁火が灯る夜、ドラマチックなご来光を眺められる早朝と、何度でも入浴したくなります。お湯も熱からず、ぬるからず。目の前に広がる景色を眺め、ず~っと浸かっていられる心地よさ。古代より塩には穢れや禍を清める浄化作用があるとされ、神聖な場所に立ち入る時には海水で身を清めていたといいます。温かな海水を思わせるお湯に浸っていると、体がゆるゆるとほぐれていくとともに日ごろの疲れや邪悪なものも取れていくようで、そんなところも“お詣り支度”にぴったり!
目隠しで覆われた露天風呂が多いなか、遮るものがない解放感は最高! 夜は寝湯にごろんと仰向けになって、満天の星空を眺めたい。zoom
目隠しで覆われた露天風呂が多いなか、遮るものがない解放感は最高! 夜は寝湯にごろんと仰向けになって、満天の星空を眺めたい。
「界」の施設で必ず体験することにしているのが、夕刻の「温泉いろは体験」と翌朝の「現代湯治体操」。「温泉いろは体験」は紙芝居風のパネルを使い、10~15分でその土地の成り立ちや歴史とともにおすすめの入浴法を紹介するもの。例えば、温泉に入った後は体に付いた成分を洗い流さない方がいいといわれることが多いのですが、塩分濃度が高いこの宿のお湯の場合、肌荒れを防ぐためにシャワーでさっと洗い流したほうがいいのだとか。それでもポカポカとした温かさが続くのが特徴。正しい入浴法を知れば、泉質の効能をより効果的に取り入れることができます。また「現代湯治体操」は、寝起きの体を目覚めさせるのにぴったり。軽いストレッチの後、その土地ならではのアレンジを加えた体操が加わり、思いっきり体を動かすとスッキリするうえ、楽しいですよ。

海と山、豊かな食材を季節の会席料理で味わう
海岸線に山が迫る島根は、海の幸とともに山の幸にも恵まれた土地。夕食の「出雲の旬会席」では、山陰の海山の幸を堪能しました。地元でも特別なお祝いの席で提供される黒アワビやのどぐろ、名物の板ワカメのほか、初めて食べたのが日御碕周辺の岩場だけで採れるという稀少な天然岩ノリ「十六島海苔(うっぷるいのり)」の佃煮。子どもの頃から食べなれていたものや、今回初めていただいた料理、この土地ならではの食材をふんだんに使った料理に舌鼓を打ちました。
山陰の海の幸を中心に、旬の食材を味わえる「出雲の旬会席」。〆は、ノドグロの炊き込みごはん。zoom
山陰の海の幸を中心に、旬の食材を味わえる「出雲の旬会席」。〆は、ノドグロの炊き込みごはん。
美しい衣装とダイナミックな舞に圧倒される、ご当地楽「石見(いわみ)神楽」
“神話の国”とも呼ばれる島根県。伝統芸能として有名なのが、石見神楽です。夕食後に楽しめる「ご当地楽」では、太鼓や笛の音に合わせて舞う神楽が披露されます。神話のなかで、出雲の国をかけて稲佐の浜で繰り広げられた神様同士の戦いをモチーフにした「国譲り」の演目は、「界 出雲」のために構成されたオリジナルの演出。海をバックにかがり火を炊き披露される夜神楽では、衣装の擦れ合う音、神様に扮したスタッフが床を踏み鳴らす音と振動や息遣いまで聞こえてきて、迫力満点。石見神楽公演は県内の各地で開催されていますが、こんなに近くで見れる機会は多くありません。作家さんに依頼し、特別にあつらえられたという絢爛豪華な衣装も素晴らしく、終了後は実際に手で触れたり、写真撮影の時間が設けられています。
迫力ある石見神楽を目の前で鑑賞できる「ご当地楽」。zoom
迫力ある石見神楽を目の前で鑑賞できる「ご当地楽」。
翌朝は日の出の20分くらい前から、朝日を眺められる「かわたれテラス」へ。テラスに併設されたトラベルライブラリーでモーニングコーヒーを飲みながら海を眺めていると、漆黒だった空が少しずつ白み始めてきました。鳥の鳴き声、漁船の汽笛やエンジン音とともに風景が動き出し、日の出の瞬間、あたりを照らすオレンジ色の光に目を奪われます。朝の清々しい空気とご来光の美しさも、ここが“お詣り支度の宿”にふさわしい場所であることを教えれくれているようです。

「神饌朝食」と禊ぎ湯で清めたあとは、パワーあふれる神社巡りへ
全国に22カ所ある「界」のなかで、この出雲でしかいただくことができないのが、「出雲大社ガイド付きプラン」限定の「神饌(しんせん)朝食」。神様に献上する食事を意味するこの朝食は、神饌に欠かせない米・塩・水のほか、川魚、海魚、野菜、海藻などを取り入れたもの。神様と同じ朝食をいただくことで、より強いご縁を祈願することになるのだそうです。「清めの塩」に見立てた温泉に浸かり、朝日に浄化され、さらに神様と同じ朝食をいただく。これで、お詣り支度が整いました。久しぶりに帰省した故郷でのひととき、「界 出雲」での滞在とともに白亜の日御碕灯台、朱色の社殿が美しい日御碕神社、チェックアウト後には出雲大社へとお詣りし、たくさんのパワーをいただいて東京へと帰ってきました。
神々しい朝日を眺めた後は、「神饌朝食」(出雲大社ガイド付きプラン限定)を。外と内から身を清めて、お詣り支度は万全。zoom
神々しい朝日を眺めた後は、「神饌朝食」(出雲大社ガイド付きプラン限定)を。外と内から身を清めて、お詣り支度は万全。
お隣の松江市・玉造温泉には、昨年11月にリニューアルオープンした「界 玉造」があります。こちらは、日本最古の“美肌の湯”。大名茶人として知られた松江藩・松平家第7代藩主、「不昧公(ふまいこう)」こと松平治郷(はるさと)のおひざ元で、不昧公もたびたび静養に訪れた場所です。ここでも夜には石見神楽が披露され、出雲とは異なる演目を楽しむことできるのだとか。次回はこちらの宿で、故郷・島根の地ならではの文化に改めて触れてみたい。連泊して2カ所を巡り、異なるお湯と文化を体験するのもよさそうです。

◆界 出雲
島根県出雲市大社町日御碕604
TEL 050-3134-8092(界予約センター)
1泊25,000円~(2名1室利用時の1名あたり、夕朝食付き、税・サービス料込み) 全24室
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiizumo
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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