旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年12月5日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

砂漠を荘厳な空間に変えた、リチャード・セラの巨大彫刻 ~アートなカタール #3

荒涼とした砂漠に立つ、リチャード・セラの彫刻作品≪East-West/West-East≫(2014)。zoom
荒涼とした砂漠に立つ、リチャード・セラの彫刻作品≪East-West/West-East≫(2014)。
政府機関「カタール・ミュージアム(Qatar Museum)」により、国家的プロジェクトとして推進されているカタールの文化芸術活動。『アートなカタール#2 オラファー・エリアソンの巨大インスタレーション』に続き、第3回は砂漠の景色を変えたもうひとつのアート作品をご紹介します。

砂漠の屋外ミュージアムで出合う究極のミニマリズム
公共のスペースに、世界中のアーティストが制作したパブリック・アートが点在するカタール。その数は80点にも及び、首都ドーハ中心部の公園では、日本の草間彌生の作品を鑑賞することもできます。
アートディレクターとしてこのプロジェクトを指揮するシェイカ・アル=マヤッサは、「カタール美術の女王」と呼ばれる人物。「国民、観光客、子どもから大人まで、すべての人にとってアートが身近な存在になることにプロジェクトの意味がある」と語っています。
周辺は、奇妙な形をした岩層がところどころに露出した自然保護区。zoom
周辺は、奇妙な形をした岩層がところどころに露出した自然保護区。
過去のFIFAワールドカップ開催国のなかでは最も小さな国であるカタールですが、ことパブリック・アートに関しては桁違いのスケール。前回、ご紹介したオラファー・エリアソンによる砂漠の巨大インスタレーションよりひと足早く2014年から展示されているのが、アメリカの彫刻家リチャード・セラによる作品です。
高さ約15mの鋼板4枚から構成されたセラの作品。少しずつ錆びて色を変えていく様子が、さまざまな想像をかき立てます。zoom
高さ約15mの鋼板4枚から構成されたセラの作品。少しずつ錆びて色を変えていく様子が、さまざまな想像をかき立てます。
日本ともかかわりの深いアーティスト
ミニマリストの代表として、素材に錆び色の鋼板を用いた彫刻で知られるセラは1938年生まれ。日本とのかかわりも深く、1970年に開催された「日本国際芸術祭(通称、東京ビエンナーレ)」に招かれた際には、自身初の屋外展示作品を制作。上野公園の地中に埋められたリング状の彫刻は、のちに廃棄されそうになったものを有志の学生が掘り起こし、多摩美術大学八王子キャンパス内に再展示したのは、美術関係者の間では有名なエピソードなのだとか。また、過去のインタビューでは「日本庭園から影響を受けた」と語り、彫刻と並行して行っている版画制作に越前和紙を使うこともあるのだそうです。
全景を見渡すことができる丘。足場が悪いにもかかわらず、次々と上り始める人たち。zoom
全景を見渡すことができる丘。足場が悪いにもかかわらず、次々と上り始める人たち。
ドーハの原風景を思わせる4枚の鋼板
作品が展示されているのは、首都ドーハから西に約60km離れたゼクリート砂漠のブルーク自然保護区内。首長一族の保養地になっているビーチの近くです。高さ約15mの鋼板4枚が1kmにわたって佇む作品のタイトルは≪East-West/West-East≫。一見するとシンプルな長方形の鉄板が並んでいるだけなのですが、荒涼とした砂漠に置かれることで荘厳な雰囲気を醸しています。快晴の下では4枚すべてが見渡せるものの、風が吹いて砂が舞うと遠くの方は霞み、次に見えたときには世界が一変しているのではないか。そんな錯覚すら覚えます。それは荒涼とした砂漠に高層ビルが林立する、首都ドーハの原風景を表しているのかもしれません。日本語にすると、≪東-西/西-東≫となるのでしょうが、セラはこのタイトルにどんな意味を込めたのでしょうか。
丘の上からの風景。1枚1枚の間隔もセラにより計算しつくされているに違いありません。zoom
丘の上からの風景。1枚1枚の間隔もセラにより計算しつくされているに違いありません。
首都ドーハで出合う、もうひとつのセラ作品
ドーハには、この作品より遡ること3年前に完成し、展示されているセラ作品があります。「イスラム美術館(Museum of Islamic Art)」の敷地内に置かれた≪7≫は、タイトルの通り7枚の鋼板を組み合わせたもの。中東で自身初のパブリック・アート制作を依頼されたセラはイスラム教について研究し、イスラム文化において「7」という数字が特別な意味を持つことを知り、これをモチーフにしたといいます。≪East-West/West-East≫は、これがきっかけとなって実現したとのことで、3年の時を経てよりミニマムになっていることがわかります。セラの作品が展示されているゼクリート砂漠へは、4WD車に乗って砂漠を走破するデザートツアーが催行されています。カタールを訪れたら、ぜひ両作品を見比べてみてください。
「イスラム美術館」敷地内の公園に展示されているセラ作品≪7≫は、高さ約24m。(The 7 Sculpture by Richard Serra with blue sky in Doha, Qatar photo by PIXTA)zoom
「イスラム美術館」敷地内の公園に展示されているセラ作品≪7≫は、高さ約24m。(The 7 Sculpture by Richard Serra with blue sky in Doha, Qatar photo by PIXTA)
次回のコラムでは再び場所を首都ドーハに移し、“砂漠のバラ”をイメージした「カタール国立博物館(National Museum of Qatar)」をご紹介します。
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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